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豊臣ハーレム『豊臣秀吉、愛と政の合間にて──天下を取ったらハーレムがついてきた件』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩
【第一章】『草履と初恋──日吉丸、恋と野望の始まり』
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第三話『父との別れ──男になる日』

 日吉丸の父、弥右衛門が伏せってから、もう三日になる。


 「……親父、わしや。水、持ってきたで」


 藁の敷かれた床の上で、骨と皮だけになった父がうっすら目を開けた。

 日吉丸の手から柄杓を受け取り、口に含むも、ごくりと飲み込むことはできず、半ばこぼれて畳を濡らした。


 「すまん……のう……」

 「ええよ、気にせんで」


 病のせいで声はほとんど出ない。父の手は、かつて鍬や鋤を振るっていた力強さの面影もなく、枯れ枝のようだった。


 「おまえは……夢……まだ、追いかけとるか……?」


 日吉丸は少し口ごもった。


 「……ああ、追いかけとる。わし、天下取るで。絶対、親父にも誇れる男になる」


 父は小さく目を細め、口角だけで笑みを作った。


 「ほうか……なら……もう、思い残すことは……」


 その言葉の続きを待たずして、弥右衛門の手が力を失った。


 

 その夜、風は妙に静かだった。


 蝋燭の火がかすかに揺れ、母・なかがすすり泣く音が、かすかに障子の向こうから聞こえた。

 日吉丸は、拳を強く握っていた。


 (わしが……わしが、もっと働き者やったら、親父、助けられたんやろか)


 膝に置いた手が、小刻みに震えていた。悔しさが、涙の代わりににじんでくる。


 

 次の日。


 弔いを終えた家に、お鈴がやってきた。


 「……ねぇ、日吉丸」


 彼女は、懐から小さな布袋を取り出した。


 「これ……あたしの御守り。豆腐の切れ端と、米の粉と、唐辛子、ちょっとだけ入ってる。あったかくて、ピリッとしてて、元気が出るようにって」


 日吉丸は、その布袋を両手で受け取った。


 「ありがとうな……お鈴」


 「……いつか、大きなお城、建ててね」


 お鈴の目は、真剣だった。

 それは、笑い話のようでいて、どこまでも本気の顔だった。


 その時だった。


 「きゃあああああっ!」


 外から女たちの悲鳴が上がった。

 それに続く、男たちの怒号。馬の蹄の音。


 「な、なんや!?」


 日吉丸とお鈴は顔を見合わせ、戸口に駆け寄った。


 村の入り口に、黒ずくめの盗賊たちが馬を駆り、刀を振るっていた。


 「野党やっ! 逃げろ!!」


 村人が右往左往するなか、日吉丸はお鈴の手を掴んだ。


 「はよっ! 裏山に逃げるんやっ!」


 「う、うんっ……!」


 だがその時、近くの家から幼子の泣き声が聞こえた。


 「子どもが……!」


 お鈴は迷わず駆け出した。


 「お鈴、行ったらあかん!!」


 日吉丸の叫びも届かず、彼女は家の中に飛び込んでいった。


 その直後だった。


 盗賊のひとりが、家の中に火を放った。


 日吉丸は、叫び声と共に飛び込んだ。

 煙の中、倒れているお鈴を見つける。

 その腕には、幼子がしっかり抱かれていた。


 「お鈴っ! しっかりせぇ!」


 返事は、なかった。


 

 その夜、村の火はようやく鎮まった。


 お鈴の亡骸のそばで、日吉丸はひとり、声もなく泣いていた。

 

 拳を握りしめ、誰にも聞かせることのない誓いを、胸に刻んだ。


 (わしは……女が安心して暮らせる世を、絶対に作る)


 その誓いこそが、後の豊臣秀吉を動かす原動力となる。


 初恋と、死と、絶望の中から、日吉丸は“男”になった。



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