第31話:冬の火花と新型の胎
冬休み編突入です!
冬休み。学園の喧騒は消えたが、北倉庫の温度だけは、連日焚かれるストーブと溶接の火花で上昇し続けていた。
結衣はシミュレーターのログが映し出された端末を見つめ、深く溜息をついた。
「また、負け越し……。通算で40敗。琥珀くんと翡翠ちゃん、強すぎるよ……」
アリエス・カスタムの機動は、新宿のお父さんが書いた最短経路によって、個の速さとしては学園でもトップクラスだ。だが、双子のジェミニは、二人が一人のように動くことで、アリエスの死角を常に二方向から突いてくる。最短経路を走れば走るほど、その「出口」に先回りされているのだ。
「仕方ないわよ。あの双子のシンクロ率は、もはや物理法則のバグみたいなものだもん」
陽菜が、アリエスの脚部シリンダーに新しい潤滑油を差し込みながら言った。
「でも、結衣が悔しがるのもわかるわ。三学期、あの二人が実機で出てきたら、Dクラスの順位はひっくり返るもの」
その時、結衣の端末に新宿からのメッセージが入った。
お父さん――蓮太からだ。
『結衣、シミュレーターの結果は見た。複座式の同時並列処理に、今のアルゴリズムでは処理が追いついていない。……少し強引だが、新しいパッチを送る。アリエスの反応速度を、人間の神経伝達の限界まで引き上げるプロトコルだ。ただし、指先の痺れがこれまで以上に強くなる可能性がある。……やるか?』
「……やる。お父さん、送って。私、もっと速くなりたい」
結衣は即答した。彼女にとって、指先の痺れよりも、アリエスが自分の意志に置いていかれることの方が、ずっと怖かった。
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数時間後。北倉庫の奥に、トメの指示で巨大なコンテナが運び込まれた。
中から現れたのは、まだ外装もついていない、無骨な黒いフレーム。
「これが、双子のための新機体……」
結衣が息を呑む。それは、アリエスよりも一回り大きく、背中合わせに二つのシートが配置された「複座式」の試作フレームだった。
「学園が認めないなら、勝手に作って実績で黙らせるまでさ」
トメが煙草の煙を吐き出しながら笑う。
「パパさんの書いた『共鳴制御』のコードと、陽菜の組み上げた高剛性フレーム。……こいつが動き出せば、学園のランキングは地滑りを起こすよ」
その傍らで、ひよりが不安げにフレームを見上げていた。
彼女は、巨大な機体の先端にあるセンサー類を見つめるだけで、少しふらついている。
「あぅ……。やっぱり、高いところは情報が多くて……。アリエスの膝くらいの高さで、世界が止まってくれたらいいのに……」
ひよりの「多重処理能力」は、目を開けている時、あまりにも広範囲のデータを拾いすぎてしまう。それが彼女に、高所への極端な恐怖と「ドジ」を引き起こしていた。
「ひよりちゃん、それなんだけど」
陽菜が、作業台から奇妙な形をしたゴーグルを取り出した。
「結衣のお父さんから設計図を預かったの。ひより専用の『ロー・ゲイズ・スタビライザー』。視界を強制的に低い位置の地平線に固定して、情報を『アリエスの足元』から順に整理して表示するギアよ」
「私の……専用ギア?」
「そう。これを使えば、ひよりちゃんは目を開けたままでも、ノイズに酔わずにデータを観測できるはず。……ひよりちゃんの『目』がなければ、これからの戦い、アリエスの限界は見極められないから」
陽菜の言葉に、ひよりの瞳に小さな、けれど確かな光が宿った。
自分も、ただ守られるだけじゃない。結衣が見つめる先を、一緒に、もっと鮮明に見たい。
「……やってみます。私、結衣さんの足元を、一番安全な場所にしたいから」
冬休みの北倉庫。
アリエスのさらなる進化、双子の新型の産声、そしてひよりの新しい「瞳」。
三学期、学園の頂点たちが待ち構える場所へ向けて、Dクラスの「反撃の準備」は、かつてないほどの熱を帯びて加速し始めていた。
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その夜、九条家のリビング。
結衣はお父さんから届いた新しいパッチの内容を確認しながら、ソファでうたた寝をしていた。
そこへ、颯太が自室から出てきて、姉の端末に表示された複雑なコードを一瞥する。
「……父さん、また無茶なコード書いてるな。これ、神経系への負荷を考慮してない。……少しだけ、僕が『平滑化』しておいてやるか」
颯太は、姉に気づかれないように自分の端末を操作し、パッチの裏側に、身体への負荷を分散させる隠しレイヤーを静かに流し込んだ。
「……おやすみ、姉貴」
家族それぞれの想いが重なり合い、アリエスは最強の「矛盾」へと、また一歩近づこうとしていた。
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