第0話:Dad is Online(パパが接続しました)
新作ロボットものです!
書きだめたもの順次投稿していきます。
その瞬間、世界は「論理」によって書き換えられた。
私立聖エルモ機装高等学院、第ニ演習フィールド。
二〇〇〇人を超える観衆が詰めかけたアリーナは、熱狂という名の暴力的な期待に包まれていた。だが、その期待の九割九分は、一方的な「蹂躙」を望む残酷な好奇心だ。
「……はぁ、はぁ、……っ!」
九条結衣は、肺を焼くような熱い息を吐きながら、旧型機『アリエス』のコクピットで震える指先をマニュアルレバーに掛けていた。
視界を覆うメインモニターは半分がノイズに埋もれ、至る所に『警告』の文字が躍っている。
右腕の装甲は無残に剥がれ落ち、昨日、進藤たちの取り巻きによってズタズタに切断された右脚の動力パイプからは、今も青白い冷却液が血のように噴き出していた。
「おいおい、九条。まだその鉄屑の中で震えてるのかよ?」
対峙する重量級機装『タウラス』の外部スピーカーから、進藤拓海の勝ち誇った声が響く。最新鋭の光沢コーティングを施したその機体は、まるで王者のような威容でアリエスを見下ろしていた。
「同期率0.01%。システムにすら『人間』と認められないバグ野郎が、エリートの俺に勝てると思ったのか? お前みたいな不感症は、大人しくスクラップ置き場で油でも磨いてりゃ良かったんだよ!」
進藤がタウラスのヒート・アックスを軽く回す。それだけで、アリーナの空気がビリビリと震えた。
最新の『シンクロ・ドライブ』。脳波を直接機体にリンクさせ、思うがままに手足を動かす最新技術。それを持たない結衣にとって、この戦場は処刑場と同義だった。
(……ごめん、お父さん。私……やっぱり、ダメだったみたい)
結衣は意識が遠のく中、無理に笑顔を作って答辞を読んだ卒業式の日の自分を思い出した。あの時はまだ、努力が才能を凌駕できると信じていた。だが、現実は残酷だった。
――ズドォォォォンッ!!
タウラスが、地響きを立てて突進を開始する。
逃げ場はない。一本脚のアリエスには、回避という選択肢さえ残されていなかった。
* * *
同じ時刻。
JR中央線、新宿行きの快速電車。
そこには、戦場とは無縁の、あまりにも「日常」すぎる地獄があった。
湿った熱気、誰かの汗の匂い。すし詰めの乗客たちは、皆一様に死んだ魚のような目をして、スマートフォンの小さな画面に逃避している。
九条蓮太(40歳)も、その「疲弊したおじさん」の一人に過ぎなかった。
くたびれたスーツ。薄くなった頭頂部を気にする余裕もなく、彼は電車の揺れに合わせて左腕を吊り革に絡ませ、右手一本でスマートフォンの画面を高速で叩き続けていた。
だが、彼の網膜が捉えていたのは、SNSのタイムラインでも、退屈なニュースでもない。
娘が今まさに命を懸けて操縦しているアリエスの、膨大な実行ログ《カーネル・ダンプ》だった。
「……やれやれ。最新のOSってのは、どうしてこうも『お節介』なんだ」
蓮太は、周囲の喧騒を完全に遮断し、脳内に三次元の物理演算モデルを展開した。
彼にとって、この満員電車は最強のエンジニアリング・ルームだった。老舗SIerで25年。数々のデスマーチを生き延び、スパゲッティコードの山を一人で解きほぐしてきた男にとって、学園が誇る最新システムは「贅肉だらけの欠陥品」にしか見えなかった。
「シンクロ・ドライブの同期ウェイト設定が冗長だ。マニュアル入力の割り込み優先度を最上位へ。……さらに、切断された右脚のジャイロ補正ロジックを強制バイパスして、残った左脚のバースト出力へ全リソースを転送……。よし」
蓮太の指先が、残像を伴って画面を踊る。
隣に立つ若いサラリーマンが、その異常なタイピング速度に気づき、ぎょっとして蓮太の顔を覗き込んだ。だが、そこには冴えないおじさんの、だが「職人」の狂気を宿した鋭い眼差しがあった。
「最新のAIだか何だか知らないが……。おじさんの二十五年の職人芸《最適化》、舐めないでもらおうか。……パッチ、送信」
蓮太が、画面上の『DEPLOY』ボタンを静かに、だが力強く押し込んだ。
* * *
「――死ねよ、ゴミ屑がぁッ!」
タウラスの巨大なアックスが、アリエスの脳天を目がけて振り下ろされる。
誰もが結衣の敗北を確信し、目を背けたその瞬間。
ピーーーーーーッ!
アリエスのコクピットに、これまでにないほど澄んだ電子音が響き渡った。
真っ赤だったコンソールが、一瞬で、吸い込まれるような深い青色へと書き換わる。
『Authenticating... Identity Confirmed.』
『User: REN-K (Level 9 Admin)』
そして、アリーナの巨大モニターにも、学園のシステム管理者さえ見たことがない、不敵な文字列が表示された。
『Dad is Online(パパが接続しました)』
「え……?」
結衣の手に伝わる操縦桿の感触が、劇的に変化した。
今まで、重い泥の中を掻き分けるようだった機体のレスポンスが、まるで自分の神経が直接モーターに繋がったかのように、驚くほど軽やかになった。
『K-Shell: Speculative Execution Mode. (予測実行モード起動)』
『ロジック:物理演算のショートカットを開始する』
「――っ! いっけええええええッ!」
結衣が、反射的にペダルを踏み抜いた。
本来、一本脚のアリエスがそんな動きをすれば、バランスを崩して転倒するのが物理の理だ。
だが、蓮太のパッチは、その「転倒の慣性」さえも、次の一歩への「推進力」へと瞬時に変換していた。
――シュンッ!
アリエスが、残像を残して消えた。
進藤のタウラスが放ったアックスは、アリエスが「いたはずの空間」を空虚に切り裂いた。
『な……っ!? 消えた!? そんな馬鹿な、最新AIの予測を外れるなんて!』
進藤の叫び。観衆の驚愕。
だが、アリエスの加速は止まらない。
右腕を失い、左腕一本でヒート・ナイフを逆手に構えたアリエスは、独楽のように鋭く回転しながらタウラスの背後へと回り込む。
父が送り込んできたのは、単なる補助プログラムではない。
最新OSが安全のために設けている一〇ミリ秒の猶予さえも削り出し、物理法則の限界ギリギリを突く、狂気の「超機動ロジック」だ。
「見える……。お父さんが指し示した、勝機が!」
結衣の視界に、タウラスの装甲の継ぎ目、動力核を冷却するための微かな隙間が、赤く強調されて浮かび上がった。
「これで……終わりよッ!」
結衣は操縦桿を突き出した。
アリエスの左腕が、精密機械のような正確さでタウラスの「喉元」を貫く。
――バチチチッ!
青い火花がタウラスの全身を駆け巡り、次の瞬間、巨体が膝から崩れ落ちた。
最新鋭の、完璧だったはずの機体が、たった一撃の「論理的弱点」を突かれ、沈黙したのだ。
『勝者:九条結衣』
アリーナに、嵐のような静寂が訪れる。
誰もが、今起きたことが信じられなかった。
ランキング最下層の少女が、一本足のスクラップで、エリートを完封したのだ。
「勝った……。私、勝ったんだ」
結衣は、モニターの端で静かに消えゆく『Dad is Online』の文字を見つめた。
そこには、口下手で、いつも仕事に追われている父の、不器用なエールが込められている気がした。
「……ありがとう、お父さん」
* * *
新宿駅、十一線ホーム。
プシュー、という空気の抜ける音と共に、快速電車のドアが開いた。
蓮太は押し寄せる人の波に翻弄されながら、ホームへと吐き出された。
彼は勝利の余韻に浸ることもなく、ただ一仕事終えた安堵感と共に、額の汗を拭った。
だが、その安らぎは一秒も持たなかった。
ポケットの中のスマートフォンが、狂ったように震え出す。
画面には「佐竹課長」の文字と、真っ赤な【超至急】のフラグ。
『【超至急】九条! 何をモタモタしている! A社の基幹サーバーが完全にダウンした! クライアントの社長が直接乗り込んできて怒鳴り散らしているぞ! 1秒でも早く来い! これは社運を賭けた一大事だ!』
「……一大事、ねえ」
蓮太は空を仰いだ。
つい数秒前まで、世界最高峰の学園のシステムをハッキング同然の手口で書き換え、娘の運命を救い出した英雄は、今はただの、肩身の狭いサラリーマンに戻っていた。
「社運、ねえ。……こっちは娘の人生がかかってたんだよ、課長」
蓮太はトボトボと、新宿駅の人混みの中へと消えていく。
次の停車駅までは、まだ距離がある。先行列車が詰まっているせいで、会社まではまだ時間がかかるだろう。
「……できるだけ早く、ね。こっちはあと1時間はかかるんだけどなぁ。また平謝りか」
そう呟きながら、彼は不敵な笑みを隠すように、首にかけた社員証を握り直した。
これは、最強の「論理」を持つ父と、最高の「根性」を持つ娘が、システムの理不尽を打ち破っていく、逆襲の物語。
―― Dad is Offline.
すべてが始まったのは、あの三ヶ月前。
栄光の頂点から、絶望の底へと叩き落とされた、あの入学式の日だった。
(第1話へ続く)
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次回お楽しみに。




