第28話:静寂と鼓動
学園内、第3演習場。その中心に広がるアリーナは、何千人もの生徒が発する熱気と、それとは裏腹な冷ややかな静寂に包まれていた。最新のプロジェクション・マッピングが砂塵の舞う荒野を映し出し、その中央に一条凱の駆る『イージス・コア』が重厚な足音を立てて現れる。
「……九条結衣。来い。お前の『不協和音』を、俺が静止させる」
対峙するアリエス・カスタム。装甲を極限まで削ぎ落とし、細い骨格を剥き出しにしたその姿は、重装甲の塊であるイージス・コアの前では、まるで猛獣に挑む小鳥のようにも見えた。観客席の最上段、手すりに器用に腰掛けた三雲嵐が、獲物を待つ獣のように目を細める。
「……くくっ。いいぜ、九条。あの硬いだけの壁を、お前のナマ臭い匂いでどう汚すのか見せてみろよ」
三雲の低く野性味のある独り言が、喧騒に消える。
――電子ホーンが鳴り響き、戦いの幕が開いた。
結衣が操縦桿を叩く。その瞬間、観客の目にはアリエスが「ブレた」としか映らなかった。父親が書き上げた最短経路移動プログラム $Z-Kernel$ $v1.1$。加速の予備動作を完全にショートカットした非人間的な機動。アリエスは一瞬で一条の懐へと潜り込み、剥き出しの右拳を突き出した。
――ガツンッ!!
しかし、結衣の視界に広がったのは、寸分狂わずそこに置かれた「盾」だった。一条は機体を大きく動かすことさえしていない。ただ、アリエスが拳を叩き込む「座標」に、盾の角度をわずかに合わせただけだ。
「予測演算は、お前だけのものではない」
一条の静かな声。
「ゼノンOSが導き出す『最短の最適解』。お前が論理的であればあるほど、その軌道は俺のシステムにとって最も読みやすい正解となる」
結衣は焦り、さらに加速を上げる。左、右、背後。物理法則を無視した急転回。だが、そのすべてを、一条は最小限の動きで「拒絶」した。どれだけ速く動いても、当たる瞬間に「そこにあるはずのない盾」が既に置かれている絶望。
「……っ、あ……」
連続する超機動が、結衣の脳を蝕み始める。「ゴースト・イナシア」。視界の中のイージス・コアが二重、三重にブレて見える。脳内にある三半規管が、実際には存在しないGの残響を求めてバグを起こしている。操縦桿を握る指先の痺れが、今や肩まで這い上がってきていた。
『結衣、落ち着け! 心拍数を上げすぎるな!』
新宿のオフィス。蓮太は冷汗を流しながら、マルチモニタに流れる一条の防御ログを凝視していた。
(……なんて精密な防御だ。一条のシステムは、アリエスの挙動を『物理的な速さ』ではなく『情報の偏り』として処理している。結衣がパッチに頼れば頼るほど、その動きはゼノンOSにとっての『最高確率』へと収束してしまうんだ!)
つまり、このままでは勝てない。論理で勝負している限り、一条という壁を穿つことは不可能だ。
「終わりだ、九条結衣。お前の限界……俺が止める」
一条が初めて攻勢に転じた。イージス・コアの巨大なシールドが、推進器の爆炎と共に結衣の視界を覆い尽くす。視界が揺れ、痺れる腕で必死に防護姿勢を取ろうとする結衣。だが、脳と身体のラグがそれを許さない。
『――くそっ、間に合え!』
蓮太の指が、新宿のデスクで最後の一行をデプロイする。
『結衣! 補助コード $Fake-Inertia$ を強制ロードした! 視覚情報のバグを利用して、お前の脳に「偽物の感覚」を植え付ける! 世界の揺れに合わせるな、俺が作った「嘘」を信じろ!』
結衣の網膜投影に、不自然なノイズが混ざり始めた。
景色が遅れてくるのなら、あえて「映像を遅らせる」ことで感覚を一致させる逆転の発想。
「……お父さん……!」
「静止しろ!」
一条の盾が、死神の鎌のようにアリエスの頭上から叩きつけられる。
激突の瞬間、アリーナ全体を震わせる轟音が響き渡った。
砂塵が舞い、視界がホワイトアウトする。
その光の中、蓮太の叫びが結衣の脳内に響き続けていた。
『考えるな! ゼノンOSの正解を捨てろ! ロジックを、壊せ!』
アリエスのモノアイが、これまでにない不規則な明滅を見せた。
終盤へと続く、運命の激突。その決着は、まだ誰にも見えていなかった。
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次回お楽しみに。




