第27話:挑戦と予兆
学園のメインストリート。巨大なホログラム・ボードに二学期末ランキング戦の組み合わせが掲示された瞬間、周囲の喧騒は一気に「期待」と「同情」が入り混じった、熱い緊張感へと変わった。
> **Ranking Match [A-90] 一条 凱 vs [D-260] 九条 結衣**
「……へぇ。面白い組み合わせじゃねえか」
背後から響いた、低く、地を這うような野性味のある声。結衣が振り返ると、そこには三雲嵐が立っていた。学園ランキング5位。逆立った髪と、獲物を狙う猛禽類のような瞳。彼が放つ圧倒的な威圧感に、周囲の生徒たちが反射的に道を開ける。
「三雲、さん……」
「一条か。あいつはクソ真面目な『壁』だ。……だが、お前からは相変わらず、いい匂いがするぜ。システムを無視した、もっとナマ臭い、強者の匂いがな」
三雲は一歩踏み出し、結衣の震える右手を一瞥した。
「……指先、震えてんぞ。機体が人間に追いつきすぎて、脳が悲鳴を上げてやがる。……くくっ、最高に面白え『ノイズ』だ。一条の盾をぶち破る前に、自分から壊れんじゃねえぞ」
三雲は鼻を鳴らし、獲物を見つけた獣のような足取りで去っていった。結衣は無意識に、小刻みに震える右手を反対の手で強く押さえ込んだ。
放課後の北倉庫。アリエス・カスタムの調整は、限界ギリギリの熱を帯びていた。
プラン・ゼータの設計思想に基づいた「最短経路移動」。それは加速の予備動作を一切排した、論理による現実の書き換えだ。だが、その恩恵を最も受けている結衣の身体には、確かな「ツケ」が回り始めていた。
「……っ、……ふぅ、……ふぅ……」
特訓を終え、コクピットから降りた結衣の視界が、ぐにゃりと歪む。自分の位置が、一秒前の景色に取り残されているような、強烈な感覚のズレ――「感覚の残響」。
「結衣さん、大丈夫ですか!? 数値が……脳波のリフレッシュレートが、まだ高いままです!」
ひよりがバイタルモニターを抱えて駆け寄る。結衣の指先の震えは、訓練を重ねるごとに激しさを増していた。
『……結衣。悪いが、それはパッチの副作用だ』
新宿のオフィス。佐竹課長の嫌味を無視し、マルチモニタの片隅で娘のバイタルを監視していた蓮太の声が響く。
『アリエスはすでに「正解」の座標に移動しているが、お前の脳内の三半規管は、まだ「加速の予備動作」を予測して待機している。……物理的なGがかかる前に機体が動いてしまうから、脳が現実とのラグに戸惑い、バグを起こしているんだ。……今のハードの制振性能じゃ、これ以上の応答速度は危険だぞ』
「……でも、お父さん。出力を落としたら、一条さんの盾は抜けない……!」
『分かっている。……だから、出力を落とす代わりに「嘘」のコードを上書きする。脳が感じるはずのGを、視覚情報の微妙な残像として擬似的に再現するんだ。脳を騙して、感覚のズレを埋める「疑似慣性」。……痺れは残るが、世界が遅れてくる感覚はこれで抑えられるはずだ』
蓮太の指が、新宿のデスクで高速に動く。娘の神経を焼き切ることなく、勝利を掴み取るための、エンジニアとしての最後の理性。
「……賑やかだな。自分を壊すための相談か?」
倉庫の入口に、一条凱が立っていた。重厚な装甲を纏った『イージス・コア』の主。彼は三雲のような野性的な興味ではなく、純粋な危惧をその瞳に宿していた。
「先輩……」
「九条結衣。お前の機体からは、耐えがたいほどの不協和音が聞こえる。……一条家の盾は、敵を倒すためのものではない。……お前のような、制御を忘れた暴走を『静止』させるためのものだ。……明日、お前が壊れる前に、俺が止める」
一条はそれだけ言うと、静かに背を向けて去っていった。
本能で「強さ」を嗅ぎ取る5位の野生児と、武人の誠実さで「静止」を説く90位の盾。
結衣は震える右手を、アリエスの冷たい装甲に押し当てた。
「……止まらないよ。アリエスは、私の足だから」
新宿。蓮太は最後の一行を書き換えた。
『結衣。俺のコードは、お前を一人にはさせない。……行ってこい。一条の盾の向こう側へ』
逆襲の朝が、静かに明けようとしていた。
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次回お楽しみに。




