第二話『わし、働きもんやで!』
朝から、日吉丸は縁側で草履を擦っとった。
母・なかが編んだ藁を、自分の手でほどき、油を染み込ませ、くたびれた鼻緒を直す。
「そんなとこで、ひとりで何しとるん?」
振り向けば、お鈴が味噌壺を抱えて立っとった。頬には米ぬかの粉、袖口は豆腐の汁で濡れている。
「草履のメンテやて。足が大事やろ? 天下人になるんやで、まず足元からや!」
「はいはい、よう言うわ。そんなこと言いながら、いつも転んどるくせに」
お鈴はくすっと笑う。だけど、その笑顔の奥に、ちょっとだけ不安そうな影も見えた。
「……そんなに夢中になって、どこか遠くに行ってまいそうで、少しだけ心配なんよ」
「心配せんでもええがね。わしは逃げも隠れもせん、まっすぐ天下に向かって走るだけや!」
その声があまりに大きくて、通りすがりのじい様連中が振り返った。
「おいおい、またあの子が騒いどるわい」
「日吉丸か。あいつ、最近は女の子連れて歩いとるらしいのぉ」
「ほう、ようモテるなぁ。顔はアレやのに」
「な、なんやと!?」
お鈴がむっとして立ち上がった。頬がぷくりと膨れている。
「わたしは連れて歩かれとるんやない! 一緒におるだけやて!」
「お、お鈴! 落ち着きぃ!」
「もうっ! あんたがモテるとか、そういう噂立てられると、あたし……なんか、ややこしいんやってば!」
真っ赤になって俯くお鈴の姿に、日吉丸はただぽりぽりと頭をかいた。
「……でも、ありがとな。そんなふうに思ってくれとるん、ちょっと、嬉しいがね」
春の陽ざしが、縁側にさしていた。
小さな村の片隅で、草履職人の少年と豆腐屋の娘が、互いの心をそっと探っていた。