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第十一話 ヒーローの電話

 

 翌日・朝



「…先輩まだ既読つけてない。どしたんだろ、ほんと。…とりあえずご飯食べるか。」


 着替えを終え、朝食を食べにキッチンに行くと、珍しくお父さんがいた。泊まり込みで仕事をすることが多いお父さん。よく変な時間に帰ってきて変な時間にご飯を食べてはいなくなるのに、今日はある意味、非日常な光景が広がっている。


「おはよお父さん。どしたの。」

「おはよう睦美。朝から申し訳ないんだけど、ちょっと話があるんだ。」

「うん…?」


お母さんはいなかった。けど朝ご飯は用意されている。私は自分の席に座って、コップに飲み物を淹れつつお父さんの話を聞いた。


「実は、もう少ししたら引っ越す予定でね。また仕事の都合ですまない。」

「え……。」


引っ越す…?

それってつまり、先輩とお別れ?


「転校…ってこと?」

「迷惑をかけるが、そうなる。まだ半年しか経ってないのに悪いね。」


また、別の学校?馴染めなかったら…私はまた?

その場所に、ヒーローはいないのに。


「どうしたんだ?睦美。そんな口をあんぐりと開けて。」

「い、嫌だよ!私引っ越したくない!」


わざわざ座ったのにまた立ち上がってお父さんの横まで移動した。よほど私が必至な顔をしていたのだろう。お父さんは目をまんまるにしている。


「そ、そうか。まぁ落ち着きなよ…。ほら、お茶。」

「ありがと。…ごっくん。ヤダ。」

「ヤダと言われてもなぁ…。」

「あら、どうしたの?」


その時扉を開けてお母さんも入ってくる。洗濯物を干してきていたみたいだ。


「睦美が引っ越しは嫌だって。」

「うぅん…。気持ちはわかるけど、ねぇ。一人残すわけにもいかないし。」


お母さんはいつだって味方なのに。今回ばかりはお父さん側だ。ただでさえ…小学校の友達と離れてあんなゴミみたいな場所に来て。それでも先輩という星に出会えたんだ。


「嫌だ!絶対に私、引っ越したくない!あの中学が良いの!」


コップを思いっきり机に叩きつけたら、今度はお母さんまで目を丸くしだした。その後、お母さんとお父さんは目を合わせて…


「ふむ…。わかった。考えておこう。」

「考えるんじゃなくて、嫌だからね!」

「そ、そうだな。善処を…

「嫌だから!…もう時間なのでいってきます。」

「お、おう。いってらっしゃい。」

「睦美、ちょっと。ご飯は?」

「パンだけで良い。」


鞄を持ち上げカリカリのトーストをかじり、私は玄関を出た。鞄の中には、昨日印刷した『例の写真』が入っている。これをどこかに貼る。玄関出口でもいい。


「この写真があれば普段通り過ごせるのに。転校なんてヤダ。」


お母さんもお父さんも、私がどれだけ苦労したかわかってないんだ。…わかってほしくないけど、けどわかってない。


「ヒーローがいる学校を、今さらやめたくない!」


憧れの人がいる。かけがいのない、憧れの人が。



・・・



虹咲家・睦美が家を出て5分後


 普段ならば平穏な空気の漂う朝食も、今日だけはいつもと違うピリッとした空気が流れていた。笑顔は、変わらず。


「驚いたね…きい君。」

「あぁ、そうだな。睦美があんなこというなんて。」


両親は見たことがなかった。いつも、下を向いて。学校の話、ましてや友達の話なんか一切しなかった娘が『学校を転校したくない』と言った。その気持ちがあることは、二人もわかっていた。だがそれを表にあんなにもあらわにすることは、今までの睦美からは考えられなかったのだ。


「楓は、どうしたらいいと思う?」

「私はきい君に任せるよ。睦美と、きい君と過ごせるならどこでもいいから。」

「楓は変わらないな。」

「もう変わらないって。…けど具体的にどうにかできるの?」


母である虹咲楓の疑問に、父、虹咲喜一良義は言葉では返さず、スマホを取り出しメールを一件送る。


「今、懐かしい奴がこの辺りに住んでるんだ。そいつに任せてみるよ。」

「私も知ってる?」

「もちろん。一度、忘れちゃったけどね、楓は。」


話しながら、喜一良義はスマホに移る宛先の名を楓に見せる。

瞬間、楓の顔は安堵の表情が灯った。



・・・



学校に入れなかった。

警察がいたから。

救急車の音が、登校中に聞こえて来てたから。


「…どういうこと…?」


周りには、私と同じように困惑した顔をしている生徒が大勢いる。どういう訳か、校門がトラテープで防がれ、入ることができなくなってしまっていた。

すると学校の中から先生と、警察官みたいな人が二人出てくる。

私たちの前まで来て、今日は学校は休みだと、それだけを伝えて先生はそのままどこかに帰って行ってしまった。方向的には、教職員用の駐車場。


「マジかよ、今日休みかー。」

「良いじゃん休みになったんだし、遊ぼうぜ」


周りは特に気にせず、帰っていく。けど私は、帰れなかった。

というより、逃げれなかった。


「ねぇちょっと。虹咲ちゃん。」

「…リン。これなに?どうなってるの?」


すると、いじめっ子のリンが話しかけて来た。警戒したが、私同じく困惑した顔をしていたので、とりあえずは気を許した。


「わかんない。…聞いてみる。」

「え、だ、誰に?」

「警察。あの、そこのお兄さんのおじさん!」


リンは、校門横に泊まっているパトカーで何やら話し合ってる若い警察官とかなりベテランげな警察官に話しかけた。そういうずかずか行ける勇気はちょっと尊敬する。


「あん?なんだ嬢ちゃん。」

「何があったんですか。」

「生徒には秘密だ。さっき先生から指示があっただろう。帰りな。」


このまま帰っちゃ、ダメな気がした


「あ、あの。さっき救急車が学校の裏から出てくの見えたんですけど。誰か…ケガをしたんですか?」


嘘だった。聞いたのは音だけ。


「私も音だけは聞いた。」

「むぅ…。」


初めてリンのことを頼もしく思ったかもしれない。まぁ、ただ真実を知りたいだけかもしれないが。

今だけは共闘してやろう。

昨日の蹴りは忘れないけど。

目的は一致してるし。

今までの事を水に流す気はないけど。


「はぁ、良いから帰りなさい。生徒に聞かせることでは…

「家庭科室で、生徒さんが一人亡くなっていたんだ。縄でぐるぐる巻きにされ、雪の降る寒い中水を掛けられて、低体温症で心肺停止。」

「新人、何言ってる!?」


…亡くなった…。生徒が一人。

私は若い警官の、最初に言った言葉だけを反芻する。

その言葉と、朝の出来事を線で結んだ。


…嘘。


「あ、そーゆーことね。それなら興味なーい。リン帰る。」

「え、ちょ…帰るの?」

「何、虹咲ちゃん。私は先生が怪我でもしたのかって期待しただけ。どこの誰かも知らないやつは興味ない。じゃあね~虹咲ちゃん。また明日、学校で。ふふ。」


リンは本当にそのまま帰って行ってしまった。

私はまだ帰れない。ウソだ、これこそ。嘘なはずなんだ。


「あの、その…亡くなった生徒さんって、名前とか。わからないですか。」

「こらこら、余計な詮索をしない。あれは自殺だ。それ以上もそれ以下もない。新人、お前あとでわかって…

「白川黒江。三年生の女子生徒。この名前を聞いたことは?」

「おいおい?!」


聞いたことがなかった。当たり前だ。

私はヒイロ先輩の名前を知らないんだから。


「…知ら、ないです。」

「そうか。…なら良い。」

「お前…!!わかってるのか。これは立派な職務違反だぞ…!」

「すんません。」

「こいつ…。」


私はとぼとぼと、後ろで怒られてる警察官の人に申し訳なさを感じながら、自分の無力さを身に染みていた。

本当に、先輩じゃない?でも先輩へ送ったメールに既読がつかない…。

不在着信も何度も何度もしてる。


…いや、大丈夫。ヒーローだもん。何か今、少し。都合が悪いだけ。

うん、きっとそう。

きっと先輩はもう帰っちゃったんだ。今日は学校ないって、友達から聞いて。

だからいないんだ。

明日には、いなくても。多分風邪だ。しんどくて、返信できない。


きっとそう。そうなんだよ。









ははっ、な訳ないだろ。アホ。

ヒーロー、なるんだろ。



「あの、警官さん。白川黒江さん、スマホを持ってませんでしたか。」


走り戻り、また警官を呼ぶ。


「うん!?まだいたのか君。帰れと…

「あぁ、家庭科室内に置かれていた。今殺人事件の証拠物品としてこちらで保管している。」


ぽんぽんと、若い警官は中身の見えない膨らんだ袋を叩く。


「お前…!帰れ!お前がこの場から去れ!かき乱しやがって。お前のような奴、警官でもなんでも…。」

「黙れ無能。アレのどこが自殺だ?あんなにまで自分を苦しめる必要がどこにある?ないと考えるのが普通だ。ちょっと静かにしておけ。」

「なんだと…。も、もう知らん!お前の事を今から上に報告する!そこで好きなだけ探偵ごっこをしておけ!」


顔を真っ赤にしながら、ベテランげな警察の人はパトカーに乗っていなくなった。


「なんかごめんなさい…。」

「君、名前は。」

「虹咲睦美です。」

「虹咲…?」

「は、はい。」


警官さんは納得の言ったような顔を見せた。な、なに?


「な、なんかおかしかったですか?」

「いや良い。良いから電話をかけてみろ。」

「は、はい。」


私がヒイロ先輩の電話番号に電話して、繋がれば…!


「…どうした?」

「あ、いえ。」


着信履歴を遡り、今度こそヒイロ先輩に電話をかける。

だってここでかかってしまったら……


プルル、プルル


音の出どころは、警官の持つ袋の中。


「鳴ったな。」

「…。」


繋がった。

繋がって、しまった。

それが証明する真実は、一つ。




先輩ヒーローはもうこの世にいない


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