第四話『女湯、のぞいたらあかんて!』
それは、春の夕暮れ時やった。
野盗襲撃の混乱から数日が経ち、村はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。だが、日吉丸の心はまだ晴れん。お鈴を失った悲しみは、胸の奥でじわじわと燃え続けとった。
そんな中――悪友の又兵衛が、いらんことを言い出した。
「なあ日吉、風呂場の垣根、竹の隙間がちぃっと広がっとるんや。あそこから、たぶん見えるぞ」
「……は?」
「おなご衆が順番で湯使っとるらしいで。ちょーっとだけ、な?」
日吉丸は一度は断った。
でも、どこか気が抜けたような心の隙間に、又兵衛の言葉はすっと入り込んだ。
(ちょっとだけや……見るだけ、やで)
そして日暮れどき、村の湯屋の裏手――
藁と竹で編まれた囲いの裏に、こそこそと身を潜めた日吉丸。
「……こ、ここか?」
おそるおそる覗いたその先に、湯けむりの中で、白い肩がゆっくり揺れていた。
肌の露わな背中、濡れた黒髪、湯をくぐる音。
その美しさに、日吉丸は思わず息を呑んだ。
(あかん……これ、えらいもん見てまった)
その時だった。
「誰や、そこにおるのはっ!!」
突如、女の怒声が飛ぶ。
「うおおおっ!?」
逃げようとした瞬間、垣根の隙間から飛び出してきた桶が、見事に日吉丸の額に命中した。
「いったあああああっ!!」
次に目を開けたとき、日吉丸は湯屋の前に正座させられとった。
その前に立つのは、湯上がりにもかかわらず、目元をキリッとつり上げた少女。
年の頃は自分と同じか、少し年上。濡れ髪を結い上げ、濡れた浴衣を羽織っても、気品が滲み出とる。
「……あんた、最低や!」
ぱあんっ!
乾いた音が、村に響いた。
日吉丸はびくっと震えながらも、言い返せなかった。
その子は、村でも有名な旧家、石高持ちの家の娘、ねねだった。
「……ほんま、しょうもない男やな。女湯を覗くような奴が、天下取るとか、笑わせんといて」
その言葉に、日吉丸の胸がチクリと痛んだ。
「あの、すまんかった……ほんまに……軽い気持ちやったんや……」
ぺこりと深く頭を下げる日吉丸。
その姿を、ねねはじっと見つめた。
「……ま、反省しとるようやし、今回は見逃したる。けどな、次やったら、蹴り入れるで」
「う、うん! 気ぃつけるわ、ほんまに!」
そう言ってねねは、ぷいっと顔をそらして立ち去った。
けれど、その頬はほんのり赤かった。
そしてその夜――
ねねは布団の中で、ふと、覗き見事件のことを思い出していた。
「……あいつ、顔はまぁまぁやけど、謝るときだけは、ちょっと真剣で……」
ぶんぶんと首を振る。
「ばっかじゃないの、わたし。……でも、もし天下人とかになったら……ちょっとは、ね……」
こうして――
**“ツンデレねね”の種は、村の湯屋の垣根の裏で、静かに芽吹いたのだった。