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Dad is Online 〜落ちこぼれ娘が絶体絶命の瞬間、父の書いた「最強の一行」が機装(ギア)を覚醒させる〜  作者: ぱすた屋さん
第一章『パパが接続しました』

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第2話:適性と絶望


 私立聖しりつせいエルモ機装きそう高等学院の校舎は、その美しさで知られている。

 白亜の壁に囲まれた最新鋭のハンガー、芝生の広がる演習場。しかし、それはランキング上位者が集うAクラスやBクラスの生徒たちに許された景色だった。


「……ここが、私たちの『教室』?」


 結衣ゆいが案内されたのは、校舎の最北端、地下駐車場に隣接した薄暗い倉庫だった。

 カビ臭い空気と、古いグリスの匂い。そこには教壇も机もなく、ただ錆びついた作業台と、スクラップ同然の予備パーツが山積みにされている。


「おーい、Dクラスのヒヨッコども! 整列しろ!」


 現れたのは、油まみれのツナギを着た大柄な男だった。実技担当教官の五味ごみだ。彼はランキング下位者を「ゴミ」と呼ぶことで有名な、学院でも爪弾きにされている指導員だった。


「いいか、お前らは『ギア』に乗る才能がない。つまり、この学園にとっては単なる『動く予備パーツ』だ。今日から一ヶ月、お前らの任務はAクラス様が使う機体の洗浄と、ネジの緩みチェックだ。操縦桿ジョイスティックに触れるなんて百年早いと思え!」


 クラスメイトたちの間に、絶望的な沈黙が流れる。

 中等部時代、結衣と一緒に学んできた者たちも数人いた。彼らはかつての「天才」である結衣にすがるような視線を向けたが、結衣はただ、自分の震える拳を見つめることしかできなかった。


「教官……質問です」


 結衣が静かに手を挙げる。


「なんだ、九条。お前、座学だけは満点だったらしいな。だがここは現場だ。数式で飯は食えんぞ」

「私たちは、機装操縦士パイロットを目指して入学しました。洗浄や整備が重要なのは理解していますが、シミュレーター訓練の時間さえ与えられないのは、校則の――」

「校則? ハッ、笑わせるな!」


 五味は結衣の目の前まで歩み寄り、鼻先で指を鳴らした。


同期率シンクロレート0.01%のお前が、機体を動かして何になる? 最新のOSはお前の脳波を『ノイズ』だと判断して切り捨てるんだ。お前が乗れば、一億ルピの機体はただの鉄屑になる。……いいからブラシを持て。それが、お前に唯一許された『機体との対話』だ」


 周囲から、クスクスという忍び笑いが漏れた。

 それは同じDクラスの仲間からではなかった。地下ハンガーの入り口に、数人の生徒たちが立っていた。


「……あーあ、傑作だな。あの九条様が、バケツを持って床掃除かよ」


 取り巻きを引き連れて現れたのは、進藤しんどう拓海たくみだった。

 Aクラスの制服を誇らしげに着こなした彼は、手にした最新型のタブレット端末を見せびらかすように操作している。


「進藤……君」

「よお、九条。俺はこれから、専用機カスタムのフィッティングなんだ。最新の『シンクロ・ドライブ』は凄いぞ。考えただけで指先が動く。お前みたいな『不感症フリーズ・レディ』には、一生かかっても理解できない感覚だろうけどな」


 進藤は結衣の足元に、わざとらしく飲みかけのスポーツドリンクを零した。


「おっと、手が滑った。……掃除の練習だ、そこも綺麗にしておけよ?」

「…………っ!」


 結衣は唇を噛み切りそうなほど強く結んだ。

 言い返したい。こいつの鼻を明かしてやりたい。だが、今の自分にはその資格がない。この学園において、同期率が低いということは、発言権そのものがないということと同義なのだ。



     * * *



「……くそっ、また仕様変更か。昨日フィックスしたはずだろうが」


 その頃、九条蓮太くじょうれんたは、通勤電車の揺れに耐えながらスマートフォンの画面を睨みつけていた。

 クライアントからの無茶な要求が、チャットツールを絶え間なく埋めていく。

 だが、彼の意識の半分は、並行して走らせている「別のプログラム」に向けられていた。


『Analysis Progress: 82%... User ID: YUI_KUJO Log data loading...』


 蓮太が学園のサーバーから秘密裏にぶっこ抜いた、結衣の同期テスト時のロウデータ。

 それを自宅のサーバーで解析させた結果が、今、手元の端末に届き始めていた。


「……やっぱりだ。ひどいな、これは」


 蓮太は、誰も気づかないほど微かに、だが深く吐き捨てた。

 画面に表示された波形グラフ。結衣の脳波パルスは、極めて高精度で、かつ複雑なパターンを描いていた。


 最新の脳波制御OSは、効率化のために「標準的な脳波パターン」以外をノイズとしてカットするアルゴリズムを採用している。

 結衣の脳波はあまりにも情報量が多く、精密すぎた。

 その結果、大雑把なフィルタしか持たない学園のシステムは、彼女の意志を「意味のない雑音」として全てゴミ箱に放り込んでいたのだ。


「高級オーディオの信号を、安物のラジオで受信しようとしてるようなもんだ。……受けシステムがバカすぎる」


 蓮太の指が、チャットツールの返信を打つふりをして、真っ黒なコンソール画面にコードを書き込んでいく。

 彼はSEだ。

 動かないものを動かし、バグを殺し、最適パッチを当てるのが仕事だ。


「結衣。お前が悪いんじゃない。この世界を作った奴らの『書き方』が、甘すぎるんだ」


 電車のドアが開き、怒涛のように人がなだれ込んでくる。

 蓮太は揉みくちゃにされながらも、スマートフォンの画面を離さなかった。

 吊り革を掴む左腕が悲鳴を上げるが、コードを綴る右手の動きは止まらない。


 ――もし、既存のOSが彼女を拒絶するなら。

 ――そのOSの頭越しに、機体の駆動系を直接叩く『シェル』を作ればいい。


 論理を積み上げ、制約を突破する。

 それは、満員電車という監獄の中で、娘を救うための「最強の武器」を鍛造する作業だった。



     * * *



 夜。九条家のリビング。

 結衣は疲れ果てて帰宅し、夕食のカレーを力なく口に運んでいた。

 制服の袖には、落としきれなかったオイルの染みが残っている。


「……姉ちゃん、それ。手の豆、潰れてるぞ」


 中学2年の弟・颯太そうたが、ゲーム機を置かずに言った。

 彼は適当な性格だが、実は家族の誰よりも観察力が鋭い。


「あはは、バレちゃった? 今日、ちょっと古い機体の整備を手伝ってて……」

「整備って、姉ちゃんはパイロット科だろ」

「いいの。基礎を学ぶのも大事なんだから」


 無理に作った笑顔が、蓮太には痛いほど分かった。

 彼は新聞を読みながら、そっと結衣の様子を伺う。

 彼女の指は、マニュアル操作を模したのか、無意識にテーブルの上でピアノを弾くように動いていた。その速度は、熟練の操縦士をも上回るほど速い。


(……反応速度レスポンスは、もう仕上がってる。あとは、それを機体に伝える『道』だけだ)


 蓮太は立ち上がり、黙って結衣の頭に手を置いた。


「お父さん……?」

「結衣。明日は早いんだ。風呂に入って、よく寝なさい」

「……うん。おやすみなさい」


 結衣が部屋に消えた後、蓮太は書斎へと向かった。

 古びたノートPCを立ち上げ、スマートフォンのデータを同期させる。


 画面には、今日一日で書き上げた数千行のコード。

 その最上部には、まだ名前の決まっていないプロジェクト名が点滅していた。


「颯太。ちょっといいか」


 蓮太が声をかけると、リビングで寝転んでいた颯太が、珍しく真面目な顔で入ってきた。


「なに、親父。……姉ちゃんのこと?」

「ああ。……お前に、一つ手伝ってほしいことがある」

「……ふーん。まあ、姉ちゃんがあんな顔してるのは、俺も面白くないしね」


 颯太は気だるげに言いながらも、蓮太が示したモニターのコードを覗き込んだ。

 その瞬間、彼の目が驚愕に大きく見開かれる。


「……嘘だろ。これ、学園のカーネル・レベルまで潜るつもり? 親父、捕まるよ?」

「仕事で使い古したテクニックだ。足はつかない。……それより、このパッチの『通信ラグ』をどこまで削れるか、お前のゲーマーとしての勘でテストしてくれ」


 父と息子。

 普段はあまり言葉を交わさない二人が、暗い部屋で一台のモニターを囲む。


「……いいよ。やってやる。ただし、報酬は高いよ?」

「ああ。今度の誕生日、新しいグラフィックボードでも何でも買ってやる」


 深夜の九条家。

 静寂の中で、二つのタイピング音だけが激しく重なり合った。


 結衣の適性が「絶望」と断じられたその場所で。

 世界で最も不器用な家族が、反撃のための「一行」を、今まさに完成させようとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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