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第一話 ヒーロー登場


 立ち鏡に映る自分の制服姿を眺め、何とも言えないため息を私はついた。可愛い…わけではないが個人的にそこまで悪くないとも思えるその姿にため息をついたのだ。太ってないだけ、マシ、かな。多分。わかんないけど。


「冴えないなぁ、私の人生。」


 良い事も悪い事もない日常。

『13歳にしては達観した性格をしてるわよね。』親戚のおばさんに私はよくそう言われる。けれど、私は『達観』がどういう意味かわからなかった。お母さんがありがとうございますってお礼を言っていたから、多分いい意味ではあるんだろう。嫌味もなく言われたもんだから、あの頃は『達観』が褒め言葉だって、本気で思ってた。


「睦美ー?まだ行かないの?もう時間じゃない?」

「わかってるよお母さん。今身だしなみ最終チェック中。」

「あぁそうなの。…さっきと変わってないけどねぇ。」

「あのさぁ、反抗期になっちゃうよ!」

「あっはっは。その脅し文句は怖くないわね。さ、早く行きなさい。学校、今日も頑張ってね。」

「…うん。」


 お母さんは玄関まで向かう私の後ろについてきて、優しい言葉を投げかけてくれた。脊髄を通りすっと心の奥へと溶け込み、吐き出した。


「いってきます。」

「いってらっしゃい。」


 お母さんは、私が学校でいじめられていることを知らない。



 ・・・



 うちの学校はゴミだと思う。控えめに言えば燃えるゴミ。酷く言えば生ゴミ。もう中学一年生として半年をこの学校で過ごしたが、本当に酷い。まず教師が怠い。あれやれこれやれ。スカートが短い化粧して無いかなどなど、エトセトラパレード。女の先生もいるが、あまり生徒と関わりたくない体質なのか冷たい人ように思える。

 でもまぁ、これくらいなら普通の学校でもあるかなって。話はここからだ。

 ある日、別のクラスの一人が不登校になったらしい。原因は、その時はわからなかった。それ以降、そのクラスメイトを見ていないし、先生が追及する素振りもない。もしかしたら裏で家庭へと訪問していたりするのかなんて、他人事に考えていたのがもはや懐かしい。


「いじめられてたんだろうな。その人。」


 うちの学校はいじめに対して甘すぎる。というか、ろくな生徒がいない。最近、上履きを隠されたり、あったと思ったら画びょうが仕込まれていたり。上履きがあって、画びょうもないと次は靴底にガムがくっついていた。レパートリーには感心する。


「頑張れ、か。」


 朝、お母さんに言われた言葉を思い出した。学校を頑張る。勉強とか部活動なんだろうけど、私にはどうも違う意味合いにしか聞こえない。


「今日も我慢、頑張ろう。」


 校門が見えた。今日の靴箱は、どんな色をしているだろうか。



 ・・・



 授業中、斜め後ろ方向からくすくすと笑い声が聞こえてくる。しかも丁度先生から咎められないくらいの、小さな小さな刃。きっと指も刺されている。

 瞬間、ぽんと頭の上に紙がまるまった物がぶつかった。痛くはない、なんなら液体じゃなかっただけ最高だ。後ろから聞こえる笑い声は、さらに強まった。


【ねぇ、虹咲さん。明日提出するプリント見せて!お願い!】


 三か月前ほど、話したこともない所謂一軍の子にそう頼まれた。見せてあげてもよかったんだけど、そこまで難しい宿題でもなく。それならアドバイスをした方がこの子のためになる。そう考えたのが間違いだった。

 何か彼女の虎の尾を踏んでしまったのか、もしくは元々何かしらの因縁をつくる予定だったのか知らないが、その日から今日まで、現状が続いている。


「虹咲さーん。ちょっと。」


 授業終わり、私は声をかけられた。もちろん、私にプリントを見せてくれと言ってきた子。廊下には二人、別の子が見える。どっちも不細工。ただ悔しいことに、このプリントを見せてと言ってきた子は可愛い。残念ながら私より、可愛い。


「さっきの紙、痛かった?ごめーんねほんと。間違ってさぁ。」

「へぇ。」


 続ける気のない会話を無理矢理断ち切れば、チッと切れのいい舌打ちが聞こえて来た。今日は脱がされないと良いな、制服。

 お母さんと採寸しに行った、綺麗な制服。


「あのさぁ。目障りすぎなんだけど。昨日言ったよね?髪ぼさぼさで来いって。何?何様のつもり?」

「…。」


 女子トイレまで引っ張ってこられ、壁際に押さえつけられる。背中が痛かった。

 二人の取り巻きは相変わらずくすくすと笑っている。何が楽しいんだろう。


「あんたがクラスで目立つと邪魔なの、わかる?」


 どうやら、クラスの男子の一人が私に気があるらしい。さらにその男子を、この可愛いだけの子が好きというまぁ面倒なことになってしまっていた。だから明日は可愛くない恰好で来いと、そう言われたが無理がある。

 指定の制服、決められた髪型。

 どこをどう変えれば良いのさ。


「今日もたんまりいじめてあげる。ね、何からしよっか?」

「また髪を切る?」

「いやいや、今日は顔に傷をつけようよ。」

「いいねそれ!」


 でも、わかってる。これもただ何かしら、私をいじめるためのいちゃもん。ある日は髪を切られて、蹴られたりもした。何枚か服を脱がされた。

 でも、わかってる。私には、やり返す勇気が無いことを。

 だから今日も…


「ちょっと待った!あんたら!」

「…!?」


 ごぉおおとトイレの水が流れる音と同時に、その人は扉を開けて私の前に立ちふさがった。


「この子に今、何する気だった?!」


 ヒーローとの出会いは、トイレだった。


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