第八話 ヒーローの作戦会議
話を逸らすついでに、私は朝、ヒイロ先輩が見せてくれた手話の意図について聞いてみた。手をぱっぱと、頭上で何度も開いたり閉じたりするあの動作。
〈あぁ、あれ?伝わんなかったか。まぁそうだよね。〉
「結局なんだったんですか?ネットで調べましたけど、『星』って意味ですよね」
〈そうそう。私星が好きでさ。雨が止んだ後は星が見えるから。虹咲ちゃんのことは星が見守ってるよ、安心してねって意味だったんだけど。〉
雨が止んだ後。そういう表現を使うヒイロ先輩はやっぱり、アンブレラヒーローなんじゃないのかと考えて、すぐ前にダサいと言われたことを思い出し首を激しく振る。
〈ん?虹咲ちゃん?〉
「あ、す、すいません。そういう意味だったんですね。今度私もやります。」
〈誰によ〉
「あ。」
〈ははっ、虹咲ちゃんは後先考えないねぇ。不安だよ、ヒーローとしては。〉
「うっ…。」
情けない。ちゃんとヒイロ先輩に頼らずとも生きていける存在にならねば。おんぶにだっこじゃ負担を掛け過ぎてしまう。それこそ、私のせいで声が出なくなるなんてことになったら…鳥肌が立った。
〈まぁ大丈夫。虹咲ちゃんが何度転んでも、私が傘を差し続けてあげるから。安心して。〉
「それじゃ恥ずかしいですよ…。いつかはヒイロ先輩と対等な存在になれるよう頑張ります。」
〈年齢的に無理だね。〉
「そういう話じゃないです!…その時になったらほんとの名前、教えてくださいよ。」
未だに先輩の本当の名前は知らない。出会いの場所、と言ったら響きは良いけど。トイレで先輩が名乗った名はヒーロー名。本名は教えてもらっていない。
〈そんな面白い名前じゃないけどね。昔のモノクロテレビみたいな名前だよ。〉
「それはそれで知りたいですけど…ふわぁあ。」
欠伸と同時に時計の針を見て見れば、いつの間にか22時を回っていた。もうそんなに話したのか。
〈ありゃ、良い時間か。もう寝るかい?〉
「そうします。先輩声出しにくいのに、一時間も話してもらって…ありがとうございました。」
〈出しにくいというか、大きな声にブレーキがかかるだけだよ。むしろ音量上げてくれてありがとうね。それじゃあおやすみ。明日からは新ヒーローだよ!〉
「明日休みですよ。」
〈あ。〉
「おやすみなさいです」
〈うん、おやすみ。〉
「おやすみです。」
〈わかったって、切らないの?おやすみ!〉
「私が最後におやすみって言いたいんです。」
〈なんじゃそりゃ。あっはっは!…けほっけほ。ちょっと、笑わせないで…ははっ。〉
「おやすみです!」
〈はいはいわかったよ。ったくもう、虹咲ちゃんは頑固だなぁ。その勢いでいじめっ子も倒せちゃうんじゃないの?〉
何気なくヒイロ先輩が言葉にした一言。その言葉はすんと心に溶けていった。
倒す…か。
そうか、倒せばいいんだ。
「…先輩、寝ます!」
〈う、うん。わかったってば。〉
「おやすみなさい!」
そこで私は電話を切って、そのまま電気を消さず布団に横になる。私が考え事をするときはいつもこの体勢。
「そうだ。倒せばいいんだ。ヒーローだって私にはついてる!耐えるだけじゃなくて、やっちゃえば…。」
空虚な独り言を繋げて、びっくりして、起き上がる。今の私、とても活き活きしてた。自分でも意外なほどに。
そんな勇気ないくせに。
「…いや違う。私にはヒーローがいる。」
1人じゃない。2人なんだ。やれる、現状維持は、もう嫌だ。ヒイロ先輩を…アンブレラヒーローに頼ってばっかじゃ成長できない。
「とりあえず、今日は寝て。土日に作戦を考えよう。」
それならと、私は先輩に一言メールを送った。すでにLINEで連絡先は交換済み。
・・・
日曜日・午後
私は人気のないカフェで、先輩を待つ。落ち着いたBGMと、もう一人のお姉さんのお客さんの為に注がれているであろうコーヒーのとぽとぽ以外、静寂が広がっている。ここのお店は人気だけど、時間が時間だ。もうお昼時はとっくに過ぎていて、おやつタイムにも少々早すぎる。絶妙な時間を狙った。今日の作戦会議は長くなりそうだから。
「あ、先輩。こっちです。」
入り口を見ると、学校の制服じゃない、おしゃれした可愛い先輩が現れた。私の顔を見て、いつもの頼り強い笑顔を見せてくれる。
「やぁやぁ。一日ぶり。悪いね、昨日は予定が合わなくて。」
「大丈夫です。私も色々考えられました!」
「何をやらかす気なんだか。」
テーブル席の反対側に先輩が座る。途端に香ってくる良い匂い。中学生って香水つけるんだ…。
「…先輩今日かわいいですね。」
「え、何キモ。」
「だってオシャレしてきてるじゃないですか!」
先輩は真っ白なパーカーに黒めのスカートというカジュアルな、かつシンプルな大人びた格好をしていた。頭にはベレー帽が乗っかっている。
「そういう君だって可愛いよ?」
「え、あ、そ、それはどうもごもご…。」
「なんだこの会話。てか飲み物は?頼んでないの?」
「先輩きたらにしようかなって。」
「なるほど、良い子だね。」
その後、私はオレンジジュース、ヒイロ先輩はブラックコーヒーを頼んだ。
「かっこつけですか?」
「本当に好きなんだよ。…んで、今日は何の用で私を呼んだのかな。まさかわざわざ私の私服を褒めてくれるためだけじゃないよね?」
「それもあります。」
「あるんだ…。」
私は鞄から一枚の紙を取り出して、先輩に今日の予定を伝える。
「『いじめっ子撃退大作戦』を、一緒に考えてください!」




