プロローグ『天下取ったら、モテてまったがね──吉野山、花の下にて』
満開の桜っちゅうのは、ほんにええもんやな。
吉野の山は、まるで空から花びらが降っとるみてゃあに、うす紅い雲に包まれとる。
わしはその真ん中、朱塗りの台座にふんぞり返っとって、膝の左右には、それぞれ一人ずつ、ようできた女子が寄り添っとるんや。
右におるは、茶々──あの織田信長公の姪っ子で、わしの愛妾にして、秀頼の母。
左におるは、侍女頭のお松。どことなく昔の“あの子”によう似とる……初恋の、お鈴にな。
んで、少し離れたとこで湯呑み持って睨んどるのが、正室のねねや。
「……殿下、ようござんすなぁ。花より女でございますか?」
「違うて。花も女も、人生にゃ必要なもんやて」
茶々が小首を傾げ、お松が微笑み、ねねは鼻を鳴らす。
その顔見とると、自然と笑いがこみあげてくる。
これが――天下人の花見や。
ま、よう聞いてちょう。
こんなええ思い、最初っからできたわけやない。
わしは元々、尾張の百姓の子や。中村っちゅう貧乏村のはしっこで、草履温めて、クソまみれの毎日やった。
「おまえは絶対、大物になる」
そう言うたんは、昔、村の豆腐屋の娘、お鈴やった。
あの子は、わしの初恋やったんや。
笑うと目が細うなって、怒ると声が高うなる。手ぇはあったかくて、でも指の節は少しゴツゴツしとった。
よう働く、よー気が利く、どえりゃあ可愛い女子やった。
……今頃、どこで、どうしとるんやろなあ。
ねねと出会ったんも、まだ日吉丸やった頃や。
顔合わせりゃ喧嘩ばっかやけど、なんやかんやで、ずっと傍におる。
最初は「このアホ!」とか「ほんまに頭使っとるか!?」とか、よう怒鳴られたわ。
それが今や正室やで。はっは、人生わからんもんやなあ。
……ああ、信長さまのことも忘れたらあかん。
あの人が、わしを拾うてくれたんや。
草履温めたくらいで「ようやった」言うて、わしを家臣にしてくれた。
信長さまがおらんかったら、今のわしはおらへん。
ほいで……
戦場の泥の中で、血まみれになって叫んで、
女に泣かれて、女に救われて、女に裏切られて……
そんでも、なんでか女にモテてまう。
“天下人になった男の、宿命”ってやつやな。
わしは今、関白太政大臣、豊臣秀吉ちゅう名で呼ばれとる。
けどなあ――
日吉丸は、まだここにおるんやて。
腹減らして、どんぐり拾うて、女の子に振り回されとる小僧が。
この花の香りがするときゃあ、決まって思い出すんや。
あの春の川辺。
「天下を取る!」っちゅうたわしのアホな夢を、
笑いながら信じてくれた、あの子のこと。
……そろそろ、語らせてまうか。
天下人・豊臣秀吉、わしがどうやってモテてまったかっちゅう、どえらい人生をな──!