第三十三話『千鶴の夜伽講座──殿方とは、かく扱うもの』
台所合戦から数日──
女たちの心のざわめきは、まだ収まっていなかった。
その夜、清洲城の離れにある女中長屋。
灯りを落とした部屋に、三人の女の影が浮かぶ。
「……というわけで、正式に“恋の軍議”を執り行いたいと思います」
静かに、扇をぱたりと閉じる千鶴。
「千鶴、あんた本気やな……」
「当然です。戦はすでに始まっております。
ねね様、おしの、あなた方ふたりとも火種を投げた以上、武器の磨き方を知らねばなりません」
「武器て……わし、米研いどっただけやのに」
「私も、味噌汁を……」
「その“味噌汁の中”に、感情と本音を溶かし込んだのが悪手だったのです」
千鶴の瞳がきらりと光る。
「本日よりあなたがたには、“夜伽講座”を授けます」
「えっっっっ!?」
ねねとおしの、同時に真っ赤。
「ち、千鶴さん!? それ、名前が過激すぎるがね!!」
「誤解なきよう、まず申し上げますが──“夜伽”とは単なる交わりを意味するのではありません。
殿方と共に眠る前後、どのように情を深め、信を通わせ、忠を育むかという“総合戦略”です」
「そ、総合戦略……」
「まず、視線。
ねね様は睨みすぎ。おしの様は見つめすぎ。
どちらも“重い”です」
「……ええっ」
「次に香り。日吉丸様はまだ若い男子。
乳香や白檀よりも、“味噌汁の出汁の香り”の方が効きます」
「やっぱ味噌汁やん!」
「ですが、そこに“艶”を足すのです。
たとえば、布団の端に手を添える仕草、耳元で小さく囁く“帰ってきてね”の一言。
そして、熱すぎない体温」
「な、なんか高度すぎるんやけど!」
「恋は戦。戦には兵法ありき。
この“夜伽講座”は、勝つための学びなのです」
おしのが、手を挙げる。
「……千鶴様。あの、では“膝枕”はどうでしょうか?」
「素晴らしい戦術です。ですが、膝枕から耳掃除までいくと“母性”に寄りすぎてしまう。
ほどよく“妙齢の色気”を添えるには──あえて途中で手を止めて“また今度”と囁く」
「うわあああああ!」
ねね、顔を抱えて転げ回る。
「なんでそんなナチュラルに攻め筋あるんや!? 千鶴こわい! この女こわい!!」
千鶴はふふと微笑んだ。
「おふたりには、これより実地訓練に移っていただきます。
“布団会話戦術”と“浴衣合わせ攻撃”を次回授けますので、覚悟しておいてください」
その夜。
清洲城女中長屋には、恋と策略の火花が静かに散っていた──。
──そして翌朝、日吉丸はなぜか三人から同時に“膝枕”を提案され、目が死ぬほど泳ぐことになる。
「わし、命狙われとる気ぃするんやがね……」




