表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dad is Online 〜落ちこぼれ娘が絶体絶命の瞬間、父の書いた「最強の一行」が機装(ギア)を覚醒させる〜  作者: ぱすた屋さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/34

第9話:解析と憤怒


 月曜日の朝。世界で最も憂鬱な時間が、九条蓮太くじょうれんたを包み込んでいた。

 新宿の高層ビル群、その一角にある『帝都システムソリューションズ』の第ニ会議室。そこでは、実のない不毛な定例会議が延々と続いていた。


「――というわけで、B社の次期基幹システムの要件定義ですがね。昨夜、先方の重役から追加のオーダーが入りまして」


 佐竹課長が、脂ぎった顔でプロジェクターの資料を指し示す。

 それは、すでに完成していた設計図を根底から覆すような、現場を無視した「鶴の一声」だった。同僚のエンジニアたちが、一様に死んだ魚のような目でため息を吐く。


(……非論理的だ)


 蓮太は会議机の隅で、ノートPCのキーボードを静かに叩いていた。

 画面の左側には、佐竹に提出するためのダミーの進捗表。

 そして、隠された右側のターミナル画面には、聖エルモ学園の機装ギアOSから抽出した、数百万行に及ぶソースコードの断片が流れていた。


 蓮太は、昨夜からずっとある違和感を抱いていた。

 結衣の同期率が0.01%という異常値。それは単なる相性の問題ではなく、システムの「根幹」に何かが仕込まれているのではないか、という疑念だ。


「……見つけた」


 蓮太の指が止まった。

 OSの入出力制御《I/Oマネジメント》、その最深部。

 『神経適応フィルタ(ニューラル・フィルタ)』と名付けられたモジュールの中に、あまりにも不自然なコードの記述を発見した。


「なんだ、これは。特定の波形パターン以外を、強制的に『例外処理エラー』として破棄している……?」


 それはバグではなかった。

 明確な意図を持って、そこに記述された「仕様」だった。


 最新のシンクロ・ドライブは、特定の家系や、特定の訓練を受けたエリートたちの脳波に「最適化」されている。

 一方で、結衣のように複雑で高精度な――しかし最新規格からは外れた――脳波を持つ者の入力は、システム側が意図的に「雑音」と見なして遮断する。

 つまり、この学園のシステムは、努力で才能を伸ばす余地を最初から切り捨て、選ばれた人間だけが評価されるように『イカサマ』が組まれていたのだ。


「……九条くん。さっきから何を聞いているんだね?」


 突然、佐竹の鋭い声が飛んだ。


「課長。このB社の要件、現状のサーバー構成では遅延レイテンシが許容範囲を超えます。物理的な限界を無視した設計は、いつか必ず破綻しますよ」

「あー、また君の悪い癖だ! 理屈じゃないんだよ、ビジネスは! いいから言われた通りに作り直せばいいんだ!」


 佐竹が唾を飛ばして怒鳴る。

 蓮太は無表情のまま、ノートPCの画面をパチンと閉じた。


(……理屈じゃない、か)


 胸の奥で、静かな、だが凍りつくような怒りが燃え上がった。

 会社では上司の理不尽な命令に、学園では何者かが書いた不公平なコードに、娘の未来が、そしてエンジニアとしての誇りが踏みにじられている。


 同期率が低いのではない。

 「低くされるように」作られているのだ。

 その事実が、蓮太の中に眠っていた「職人の魂」を完全に呼び覚ました。


「失礼します。腹痛ですので、午後はリモートワークに切り替えさせていただきます」

「おい、九条! まだ会議は終わって――!」


 呼び止める声を背中で聞き流し、蓮太は会議室を後にした。



     * * *



 午後。帰りの電車を一本見送り、蓮太は駅のホームにあるレンタル・ワークボックスに籠もっていた。

 狭い個室。正面のモニターには、学園OSの全構造が展開されている。


「お前たちが『最新』を誇るために、誰かの努力をノイズと呼ぶのなら……」


 蓮太の指が、キーボードを猛烈な速さで叩き始める。

 そこにあるのは、丁寧な設計図ではない。

 既存の秩序を内側から食い破り、真実を強引に引きずり出すための「攻性コード」だった。


「……そのゴミフィルタごと、書き換えてやる」


 彼は『K-Shell』のコアを再定義した。

 学園のOSが「例外」として放り出した結衣のパルスを、ネットワーク・パケットの隙間に偽装して再収集する。

 そして、OSが気づくよりも速く、機体の駆動カーネルへ『最高優先度プライオリティ・ゼロ』の命令として割り込ませる。


 それは、システムにおける「クーデター」だった。


「よし。……次は、機体側の受信用バッファの拡張だ」


 蓮太はスマートフォンのテザリングを介し、地下倉庫のアリエスに潜ませたバックドアへアクセスする。

 結衣が昨夜、汗を流して強化したあの物理回路。

 蓮太が送る大量のデータを受け止めるための「器」は、すでに娘の手によって用意されていた。


「準備はいいか、結衣。お父さんが、本当の『論理ロジック』を教えてやる」


 蓮太は実行ボタンを押し、通勤用の鞄を手に取った。

 午後三時。

 まだ仕事の真っ最中であるはずのサラリーマンが、一人、鋭い目をして満員電車へと乗り込んでいく。



     * * *



 一方、聖エルモ学園。

 放課後の第一演習場では、Aクラスの生徒たちによる模擬戦が行われていた。


「すごい……! 進藤君のタウラス、今の回避見た?」

「シンクロ率がさらに上がったらしいよ。やっぱり、選ばれた人間は違うよね」


 華やかな歓声が飛び交う中、地下の北倉庫にいる結衣に、一通の通知が届いた。

 トメさんと共に、アリエスの出力テストをしようとしていた、その時だった。


『Update complete.』

『Module "K-Shell" has evolved to: "Anti-Filter-Logic v1.0"』

『Dad's Message: 「これでお前の声が、全部届く。思い切り叩き込んでこい」』


「……お父さん」


 結衣はスマートフォンの画面を握りしめた。

 画面の向こう側にいる父の、静かな、だが烈火のごとき怒りが、コードを通じて自分の中に流れ込んでくるのを感じた。


「どうした、お嬢ちゃん。……妙にいいツラ構えになったじゃないか」


 トメさんが、愛用のスパナを肩に担いで笑った。


「トメさん、テストの予定を変更します。……限界まで、出力を上げてください」

「ほう。……アリエスが悲鳴を上げるよ?」

「いいえ。……この子も、怒ってるんです。無視されてたことに」


 結衣はコクピットに飛び乗り、ハッチを閉めた。

 真っ暗な空間に、青いコンソールの光が浮かび上がる。

 

 最新のAIが、彼女を拒絶する?

 同期率が、彼女を無能と呼ぶ?

 

 そんなものは、父が作った「最強の一行」の前では、ただのゴミ屑に過ぎない。


「アリエス――ログイン!」


 その瞬間。

 地下倉庫の奥深くで、一台の残骸が、天を衝くような咆哮ノイズを上げた。

 

  Dad is Online.

 最適化の狼煙は、今、ここに上がった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ