第23話:遺産と発見
ちなみに可変機ではありません
筑波の朝は、都会のそれよりも鋭く、研ぎ澄まされた冷気に満ちていた。研修旅行二日目。昨日までの高揚感は、今日から始まる本格的なフィールドワークを前に、心地よい緊張感へと変わっていた。
一年生たちはそれぞれの専攻や興味に合わせて、筑波研究学園都市の各施設へと散らばっていく。九条結衣、神崎陽菜、そしてDクラスの面々が向かったのは、巨大な円錐形の建築が特徴的な「国立機装図書館・中央アーカイブ」だった。そこは、世界中の機装開発のデータ――成功の記録はもちろん、歴史の闇に葬られた無数の失敗作や凍結されたプロジェクトの遺産が眠る、情報の墓場であり聖域でもあった。
「いい、結衣。ここはただの本屋じゃないんだよ。今私たちが使っている最新OSの源流も、逆に『今の技術じゃ早すぎた』って捨てられた狂気の設計図も、全部ここにある。……アリエスの本当の姿、絶対に見つけてみせるから」
陽菜はいつになく真剣な表情で、自身のタブレットとアーカイブの検索端末を直結させていた。彼女の目的は明確だ。アリエスという機体の「根源」を探ること。現代のシンクロ・ドライブに最適化され、牙を抜かれる前の「本来の設計思想」を掘り起こすことだ。背後では、琥珀と翡翠が巨大なデジタル書架を見上げていた。琥珀が「うわ、なにこれ。文字ばっかりで頭痛くなりそー」と零すと、翡翠はフードの奥で目を細め、端末から流れるデータストリームを、楽譜を読むように見つめている。彼ら双子の「共鳴」は、単なる機体操縦だけでなく、こうした情報の歪みを感じ取る際にも独特の感性を発揮していた。ひよりは「静かにしなきゃ……」と口元を押さえておどおどしていたが、時折、古い設計図の複雑な配線図をじっと見つめ、無意識に指を動かしていた。彼女の「多重演算」の才能が、膨大な図面を脳内で組み立てようとしているのを、結衣だけが気づいていた。
「……陽菜、あった?」
「……ダメ。アリエス・シリーズの公式記録はどれも似たようなものばかり。『扱いやすさを重視した軽量汎用機』……。でも、そんなの嘘だよ。あのパパさんのパッチを当てた時の動きは、そんな平凡なフレーム設計じゃ絶対に説明がつかないもん」
陽菜がもどかしげにキーを叩く。その時、結衣のポケットにあるスマートフォンが短く、鋭く震えた。画面を確認すると、新宿のオフィスからリモート接続を維持している四十歳のリードエンジニア、九条蓮太からのメッセージが届いていた。
『結衣、そこにあるのはゼノン社が一般向けに整えた「表向き」のデータだ。陽菜君の端末のブラウザから、特定のローカルホストを叩いてみろ。……会社で、学園のシステムログと筑波の公開サーバーの不自然な差分を見つけた。……その先に、本物のアーカイブがある。管理者権限のパスワードは俺の誕生日の逆さ読みだ。試せ』
結衣は陽菜にスマホを見せた。陽菜の目が一瞬で、狂喜に近い光を宿す。陽菜の指が猛烈な勢いで動き出した。蓮太が新宿のデスクで死闘を繰り広げながら見つけ出した「隙間」が、アーカイブの隠しディレクトリをこじ開け、既存のファイルツリーとは明らかに異なる、不自然なほど重い暗号化フォルダが現れた。そこには、ただ一文字、『Z』というラベルが貼られていた。
「――っ、これだ……。アリエス・プロトタイプ初期設計案、コードネーム『プラン・ゼータ』」
画面に映し出されたのは、今のアリエスとは似て非なる、骨格標本のように剥き出しで無骨な、それでいて機能美を極めた設計図だった。陽菜の瞳が猛烈な勢いでデータを走査していく。そこには、現代の「パイロットの安全保護」や「脳波同期の安定化」といった、甘い妥協の言葉は一文字もなかった。代わりに並んでいたのは、目を疑うような単語の羅列だった。
『物理演算の即応性を最優先。ジャイロの遊びを零にする』
『予測不能な不規則機動を許容。慣性キャンセラーの強制排除』
『骨格のしなりを利用したエネルギー回生による、限界突破加速』
「……これ、狂ってる。シンクロ・ドライブのために作られたんじゃない。……人間が計算機と同じ速度で状況を判断して、マニュアルレバーのみで機体をねじ伏せることを前提にした、『マニュアル操作専用』の極限機体だったんだ……」
陽菜の声が震える。今のアリエスが「旧型」として捨てられた理由。それは技術が遅れていたからではない。当時の「人間」と「OS」では、このフレームが持つポテンシャルに追いつけなかったからだ。AIに頼り、脳波の波形に身を任せる現代のパイロットにとって、プラン・ゼータは「制御不能の暴れ馬」でしかなかった。その時、再び蓮太からの長文の解析結果が届いた。
『……信じられん。結衣、陽菜君、そのデータをこっちでも解析した。……ようやく分かったよ。なぜ俺の書いたパッチが、あのアリエスにだけこれほど異常に馴染むのか。……二十年前、俺がまだこの業界に入る前だ。」
一呼吸おいて、立て続けにメールが届く。
「一部の急進的なエンジニアたちが、今のシンクロ・ドライブ全盛の時代が来ることを予見し、それに抗うために作った「アンチ・シンクロ」の最後の希望がそのプラン・ゼータだったんだ。……プロジェクトは「危険すぎる」として凍結され、牙を抜かれた「アリエス」だけが量産された。……だが、お前が拾ったあの機体、フレームのシリアルナンバーから照合すると、量産化される直前の「最終プロトタイプ」そのものだ。……ただの骨董品じゃない、歴史の闇に消されたはずの、本物のオリジナルだ』
蓮太のメッセージには、四十歳のエンジニアとしての、隠しきれない驚愕と震えが宿っていた。彼自身も、これまで自分のロジックがなぜあそこまで機体の挙動を変えるのか、デバッグを繰り返しながら自問自答していたのだ。だが、筑波の深層データが、その答えを叩き出した。父が書いた「物理演算を直接叩くロジック」は、この「プラン・ゼータ」という物理的な器と出会うことで初めて、二十年の時を超えて完全な一つのシステムとして完成したのである。
『結衣……。お前があの日、倉庫の隅でその機体を見つけたのは、ただの偶然だったのかもしれない。だが、今の俺たちにとって、それはこれ以上ない必然だ。……プラン・ゼータの設計は、今の俺が書いているコードの「仕様書」そのものだ。……ハードウェアの真実が分かった以上、次は俺がそれを完全に解き放つ番だ』
結衣はスマホを強く握りしめた。画面に映る、今は亡き技術者たちの情熱の塊。そして、その意志を現代の論理で繋ぎ合わせようとする、新宿の父。
「陽菜。……このデータ、全部お父さんに転送できる?」
「もちろんだよ! パパさんの導線を経由して、九条家のサーバーに全スキャンデータをぶち込んでやる! ……でも結衣、これ、とんでもないことだよ。あんたが乗ってるの、ただの骨董品じゃない。……時代に追いつかれずに殺された、最強の化け物なんだから」
陽菜がデータを送信する。その瞬間、遠く東京の地で、蓮太の目の前のモニターに「転送完了」の文字が躍った。結衣たちは図書館の重厚な扉を押し開き、再び筑波の街へと踏み出した。
プラン・ゼータ。
失われた遺産を発見した少女たちの胸には、もはや「劣等生」としての迷いはなかった。自分たちが乗っているのは、スクラップではない。歴史を塗り替えるための、最強の未完成品なのだ。秋の陽光を浴びながら、結衣は空を見上げた。筑波の空の向こう側に、完成されたアリエスの姿が、確かに見えた気がした。
偶然が運命へと書き換えられたその瞬間、逆襲の物語は、論理的な裏付けを伴って真の始まりを迎えた。
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Dad is online
次回も無事にログインできますように。




