第22話:秋風と旅路
十一月の澄んだ秋空の下、聖エルモ学園の正門前には、数台の大型バスが列を成していた。一年生全員が参加する恒例行事「機装開発聖地研修旅行」。目的地は、日本の、いや世界の機装技術の中枢である茨城県・筑波。最新鋭の工場、研究施設、そして機装の歴史が眠るアーカイブが集まるその地は、生徒たちにとって憧れの場所であり、同時に自分たちの現在地を突きつけられる試練の場でもあった。
バスの座席はクラスごとに割り振られており、当然ながらDクラスは最後尾の車両だった。Aクラスの生徒たちが最新のウェアに身を包み、スマートにタブレットで予習をしているのを横目に、Dクラスの面々は遠足さながらの騒ぎを見せている。
「見て見て結衣っち! お菓子こんなに買っちゃった! 翡翠の分も合わせて三千円分!」
「……買いすぎ。……重い」
琥珀がパンパンに膨らんだコンビニ袋を掲げてはしゃぎ、隣で翡翠がいつものようにフードを深く被って溜息をついている。その後ろでは、ひよりが「筑波……迷子にならないでしょうか」とおどおどしており、大門は黙々と、研修のしおりを読み込んでいた。
「いいかい、あんたたち。今回の研修は『機体持ち込み禁止』。つまり、自分の腕じゃなく『目』と『耳』で稼ぐ場だよ。分かってんだろうね?」
引率として同行するトメが、バスの最前列で喝を入れる。今回の旅行に、生徒たちの愛機は同行しない。聖地の高性能シミュレーターや研究用機材を使用するため、あくまで「人間」のみの移動となるのだ。
結衣は窓の外を流れる景色を眺めながら、ポケットの中のスマートフォンに触れた。そこには昨夜、四十歳のリードエンジニア・蓮太が心血を注いで構築した「筑波専用演算網」の接続アイコンが静かに灯っている。
(お父さん、今頃会社かな……)
新宿行きの電車で、あるいは殺風景なオフィスで、自分をサポートするために裏で働き続ける父。その存在が、結衣に得も言われぬ安心感を与えていた。
バスが常磐自動車道を抜け、筑波山を望む学園都市に入ると、車内の空気が一変した。窓の外に広がるのは、地上数百メートルに及ぶゼノン社の試験用タワーや、重厚なコンクリート造りの研究棟。街全体が、一つの巨大な「機装」であるかのような錯覚さえ覚える。
「うわぁ……凄い。これ、全部機装関連の施設なんだ……」
結衣が感嘆の声を漏らすと、隣に座っていた陽菜が身を乗り出すようにして窓に張り付いた。
「結衣、見て! あの第三研究棟! あそこには世界に三台しかない超高精度三次元測定器があるんだよ! ああ、もう、今すぐ降りて中を見たい!」
陽菜の目は、獲物を見つけた猛獣のように輝いている。彼女にとって、ここは遊園地以上のパラダイスだった。一方、最前列の席でタブレットを高速で操作していたリン・フェイが、ニヤリと笑って結衣を振り返った。
「結衣、筑波に着いたら自由行動の時間があるでしょ? その時にちょっと寄りたい場所があるんだ。……面白い『お宝』が出るっていう、闇のオークション会場の情報、掴んじゃった」
「オークション……? 研修中にそんなことして大丈夫なの?」
「いいのよ。これも『市場調査』っていう立派な研修。……それに、あんたのアリエスを直すためのパーツ、普通の店じゃ手に入らないでしょ?」
フェイの言葉に、結衣は昨夜のパパの言葉を思い出した。アリエスのフレームは限界に近い。それを救うためには、現代の規格を越えた「何か」が必要だ、と。
バスは筑波の中枢、国際機装研修センターの巨大なロータリーに滑り込んだ。
降車した生徒たちを待ち受けていたのは、巨大なホログラムディスプレイと、最新鋭のガードギアたちの出迎えだった。
「ようこそ、機装の聖地へ」
無機質なアナウンスが響く中、結衣はふと、視線を感じて顔を上げた。
広大なロータリーの向こう側。Aクラスの生徒たちが集まる中、ランキング上位者たちがこちらを見ている。進藤を倒した「バグの少女」を、聖地の最新センサー群がどう評価するのか。彼らの目は、あからさまな好奇心と敵意に満ちていた。
(……負けない。ここには、私が強くなるための答えが必ずあるはずだから)
結衣はスマホを強く握りしめた。画面には、新宿のパパから短いメッセージが届いていた。
『筑波到着、確認。……まずは空気を吸ってこい。そこには、俺たちが戦っている「論理」の源流がある。……それと、資料館の地下アーカイブには気をつけろ。あそこには、お節介なエンジニアたちが残した「呪い」が眠っている。……探してみる価値はあるぞ』
父の言葉が、冒険の始まりを告げていた。
陽菜は設計図を求め、フェイはパーツを求め、ひよりは自分を変えるきっかけを求め。
そして結衣は、父と共に歩む「最強の道」を確固たるものにするために。
筑波の冷たい、だが研ぎ澄まされた秋風が、彼女たちの背中を押し上げた。
機体を持たない研修旅行。だが、この三日間が、アリエスを真の「専用機」へと変貌させる、運命のターニングポイントになることを、この時の結衣はまだ知る由もなかった。
「よし、行こう、みんな!」
結衣の号令と共に、Dクラスの面々が広大な施設の中へと歩み出した。
それは、システムの枠からはみ出した者たちによる、聖地への「殴り込み」の第一歩だった。




