幕間:バックグラウンド・プロセス
幕間:颯太のお話です。
九条家のリビングは、放課後の気だるい空気に満ちていた。
中学二年生の颯太は、ソファに深く沈み込み、スナック菓子の袋を抱えながら、手元の携帯ゲーム機に視線を落としていた。傍目には、どこにでもいる「やる気のない弟」の姿そのものだ。
だが、彼の視界の端には、常に別の「世界」が投影されていた。
自室からリビングまで引き回した光ファイバーの先に繋がる、自作の管理コンソール。そこには、姉・結衣が通う聖エルモ学園の通信トラフィックが、ノイズまみれの波形となってリアルタイムで表示されている。
(……またやってる。Aクラスの連中、本当に暇なんだな)
颯太はポテトチップスを口に放り込みながら、モニターに流れるログを追った。
学園のDクラス専用サーバーに対し、断続的に送り込まれる過剰な照会リクエスト。いわゆる「DoS攻撃」に近い、たちの悪い嫌がらせだ。これによって回線が圧迫され、結衣が北倉庫から新宿にいる父へデータを送ろうとするたびに、深刻なタイムアウトが発生していた。
(……父さんは今、新宿で監査の連中を黙らせるのに必死なはずだ。姉貴のフォローまで手が回ってないな)
颯太は、父・蓮太のことを心の中で「父さん」と呼ぶ。
結衣が呼ぶ「お父さん」という響きには、どこか憧れや信頼が混じっているが、颯太にとってのそれは、同じエンジニアの血を引く者としての「理解」に近い。
「……ま、放っておくと後で姉貴がうるさいし。静かにゲームしたいからな」
颯太はソファから起き上がり、テーブルに置いた薄型のノートPCを膝に乗せた。
彼の指先が、キーボードの上を滑る。それは文字を入力するというより、楽器の弦を弾くような、流麗で無駄のない動作だった。
聖エルモ学園、北倉庫。
「……またラグい! パッチのログを送り出したいのに、プロトコルエラーで止まっちゃう!」
結衣が焦燥に駆られ、端末を何度もリセットしていた。
「陽菜、そっちは?」
「ダメ。Aクラスの連中が、実習室の回線を使ってこっちの帯域を占拠してるみたい。……最低、これじゃ新宿のパパさんに連絡も取れないじゃない」
その瞬間。
結衣の端末に表示されていた真っ赤な「Connection Error」が、一瞬で消え去った。
それどころか、通信速度を示すグラフが、垂直に近い角度で跳ね上がった。
「え……? 直った?」
「嘘、何これ。……学園のバックボーンが、DクラスのIDだけを最優先で通してる。……誰かがルートを強引に掃除したみたい」
九条家のリビング。
颯太のPC画面には、複雑なネットワーク図が描かれていた。
彼は単に嫌がらせを止めたのではない。Aクラスから送られてくる大量の「ゴミ」を、そのままAクラスの管理サーバーへと10倍の負荷で跳ね返す『リフレクション・パッチ』を即興で組み上げたのだ。
(掃除完了。ついでに、姉貴のパケットに『特急券』を付けておいた)
颯太は再び、ソファに背を預けた。
画面の隅で、結衣の端末から新宿の蓮太のワークステーションへ、膨大なアリエスのログが吸い込まれていくのが見える。それを見届けると、彼は静かにブラウザを閉じた。
「父さんにお願いすれば、もっとスマートに解決してくれるんだろうけどさ。……父さん、今は忙しそうだしな」
颯太は、自分が姉を助けたことを結衣に伝えるつもりはない。
家族の中で、最も冷めた視線を持ちながら、最も繊細にシステムの不備を嫌う。それは、かつて蓮太が持っていた「技術者の矜持」を、より純粋な形で受け継いでしまった少年の、不器用な家族愛だった。
「……あ、これ今の。ボス戦だったのに、負けた」
ゲーム画面で「GAME OVER」の文字が踊る。
世界最高のハッカーですら足元に及ばないような「掃除」を数秒で完遂した中学生は、たった一つのゲームオーバーに、子供らしく顔をしかめた。
外では夕暮れのチャイムが鳴り響いている。
姉が帰り、父が新宿から疲れ果てて戻ってくるまで、まだ少し時間がある。
颯太はヘッドホンを耳に当て、自分だけの静寂の中へと、再び潜り込んでいった。
「……あーあ。三学期はもっと『うるさく』なりそうだな。……寝てられないかも」
彼の呟きは、誰に届くこともなく、夕闇の中に溶けていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
九条家の長男:颯太のお話です。
彼は能力はありながらも静かに生活したいと思っていました。
周りが騒がしくなるのは好ましく思っていません。
影でさくっとお手伝い。そんなキャラです。
今後もちょこちょこ出てくる予定です。
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Dad is online
次回も無事にログインできますように。




