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番外編 私のヒーロー

 

 暗闇、何も見えず、わかることはただ寒くて、お腹がすくこと。


(お昼ご飯、もっと食べとけばよかったかな。)


 ぶるっ、と全身が震える。ぐーとお腹が鳴る。もうここに縛られて何十分経つだろう。もしかしたら何時間も経っているかもしれない。


(虹咲ちゃんに送ったメール…わかんないよねぇ)


 多分、あの扉の先に虹咲ちゃんがいてくれたはず。一瞬、人の気配も感じた。けど、私は声を出せなかった。

 半分ネグレクトに近い私の母親。親という名の、お昼ご飯代と称してはした金をもらうだけの関係。

 その母親に、倉庫に閉じ込められたことがあった。何度も、何度も。

 そのせいで私は暗闇だと、声を出すことができなくなった。


 家庭科室前、暗くて、虹咲ちゃんを助けに行く足が震えて。

 ごめんね、虹咲ちゃん。私はまたちょっぴり、君に嘘をついたよ。


(症状も、図書館で調べただけだけど。……はぁ。寒い。)


 もう意識が朦朧として、指先の感覚がない。多分、私は死ぬ。

 心残りはもちろんあった。虹咲ちゃんだ。まだ私は彼女を助け切れていない。


(…はは、ばかだな。助けられてたのは、私じゃないか。)


 そうさ。私のヒーローは、虹咲ちゃんだった。あの子は、耐えてた。ずぶ濡れになっても、耐えていた。逃げなかったんだ、私みたいに。


(君みたいに、抵抗しよう、なんて発想は…なかったよ。)


 いじめられだした発端は、私がいじめていた子を助けたから。最初の方は耐えてやろうと、この程度ならなんとかなると、そう思ってた、

 けどある日、ふっと、心の火が消えた。その日から逃げ始めた。いつの間にか、ため込んでいたんだ。雨で、溺れ始めた。


(このこと、虹咲ちゃんに知られたら…いやだな。)


 一年生の階のトイレに逃げて、屋上に逃げて、家も逃げ場じゃなくて。

 死んだ方がマシなんじゃって、そんな時、トイレでいじめられてる、ヒーローに出会った。そのヒーローは、虚ろな目をして…ぼろぼろな私に、助けを求めていた。


 あんな顔されたら、私は逃げられない。そういう、人間だから。

 けど、私は傘なんか持ってなかった、そんな余裕はなかったんだ。だから、自分の体で、なんとか彼女の雨をしのいでいたけれど…君の笑顔で、忘れちゃってたよ。元々ずぶ濡れだったことを忘れてた。

 傘が必要なのは何よりも自分だったのに。


(我ながら、お人よしなもんだな。……っ。)


 頭痛と眠気が一斉に押し寄ってくる。そろそろ限界らしい。

 このまま眠ってしまおう、そうしよう。


(アンブレラヒーローは、泣いちゃ情けない。)


 どうせ死ぬなら、かっこよく死にたい。だって私は、あの子のヒーローなんだ。

 見栄っ張りでも、偽物でも、最後まで作戦を実行できなくても。


 あの子にとっては、年上で、このゴミみたいな学校で、たった一人頼りになる、『ヒイロ先輩』なんだから。

 最後まであの子のヒーローでいてあげたい。私にはもう、それしか恩を返せない。

 一瞬でも、太陽はあるって気づかせてくれた、恩を。


(私にとってのヒーローはやっぱり…虹咲ちゃんだったなぁ。)



 もし、もしも願いが一つ叶うのなら。


 虹咲ちゃんがこの先、もう雨には打たれてなくて、傘なんか持ってたら笑いものにされるような、虹のかかる青空の下を歩いていてほしいなって。


 そう思う


番外編・完


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