火葬場の真実
これは、俺が本当に体験した話である。
俺は、病院のベッドで最期の時を迎えた。
心臓が止まり、息を引き取る。
「ご臨終です」
医師が周りにいる家族に伝える。
俺は家族に看取られて亡くなったのだ。
「あなた、よく頑張ったわね」
笠島 悟、享年三十五歳。死因は急性心不全だ。
休日の自宅で発症し、意識を失って倒れたのである。
妻が救急車で病院へ運んでくれたが、医師の処置を受けるも虚しく、今に至る。
妻は必要な手続きを済ませ、葬式を家族葬であげ、俺は火葬場へとやってきた。
棺に横たわる俺を見て、家族や親戚は一堂にして涙を流している。
「それでは、これからご遺体を炉に入れて火葬します」
火葬場職員は、棺の蓋を閉め、俺を炉の中へと運び込む。
燃やされてる間、暑そうだなあ。
炉の扉が閉ざされ、真っ暗な空間に取り残される。
いよいよ燃やされるのか、そう思った刹那、炉がエレベータのカゴになっているのか、降下し始めた。
え?
疑問符を浮かべていると、俺のいる炉は最下層についたのか、入り口の扉が開かれ、光が差し込んで明るくなった。
「……………………」
声を上げようとしたが、死んでいるので出せない。死人に口無しってやつだ。
「よくみろ、このご遺体。これが治療する検体だ」
治療? なんのことだかさっぱりわからん。
「こんなこと本当にあるんですね」
そんな話をしながら、白衣を着た研究員のような人物が二人、俺の棺を引っ張り出してどこかの部屋へ運び込む。
そこは病院の手術室のような場所で、俺は手術台の上に寝かされた。
「やるぞ」
「はい」
麻酔を投与され、俺は完全に意識を失った。
目が覚めると、俺は殺風景な部屋のベッドに寝かされていた。
なんだったんだ、さっきのは。
俺は体を起こし……起こし?
なんと、死んだはずの俺の体が、動くようになっていた。
なるほど。あの世というわけか。
「目が覚めたようですね」
白衣の女性が声をかけてきた。
「天使?」
「翼が欲しいわね」
「ここはあの世ってところですよね?」
「いえ、人間界ですよ。あの世ってのは実際は存在しないんです」
「はい?」
「あなたは世間では亡くなったことになってるので、今後は別の人物として生きてもらいます」
「どういうことですか?」
「実は……あなたは亡くなったのではなく、仮死病にかかったのです」
「仮死病?」
「そうです。人間には死という概念は存在していなくて、世間的に亡くなった人物は皆、仮死病で肉体の機能が制限された状態なんです」
「どういうことですか?」
「あなたは幼い頃、ご両親を亡くされて児相で育ちましたね?」
「ええ。……?」
「実はご両親、生きてるんです」
「はいい?」
「あなたのご両親も仮死病にかかって倒れました」
確かに倒れたが……。
「あなたやご両親は、政府の非公式な医療技術で仮死病の治療が行われ、見事回復をなされたのです」
「なんですって?」
「火葬場の職員が公務員であるのはなんでだと思います?」
「そ、そういうことなんですか?」
「飲み込めたようですね。これから、あなたは別の戸籍を作って、別人として暮らしてもらいます。但し、今までに会った家族や知人には公言しないでください。もちろん、これから会う方々にもです。万が一、公言された場合、刑法で罰せられるのでお気をつけください」
「それって逆に言うと、別人として過去に会った人物に接触することは可能ですか?」
「そうですね。世間的には仮死病は公表されておらず、死亡としての認識ですから、知人に会ったとしても似てるだけで終わると思うので、そこに関しては公言さえしなければ不問になると思います」
おったまげたわ。
「人間って不死なんですか?」
「ええ、そうですね」
「仮死病って何ですか?」
「仮死病は表面上は死亡したように見える病気ですね。ガンやコロナが原因での死もきっかけにすぎず、根本的な死因としては仮死病です。なので、政府が極秘に手術を行い、クリーンな状態にしてから仮死病から復活させる。まあ、その技術が途絶えたら人間は本当に滅びますけどね」
「殺人事件の被害者も仮死病なの?」
「そうですね。刺された場合も、仮死病を誘発します」
「まじか」
「今後は戸籍の手続きに入りますので、別の職員に変わります。では」
白衣の女性はそう言い残し、部屋から出ていくと、入れ替わりにスーツの男性が現れた。
「それでは笠島さん、先ほどのお話にあった通り、戸籍の書類を書いてもらいます」
そう言って、男が用紙を取り出してベッドのテーブルに置いた。
俺は書類を見て、新たな名前と必要事項を記入した。
「ありがとうございます。これが受理されると、あたは笠島さんではなくなりますので、その点だけご理解ください。今後は、この柳葉 新一をご利用ください」
「わかりました」
「では、私はこれで」
男性は書類を預かると、部屋を出ていく。
かくて、生き返った俺は、別の人物として生活することになるのであった。
おしまい。