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豊臣ハーレム『豊臣秀吉、愛と政の合間にて──天下を取ったらハーレムがついてきた件』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
【第一章】『草履と初恋──日吉丸、恋と野望の始まり』
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第七話『最後の夜──手をつなごうか』

 夜の村は、しんと静まりかえっていた。


 焚き木の匂い、夜露の湿った土の香り、どこか遠くで虫の声がかすかに響く。


 日吉丸は、ひとりで村はずれの小さな墓場へ向かっていた。


 弥右衛門──父と、お鈴の墓が並んでいる。


 「……親父。わし、明日、村を出るんやて」


 線香をあげながら、ぽつりぽつりと語りかける。


 「草履持ちいうても、信長さまのとこや。天下を取るには、ここが第一歩やと思っとる」


 蝋燭の火が揺れ、暗がりに影を作った。


 「……お鈴、聞いとるか。わし、まだあんたのこと、忘れとらん」


 袖の中から、あの御守りを取り出した。

 米と豆腐の乾き物と、唐辛子が入った、小さな手縫いの布袋。


 「これ持ってくで。あんたの分まで、わし、生きてやる。出世して、女の子らが安心して暮らせる世にする」


 静かに、墓に頭を下げた。


 そのとき、背後に気配を感じた。


 「……あんた、こんなとこで何しとるん」


 振り返ると、ねねが立っていた。


 「いや、ちょっと、親父と……お鈴に、挨拶や」


 ねねは近寄ってきて、黙って自分の肩掛けを外すと、日吉丸にかけてやった。


 「風邪、引いたらあかんやろ」


 「……ありがとな」


 「ほんまに行くんやな」


 「うん。行く。もう決めた」


 しばしの沈黙。

 やがて、ねねがぽつりと呟いた。


 「……あんた、ひとりで寝られるん?」


 「……え?」


 「今日くらい、一緒に寝てもええやろ。布団、二枚あるし」


 あくまで自然な口調だったが、顔はほんのり赤かった。


 

 その夜、日吉丸の家の囲炉裏のそばに、ふたつの布団が並べられた。


 隣で、ねねが背を向けて横になっている。


 「なあ、ねね」


 「……なに」


 「やっぱり、村出るの怖いわ。都会やろ? 名古屋弁、バカにされるかもやし」


 「そしたら、言い返したったらええがね」


 「でも……」


 「……あんたなら、なんとかするやろ」


 その言葉に、日吉丸の胸がじんわりとあったかくなった。


 気づけば、眠気が襲ってきて――

 

 ……ふと、手を伸ばした。


 ごそ、ごそ。


 「っ……!」


 日吉丸の手が、ねねの手に触れた。


 寝ぼけているのか、何かを探しているように、その手がぎゅっと、ねねの指を握りしめた。


 「……ばか」


 ねねは起きていた。

 けれど、その手を……離さなかった。


 静かに、そっと、握り返した。


 「……出世して、ちゃんと帰ってきぃよ」


 夜の静けさが、ふたりの体温を包み込んだ。


 明日、日吉丸は村を出る。

 けれど、ねねとの間には、もう一つの“約束”が芽生えていた。

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