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第三話 ヒーローの秘密基地


 もう少し、この時間が続けばいいのに。その気持ちは随分と強情で、ずるいなぁと我ながら、泣きながら考える。今までは、学校の時間なんてさっさと終わってしまえばいいのにと思っていたんだから。自分勝手な自分に苦笑いをしてしまう。

 そんな私のわがままが許されるわけもなく、すぐに授業が始まることを知らせる予鈴が鳴ってしまった。


「おっと、もうか。戻らなきゃ。学生として。」

「…。」


 先輩の胸の中で泣いた温かさを失い、環境の寒さに気付いた。と同時に、温まった感情の奥からまたある一つの『わがまま』がふつふつと湧き上がってくる。

 先輩はすぐに気付いてくれた。


「あぁ、そうか。その顔のまま教室には戻りたくないよね。あいつらいるんだし。見られたら死にたくなるなる。」

「んなあっさり言わないでくださいよ!」

「なはは、良いね。元気になった。とりまサボりなよ。良い場所教えてあげる。」


 先輩は自分がよくサボりに使ってるという秘密基地と、そこの扉を開けるカギを渡してくれた。情報とそのブツが手のひらと頭の中に納まる隙間に、初めて授業をサボる罪悪感が紛れ込む。


「サボるのは良くないと思うんですけど…。」

「んじゃ私もう受験生だから!行ってくる!放課後三年教室来てね~。」


 私の意見の有無など関係なく、先輩は残りの午後の授業サボらせることを決めさせてきた。教えてくれた場所に、行くかどうか悩んだけど、授業時間中廊下をうろうろするわけにもいかないし。トイレから先生たちに見つからないよう、こっそり素早く、先輩が口に出した場所へと向かった。



 ・・・



「針金がカギって意味わからんと思ったけど、こゆことか。」


 屋上へと続く扉は古く、ぼろぼろで。手渡された針金カギを使えば容易に開くことができた。ほんの少し、手間取ったけど。


 カチャリと錠前を外し、ぐっとドアノブを回すと、チャッと小さな音を出しながら、私は屋上へと誘われた。


「…わ。」


 入ってすぐ、中くらいの風が私の前髪を持ち上げて、体温を奪っていった。日差しが出ていてよかった。空が曇っていたら、多分寒かった。もう季節は秋に近い。


「広い、意外と。」


 恐る恐る踏み入れた、クラスメイトの、先生たちの頭上。まるで自分がこの世界の支配者になったような気分がした。ここで叫べば、誰かが気づいてくれるのかな?

 屋上に入ってまず、自分が悪いことをしている自覚、縛られない開放感。

 そして、恐怖を感じた。


「こんなの、幼稚園の子でも乗り越えられちゃうじゃん。」


 屋上には一応、落下防止ように柵が設置してあったが、その大きさはハードル飛びのハードルより二回り小さい、何の為についているのか一瞬わからなくなるほど小さかった。

 そもそも生徒がここに来ることを想定していないのかもしれないが、だとしてもこの雰囲気…。


「飛び降りろって、言われてるみたい。」


 ゴミみたいな学校には、いつでも逃げられる道だけは用意されていた。



 ・・・



 あれ以上、あの何かに後ろ指を指され続けている錯覚を覚える空間にいたくなくて屋上に入る前の小さな空間に座って時間を潰していた。床は硬く、寒かったがあいつらと一緒に行くトイレよりはマシだった。


 キーンコーンカーンコーン


「帰る時間だ。」


 立ち上がり、鞄を取りに行こうとして少し億劫になる。絶対、確実に何かしらされている。それに最悪あいつらと顔を合わせる可能性だってある。


「いいや、明日で。明日がくればなんとかなる。」


 希望的観測。惨めで何の意味もない。

 もう少し時間を潰してから帰ろうと、またさっきまで座っていた床にお尻をつけた。すると、人のぬくもりと、先輩が去り際言ってたことを思い出した。


「そういえば、三年生教室に来い…って。言ってたっけ。」


 ここから一つ下の階だ。どうする、行こうか。

 単純に考えれば、行けばあのおちゃらけた、怖くて美人な先輩が助けてくれる…かもしれない。行かなければ、私はまた一人で戦う道を選ぶことになる。

 迷うし、悩んだ。頭の中、ありとあらゆる可能性をぐるぐるぐるぐると巡らせて、自分との会話を延々と繰り広げる。


「でもまぁ、少なくとも。私は誰かを盾にしたくは、ない。よね。」


 三年生教室に行くことはなく、私は周りを確認しながら玄関へと向かった。



 ・・・



 上手く先生に見つからず、私は外に出ることができた。校門まで残り数メートル。誰にも見つからなかったのは、この学校だったからかもしれない。鞄を持たず堂々と歩く私の姿を、不思議に思ってじろっと見てくる人たちもいたけれど、そんなことよりあのいじめっ子たちがいないか気が気でなかった。


「ん!来たね、お疲れ。ニジサキちゃん。」

「…ヒイロ先輩。」


 神経質な聴覚が震え、ぱっと、顔を上げると校門のところに先輩が立っていた。自分がうつむいていたと、先輩は教えてくれた。


「なんで。」

「あの後授業中考えてたんだよね。私が一年生のニジサキちゃんだとしてさ。三年生の教室行きにくくね?って。だから来ないと思って待ってた。どう、合ってた?」


 そういう意味も、あったかもしれない。


「半分正解で、半分不正解…ですかね。」

「なら赤点は回避か!よし帰ろうニジサキちゃん。」

「同じ方向なんですか?」


 私の背後に周り、肩を押しながらさも当然のように一緒に下校しようとしてきたのでそうなんだろうと質問をしたのだけど…


「いや?てかニジサキちゃんの家知らんし。」

「それなのについてくるんですか?!」

「ヒーローは安心できるところまで送るもんだよ。ほらほら、行こう!」

「えぇ…?」


 結局、私は先輩がついてくることを咎めることはなかった。

 校門を出る瞬間、何故か顎と頬が痛かった。


 あとで、先輩の姿を見てから自分の口角がずっと上がっていたんだと、気づいた。


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