幕間:『1+1=∞』の胎動
深夜。聖エルモ学園のDクラス専用シミュレーター室は、青白いモニターの光だけに支配されていた。
日中の喧騒が嘘のように静まり返ったその部屋で、二つの筐体が規則正しい電子音を刻んでいる。
『――深度、マイナス40。シンクロ率、98%を維持』
『――了解。翡翠、左翼の演算を預けるね』
『――わかった、琥珀。右翼の機動は任せたよ』
琥珀と翡翠。二人の声は、まるで一つの旋律をなぞるように重なり合い、溶け合っている。
筐体のモニターに表示されている模擬戦の結果は、学園の常識からすれば「異常」の一言に尽きた。
――[SIM-LOG] 模擬戦:No.061
――琥珀・翡翠:40勝
――九条 結衣:21敗
新宿の父・蓮太が書き上げた最短経路機動。それを駆使する結衣のアリエス・カスタムですら、二人の「共鳴」による多角的な波状攻撃を前には、半分も勝てていない。
アリエスの『点』の速さに対し、双子の攻撃は『面』で襲いかかるからだ。
「……また、勝っちゃったね」
「……うん。でも、ポイントにはならない」
翡翠が寂しげに呟き、掲示板に表示された自分たちの公式ランキングを見上げた。
**[D-298] 琥珀 / [D-299] 翡翠**
学園ランキングは全300位。彼らは、文字通りの底辺に甘んじている。
その理由は、学園を支配する「ゼノン・システム」の設計思想にある。
ゼノンOSは、個人の卓越した演算能力を至上とする。二人で一つの機体を操る「複座式」は、システムにとって『入力ノイズが倍増する非効率な旧態』と見なされているのだ。
「……二人で勝っても、勝利ポイントは半分ずつ」
「……普通に戦う人の、二倍勝たないと順位は上がらない」
それが、学園が複座式を認める条件――という名の、徹底した排除。
同じクラスの仲間たちでさえ、「別々の機体に乗ったほうが効率がいい」と進言するほど、彼らの選んだ道は茨の道だった。
「……効率なんて、どうでもいいのにね」
「……僕たちは、二人で一つだから。……混ざり合わないと、世界が正しく見えないんだ」
二人は筐体から降り、全く同じ動作で汗を拭った。
彼らが複座式にこだわるのは、精神的な依存ではない。二人の脳波を同期させることで、一人が「機動」を、もう一人が「索敵と火器管制」を、文字通り一つの脳の別領域のように完璧に分担できるからだ。
一人が加速に耐え、もう一人がその加速の中で微細な照準を合わせる。
一人の人間には不可能な「多重同時処理」が、彼らには可能だった。
「……ねえ、琥珀。お父さんと陽菜さんが作ってくれてる『鋼鉄の双生児』、楽しみだね」
「……うん、翡翠。新宿のお父さんの新しいコードなら、僕たちの『ノイズ』を『和音』に変えてくれる」
二人は暗い廊下を、手を繋いで歩き出す。
三学期。複座式専用の実験機が完成したとき、彼らは「ポイント半分」という呪いを、圧倒的な「連勝数」という力技でねじ伏せるつもりだ。
「……くくっ。不気味なガキどもだぜ」
廊下の影、壁に寄りかかっていた三雲嵐が、低く笑いながら姿を現した。
二年生のランカーである彼は、獲物を狙う猛禽類のような瞳で、双子を見据えた。
「……お前らの『匂い』は、九条とは違う。一匹の化け物が、無理やり二つの身体に分かれて入ってるような、薄気味悪い完結感だ」
三雲の言葉に、琥珀と翡翠は同時に足を止め、同時に首を傾げた。
「……化け物、だって」
「……最高の褒め言葉だね、琥珀」
三雲は牙を剥き出しにして笑う。
「三学期、その『二人で一つ』がどこまで通用するか……俺が楽しみに待っててやるよ」
双子は三雲に一瞥もくれず、再び歩き出した。
彼らの視線の先にあるのは、ただ一つ。三学期の開幕と共に完成する、二人のための「居場所」。
世界がまだ知らない、究極の共鳴。
その胎動が、静まり返った学園の地下で、ドクンと不気味に、そして力強く脈打った。
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翡翠と琥珀のお話です!
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