第五話『ねね様、きびしいで……』
日の出と共に、村の畑は慌ただしく動き始める。
朝露の残る畝の間を、日吉丸は荷車を引いて走っていた。
「日吉っ! そっちの苗、まだ植えてへんやないか!」
畑の真ん中から、鋭い声が飛ぶ。
「は、はいっ! すぐやりますっ!」
声の主は、もちろん、ねねである。
昨日の覗き騒動はなんとか許されたものの、それ以降、彼女の態度は妙に厳しかった。
「ほんまにもう……あんたみたいな軟派もんに、畑仕事が務まるとは思えへんわ!」
「いや、わし結構、働きもんやで!? 昨日も母ちゃんの草鞋直してたし!」
「そんなん言い訳や! 百姓の仕事は、そんな甘いもんちゃうんやて!」
ねねは腕まくりをして、鍬を手にどんどん進んでいく。
まるで農作業界の大将みたいな迫力である。
「はあ……ねね様、きびしいで……」
日吉丸は息を切らせながらも、黙々と苗を植え続けた。
土の感触、陽の照り返し、汗のしょっぱさ。
お鈴の面影が浮かぶたび、心の奥が少しずつ熱を帯びてくる。
(わしが……ほんまに女の人たちを守れるような男になるには、もっと強うならな)
「……ねね!」
「な、なによ!?」
「わし、鍬の持ち方、工夫してみたんや。こうしたら、腕の疲れ、ちょっと減るかも」
言って見せると、ねねは少しだけ目を見張った。
「……ほんまや、ちょっと楽やわ。……あんた、意外と賢いとこあるやん」
「せやろ!? これでも、考えとるんやて!」
「ふん。じゃあ次は、あそこの段の耕しも任せたるわ!」
「ええっ!? また追加っ!?」
「文句言わん!」
びしっと指を指すねね。その顔は、ほんの少しだけ笑っていた。
その夕方。
全身泥まみれのまま、縁側で麦茶を飲むふたり。
「……やるやん、日吉丸。今日一日、意外と働いたな」
「ほんまやろ? 見直したか?」
「うーん、ちょっとだけ」
そう言って、ねねは顔をそむけた。
その耳が、夕陽に照らされてほんのり赤いことに、日吉丸は気づいていなかった。
こうして、二人の距離は、少しずつ、確かに縮まり始めていた。