第14話:接続と覚醒
聖エルモ機装高等学院、メインアリーナ。
全校生徒の視線が注がれる中央舞台は、残酷なほどの格差を映し出していた。
「……ひどいな、ありゃ。本当に動くのかよ」
「スクラップ置き場から間違えて持ってきたんじゃないの?」
観客席から投げかけられるのは、同情ですらない、剥き出しの嘲笑だった。
東側ゲートから入場した九条結衣の『アリエス』は、痛々しい姿を晒していた。右脚には無数のパッチが当てられ、継ぎ目からは今にも冷却液が漏れ出しそうだ。装甲はちぐはぐで、昨日までの嫌がらせで書かれた落書きが、薄く跡を残している。
対する西側ゲート。進藤拓海の『タウラス』が、地響きを立てて現れた。
最新の光沢コーティングを施された重装甲。肩部には最新鋭の追加ブースターが輝いている。最新AIによる完全制御、同期率25%の「安定」を象徴するような、威風堂々たる姿。
「結衣……っ、バカだよ、本当に受けるなんて」
Aクラスの特別席で、サオリは祈るように手を握りしめていた。
サオリには分かっていた。一本の脚が死んでいる機体で、重量級のタウラスとまともにぶつかれば、一撃で機体が「粉砕」されることを。
* * *
「――ふぅ」
アリエスのコクピット。
結衣は狭い空間の中で、ゆっくりと目を閉じた。
周囲の喧騒は、防音性の低い旧型機の壁を抜けて響いてくるが、今の彼女には遠い世界の出来事のように感じられた。
(大丈夫。お父さんが、道を作ってくれた)
結衣は、コンソールの脇に設置したスマートフォンのホルダーを指先でなぞった。
まだ画面は暗い。
接続の合図は、まだだ。
* * *
JR中央線、下り快速電車。
九条蓮太は、ドア脇のわずかなスペースに身を埋め、スマートフォンの画面を凝視していた。
「……電波状況、不安定あり。周辺パケットの衝突、許容範囲内」
蓮太の額には汗が滲んでいた。
通勤客の肩がぶつかり、イヤホンの音漏れが耳を刺す。
会社へ向かう、どこにでもある朝の風景。
だが、蓮太の指先は、今この瞬間、学園の最高機密レベルの防壁と、数万人の観客が発する電波の嵐を、紙一重で掻い潜っていた。
「佐竹課長からの着信……。三回目か。……悪いが、今は『世界で一番大事なデバッグ』の最中だ」
蓮太は無慈悲に着信を拒否し、最終パッチの実行コマンドを入力した。
彼が昨夜、会社のサーバーを私物化して書き上げた『ONE-LEG-STAND』。
それは、右脚が死んでいるという「物理的欠陥」を、左脚の瞬発力と機体全身の姿勢制御をミリ秒単位で強制オーバーライドすることで補完する、狂気のロジック。
「いくぞ、結衣。……俺たちの最適解を見せてやれ」
蓮太が、画面上の『DEPLOY』ボタンを強く叩いた。
* * *
アリーナに、試合開始のカウントダウンが響き渡る。
『3――』
結衣のスマートフォンが、突如として眩い青光を放った。
『2――』
アリエスのメインコンソールが、学園指定のOSを強制シャットダウンし、真っ黒な背景に白文字のターミナル画面へと切り替わる。
『1――』
視界の中央に、力強い、父の魂そのもののような文字列が躍った。
『Authenticating... Identity Confirmed.』
『User: REN-K (Level 9 Admin)』
『Dad is Online.』
「接続……完了! いっけえええええッ!」
結衣の叫びと共に、アリエスのメインカメラが、鮮血のような、あるいは闘志のような真紅に染まった。
『START!』
電子音が鳴り響いた瞬間。
誰もが、アリエスがその場に崩れ落ちるのを予想していた。右脚のパイプは切断され、バランスを保つことすら不可能なはずだったからだ。
だが、現実は違った。
――バシュゥゥゥッ!
アリエスの背部ブースターが、不規則な爆発音と共に点火される。
右脚を引きずることなく、アリエスは「左脚一本」の跳躍と、姿勢制御モーターの異常なまでの回転により、独楽のように鋭く回転しながら前方へ突進した。
『な……っ!? なんだあの動きは!?』
進藤の驚愕の声が響く。
タウラスの放ったアックスが、空を切る。
本来、機体が「転倒」するはずの慣性を、蓮太のパッチが「推進力」へと変換し、アリエスを物理法則を無視した不規則な軌道に乗せていた。
「見える……! お父さんの計算した、勝機が見える!」
結衣の瞳には、パッチによって強調された、タウラスの装甲の継ぎ目が映し出されていた。
落ちこぼれが、同期率の壁を壊し、機体性能の限界を越える。
通勤電車の揺れから生まれた「最強の一行」が。
今、聖エルモ学園の常識を、音を立てて破壊し始めた。
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次回お楽しみに。




