第八話『おまえ、名古屋弁きついなあ』
城下町・清洲。
村を出て二日、足が棒のようになるまで歩いた日吉丸は、ようやく城のある町へとたどり着いた。
「うおおお……これが……城下町……どえりゃあ広いがね……」
見渡すかぎりの長屋と商人。屋台からは湯気と共に味噌の香りが漂ってくる。
馬のいななき、駕籠かきの声、どこかの若衆が三味線を弾いている。
だが、そんな夢のような光景の中でも、日吉丸は浮いていた。
「……なんやあいつ、ボロボロの格好やな」
「なにしゃべっとるかわからん。訛り、きっつ……」
すれ違う町人たちが、口をひそめて笑っている。
(ちぇっ……都会人って、冷たいんやな……)
それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
草履を握りしめ、日吉丸は清洲城の門前に立つ。
門番に詰問されながらも、なんとか中に通され、小者募集の受付へ。
そこには既に何人もの若者が列をなしていた。
「これが……天下の登竜門か」
胸の鼓動が高鳴る。
そして、ついに面接の順番が回ってきた。
「次! 名前を」
「日吉丸やて。尾張・中村の者や」
面接官は厳めしい武士風の男。鼻を鳴らして、日吉丸を一瞥する。
「年は?」
「……たぶん十三、十四ぐらいやな」
「“たぶん”てなんや。“ぐらい”てなんや。いいか、ここは信長公の家中や。いいかげんなことは通らんぞ」
「わかっとるがね!」
その瞬間、部屋の空気が少しざわついた。
名古屋訛り丸出しの返答。
面接官の眉がぴくりと動く。
「おまえ……名古屋弁、きっついなあ……」
「ええやろ! わしの言葉や! 尾張の血やで!」
思わず声が大きくなる。
周囲の面接官たちが苦笑いする中、ひとりだけ、じっと日吉丸の目を見つめていた初老の武士がいた。
「なぜ、草履持ちになりたい?」
その問いに、日吉丸は一拍置いて、まっすぐ答えた。
「天下を取るためやて」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、周囲の面接官たちが爆笑した。
「草履持ちで天下取る!? おまえ、頭おかしいんちゃうか?」
「笑いたければ笑え! でも、わしは本気や! 草履でもなんでも、やれること全部やって、てっぺん目指したるで!」
その目の鋭さ。
言葉に嘘がなかった。
笑っていた面接官たちも、だんだんと笑みを引いていく。
初老の武士が頷いた。
「……こいつ、仮に置いておけ。使えるかどうかは、数日見て決める」
「はっ!」
日吉丸は思わず飛び上がった。
「ありがとなっ! ほんま、ありがとなっ!」
彼の声が、広い屋敷に響いた。
――こうして、草履一足から始まる、天下人への物語が、本格的に動き出すのだった。