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最終話 傘を閉じたら星が見えた

 一か月後・放課後


「校長先生め…こんな重たい物を女の子に持たせるなよ…。」


前がギリギリ見えなくなるレベルの段ボールを、天文学部の部室に運び込む。

私は今、天文学部部長だ。


「…まぁ部員私だけだけど。」


部設立までなんだかんだ一か月たってしまった。

仕方ない。立ち直るのに、時間がかかり過ぎた。



・・・



一か月前


私は目の前が真っ暗になったり、真っ白になったり。貧血に近い状態に陥っていた。亡くなった生徒のスマホ。先輩に対し電話を掛けたら、それが鳴る。

パニックだ。


「…なんで、ヒイロ先輩…。」


家庭科室で…って。ということは。

あの夜中の音…先輩、家庭科室の中にいたんだ。どうして気づけなかったんだろう。


「ショックなところ悪いんだが、君は白川黒江さんの友達、か?」


空気を読まず若い警察官は話しかけてきてくれた。とは言え、彼にとっては助け舟を出したつもりだったのかもしれない。


「…先輩は、私の…ヒーローで。」

「ひ、ヒーロー?すまない、よくわからないんだが……。とりあえず仲の良い知人ではあった、のか?」


…そう、か、ただの知人だ。

所詮ヒーローってはやし立てたけど、先輩は私にとって、仲の良い知人、ちょっと頼り強いだけの…知人。

かっこよく登場したように見えたし、必殺技があるとか言ってたけど。

全部、嘘だった。


「…はい。多分。」


少しまだ、そう認めたくない私がいた。


「そうか。俺は今回の事件、他殺だと睨んでる。加えて、白川黒江さんをいじめていたグループがいたという情報はすでに掴んでいる。」

「先輩、いじめられて…。」


なのに私を?どんだけお人よしなんだ、あの人は。

いや、もしかしたら私に頼られることで、心の拠り所を作っていたのかもしれない。

今となっては、本人に聞くことはできない。


「だが何分人的証拠しか出ていない。第三者の意見、または物的な証拠が出ればな…。最後に白川黒江さんに会ったのは?」

「会ってはない…ですけど。一番近かったのは私です。」

「…というと?」


私は昨夜のことについて話した。家庭科室前で先輩を待っていて、雪が降ってきたから家に帰ったこと。


「そうか…。物音とかは、聞かなかったのか?助けて、みたいな声も。」

「聞こえませんでした。」

「妙だな。白川黒江さんは縄で動けなくなっていただけで口は自由だったはずだ。君が1、2時間いたというなら、彼女も何かしら声を出していたはずだが…。まさか本当は自殺…うぅん。」


若い警察官は頭を回転させ始め、眼中から私を外した。

私はすでに、答えに気付いていた。


「あの、えっと。」

「そういえば名乗り忘れてたな。俺は木崎真一。東京から来た警察だ。」


警察官の人は警察手帳を私に見せ、端的な自己紹介をしてくれた。


「それと、喜一良義と楓ちゃんの同級生でもある。」

「きい…って、え?お父さんと、お母さんの…友達?」

「あぁ。虹咲という君の苗字で気づいた。なんか面影あるな、とは思っていたが。」


初めて両親の友達、という存在に出会ったのでどういう対応を取ればいいのかあたふたしていると、木崎さんはかがんで、私と目線を合わせてくれる。


「頼む、睦美ちゃん。君の証言が必要なんだ。いじめをしていたというグループがあることは聞いた。だがそのいじめグループは犯行を認めない。これでは俺も動きようがない。」

「…でも、先輩は縄で。」

「あぁ、水もかけられてる。だが水のせいで指紋は残っていないし、家庭科室なら誰の指紋があったっておかしくない。けど二つ、彼女は自殺ではなかった。助けを求める意思があった可能性があるとわかれば、全てを線でつなげる。そこから先は俺の仕事だ。睦美ちゃん、彼女が君に助けを呼ばなかった理由…何かないか?」


先輩が、声を出さなかった理由。


違う、出せなかった理由。


「先輩は…白川先輩は、病気で。声が出せない日とか、時間が…あって。」


助けを呼ぶ小さな声を…私は聞きとることができなかった。最後の物音、最後の抵抗。私は…逃げてしまった。


守ることが、できなかった。


「…わたしっ…が…助けられたのかも…しれないのに。うぐっ…先輩は私のせいで…死んで…ううっ…あぁあああっ…。」


あともう少しで、平和を、青春を手に入れられたのに。駅で、先輩と美味しいスイーツを食べる。叶わなかった。夢は所詮、夢のまま。


私はやっぱり、私の事しか見てなくて。傘がもうボロボロだったのに、私が濡れなかったのは、先輩がその身で防いでくれていたから。

それに私は、気づけなかった。


「…なんで、だれが…。終わったら、一緒に遊ぼうって…。」


木崎さんは力強く頷いて、私の肩に手を置く。


「…わかった、了解だ。後は俺が何とかして見せる。睦美ちゃんは帰ると良い。引っ越すんだろう?何かと準備が…

「ぐすっ…。いや、引っ越しません。」

「え?」


逃げられない理由が私にはある。


「もう…我慢しません、逃げもっ……しません。私は、この学校に通います。…ヒーローが、いた学校に。」


もう逃げたくない。決意は固かった。例えお母さんとお父さんだけ引っ越すことになってでも、私はこの場所に残る覚悟を持っていた。

きっと涙まみれの酷い顔を木崎さんに見せてるんだろう。案の定、木崎さんは笑う。しかし笑った理由は私の顔の酷さではなかった。


「ははっ、好きだぜそういう若さの至り。けどまぁ、なんか、突然きっちりしだすあたり、喜一良義の子供だな…。あ、あのメールそういうことかよ…。」

「…何の話ですか。」


木崎さんは突然言葉を崩し、私の問いに答えはせず、光るスマホの画面だけを見せてくれた。


【木崎、俺の娘が引っ越したくないとか言ってるんだが、どうだ。住まわせてやれねぇか。】



・・・



「んで、今は木崎さんの家で居候…。ほんと、私ってずっと迷惑かけてるなぁ」


今思えば随分と運が良かったんだろう。話はとんとん拍子に進んでいき、両親は今別の地域で働いている。にしてもお母さんもお父さんも、私に愛情ないのかなってくらい淡白にいなくなっていったからちょっと悲しくなった。


「それだけ木崎さんの事信用してるってことなんだろうけどさ。えーと…この本がこの棚…あー埃が酷い。後で掃除…リンのやつら使うか。」


あの後、吹っ切れた私はもうそりゃあ全力で反抗した。三対一にビビってたが私結構強かった。


「ま、半分写真で脅したんだけど。」


 ソウヤ先輩とやらも、リンの正体をバラしたら案外簡単に手を引いた。というものの、木崎警察官の力で見事、白川先輩をいじめていた奴らの五人中三人が逮捕。残り二人は十四歳以下の未成年の為、児童自立支援施設に。こんな経緯が身近にあったため、ソウヤ先輩含め三年生はそういうことにもう頭を突っ込まない方が良いと身に染みたのかもしれない。

最も、私は先輩をいじめていた人たちの顔を最後まで見ることはなかった。


「…本棚以外はもう結構完璧かな。よし、今日から天文学部として頑張ろう。まずは…部員集めか。」


私は今、天文学部部長だ。

先輩が好きだったという星を見たくて、知りたくて、部活を作った。ゴミ学校の校長先生は星が好きらしく、私の行動が耳に入るや否や色々手助けしてくれた。本来三人以上でなければ部活動を作ることはできないのに、一人で作れてしまったのはそういう後押しが裏にはある。


「今日はもう良いか、休もう。」


私は窓へと近づき、空を眺める。もう赤く染まり出していた。


「先輩、傘の次は星ですか。今はスターヒーローってとこですか?…私の事、ずっと上から守ってくれるんですね。」


我ながら不謹慎な事言ったけど、きっと先輩は笑ってくれてる。

窓を開けて、ぐっと腕を伸ばし手のひらを空に近づける。


「アンブレラヒーローの名前は…ダサいから永劫先輩の物です。私は、普通に誰かのヒーローになります。見ててくださいね……ヒイロ先輩。」


傘を手放した手で、私は誰かの手を握りたい。

そういう、ヒーローになりたい。



…だけど、やっぱり



「…また、いつもの調子で…先輩。話しましょうよ。…ヒイロ先輩。


ヒイロ先輩と、もっと…もっと。



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