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第七話 ヒーローとして目指す姿

 

 夜中21時


 自室のベットの上。私はドキドキしながら、スマートフォンに番号を打ち込む。ヒイロ先輩が渡してくれた紙。綺麗な筆跡で数字が書かれている、ただのノートの切れ端。けれども十分に勇気をくれる、不思議な紙。


「ふぅー…よし。」


 一呼吸して、電話をかける。


 プルル、プルル


 なんでかわからないけど、私は今猛烈に緊張していた。スマホを持つ手が小刻みに震え、手汗が湧き出る。好きな男の子に電話をしてるみたい。そう思って、自分には好きな男子なんてできたことがなかったことを思い出した。


「…いや、一生できないんだろうな。」


 今日の朝、思い知った。これは多分、トラウマになる。暗闇で、知らない男子に…お腹を殴られた。思い出して、お風呂に入ったばかりの体が震える。

 それならいっそ先輩と付き合えたら…って


「ばかばか。私はそっちの気ないし!」


 カチャ


「うわぁっ!?」


 で、電話してたの忘れてた…!

 宙に無意味な恋愛言い訳をしてたもんだから思わず驚いてしまって。持っていたスマホを放り投げてしまった。すぐにベッド下に落ちたスマホを耳に当てる。


「すいません、もしもし!」

〈……〉


 先輩の声は聞こえてこなかった。もしかして切れてる?と思い画面を見るが『通話中』の文字。じゃあ…音量か。

 かちかちとスマホの横のボリュームボタンを何度か押すと、先輩の小さな、小さな声が聞こえてきた。


〈もしもし…?聞こえてる、かな?〉

「あ、はい!すいませんスマホ落としちゃって…。」

〈そだったの?!あはは、虹咲ちゃんどじ~♪なに、なんか恥ずかしいことでもしてたの?〉

「っ!し、してません!」

〈あっはは〉


 やっぱりあまり大きな声は出せないのか、ぼそぼそと、音量を最大にしなければ聞こえないほど、小さかった。それでも先輩の声を聞くのは久しぶりじゃないはずなのに、恋しかった陽気な、けれども小さな音を聞けて胸の緊張は収まる。


〈んで…そうだね。とりあえず、ごめん、隠してた。のと、間に合わなかった。〉

「ヒイロ先輩が謝る事じゃないです。本当に。もう謝らないでください。」

〈お、おう?どったの、いつもより強気じゃん…。〉

「私怒ってるんです。先輩にも、自分自身にも。…情けなくて、本当。勇気のない私を、先輩は助けてくれて…。自分の方が辛いのに。ありがとうございました。」

〈はは、なんかもう会えないみたいに言うじゃないか。情けないなんて、言わないでくれよ。それを言うなら私の方さ。…実は、虹咲ちゃん。君が連れられて行くのを私は見て、すぐに助けに行ってあげられなかった。〉

「声が、出ない日だったからですか?」

〈うん。そうだね、ヒーローの弱点について、教えとこうか。今朝も伝えたけど、私は『心因性失声症』。ストレスとか、心の何かしらが原因で声が出しにくくなったり出せなくなる病気なんだ。私の場合、これが不定期にくる。〉


 何か過去、その病気を患うほどのことがあったんだろうけど、私にそれを聞く勇気はなかった。

 ヒイロ先輩を尊敬した。だって私だったら。


「私なら、しゃべれないのに他の人に構ってられませんよ。先輩はすごい人です。逃げずに先生を呼んでくれて…もう本当、嬉しかったです。」

〈君がそう言ってくれるなら、私もいくばくか救われる、かな。…ヒーローじゃないって言われたけど。〉

「あ、その、あれは!違うんです!」

〈あっはっは。わかってる。というかアレは私が悪いよ。あの瞬間は、確かに私はヒーローじゃなかったかな。ごめ……ありがとね。許してくれて。〉

「先輩はヒーローです。何度でも言えます。」

〈一回で十分。……あのさ、虹咲ちゃん。今日電話したかったのは、虹咲ちゃんの連絡先を手に入れるためでも、心配で話したかったのもあるんだけど〉


 結構ある…。


〈私のなりたいヒーローについて、聞いてほしくて。ヒーローの意思表示!〉

「意思表示、ですか。」

〈そう。もう同じような、君に痛みは味わってほしくないから。だから失敗しないよう自分にプレッシャーをかけるための意思表示。宣誓。〉

「そういうことなら聞きたくないんですけど…。変にプレッシャーかけて声が…その。あーなったらどうするんですか。」

〈ぼやかすのへたくそだな。大丈夫、そこまで重症じゃないから。だから、聞いてほしい。〉


 先輩の意思がここまで硬いなら、私が崩すことは無理。黙って先輩の話を聞くことにした。


〈私、傘みたいなヒーローになりたいんだ。〉

「傘…?」

〈そう。傘。泣いてる子は傘を持てる。自分が泣いてるってわかってるから。何かしら、自分を守る傘を持ってる。もしくは気づいてないだけでね。けど、泣かずに堪えてる子。〉


 …私かな


〈その子は気づいてないんだよ、実は自分の心の中は土砂降りだって。わからないから、傘を差す気にもならない。我慢してるから、雨のしずくが目からこぼれない。…そしていつかは、溢れて、溺れちゃう。私はそんな子に、『雨、降ってるよ』って。教えてあげられるような、傘みたいなヒーローになりたいんだ。〉


 先輩の目指す、ヒーロー像。トイレの時もそうだったけど、先輩のヒーローらしさってどこか普通とは角度が違う気がする。

 でもどんな時でも、確固たる力強さがみなぎってるんだ。そういうところが頼り強いと思える理由の一つなんだ。

 例え、しゃべれなくても。

 先輩はすでに私の傘。


「ならヒイロ先輩はアンブレラヒーローですね。」

〈なにそれださっ。〉

「えっ。」

〈ネーミングセンスないねぇ虹咲ちゃん。…あはは、けど良いかも。覚えやすい。〉

「むー…インパクトがあるって言いたいんですか。」

〈良いじゃんインパクト。…けほっ。かっこよくて気に入った!〉


 先輩は気に入ってくれたけど、なんだか後々恥ずかしくなった。


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