プロローグ
いつのころの夢だろうか。
もう遠い記憶となってしまった夢をいまでもよく見る。
「・・・ごめんね。あなたのことを守ってあげられなくて。
あなたの未来に寄り添ってあげられない母を許して。」
白い髪にやせこけた表情の女性は悲しい表情でこちらを見つめる。
・・・また母の夢だ。この夢を見るのも何回目だろう。
夢の中の女性はいつも決まってこう続ける。
「でも、あなたが誰よりも優しい自慢の息子よ。
この先どんなにつらいことがあっても、あなたは人の痛みに寄り添ってあげられる。
それをいつまでも忘れないでね・・・。」
・・・・・
・・・チュンチュン。
窓から差し込む朝日の光と、朝を知らせる小鳥のさえずりに
少し重たいまぶたを持ち上げる。
僕の名前はロディ・リゼット。
王都で薬屋を営んでいる父ファム・リゼットと
母ルーシー・リゼットとの間に生まれた1人息子だ。
今は父の経営する王都にある小さな薬屋で、父と二人だけで暮らしている。
「・・・。またあの夢か・・・。」
けだるい体をおこしてベッドから立ち上がると、
寝不足による立ち眩みが襲った。
あたりを見回すと、そこいら中に薬草が散乱し
抽出に使う道具が足の踏み場がないほど散らかっている。
「・・・ちょっとやりすぎたな。」
ふらつく体を無理やりおこし、寝不足による頭痛を抱えながら
階段を下りていくと、下の階では父が薬草の整理をしていた。
「おはよう、父さん。・・・ふわぁぁー。」
寝ぼけたまま、おおきなあくびを上げる息子に、
開店の準備をてきぱきと進めていた父は、
手を止めて息子に近づいた。
「やっと起きたな、この寝坊助!!」
「っいてっ!!」
眠くまだ働かない頭に、雷撃のような痛みが走った。
よく見ると、頭の中心に見事に硬いこぶしが直撃している。
「まったく、昨日は何時までやってたんだ??
ぼさっとしてないで、早くお前も準備を手伝いな」
父は仕事でボロボロになった手をほどきポーションの整理作業へと戻っていった。
我が家は錬金術師の家系だ。
錬金術師は物の構造を読み解き、ほかの物体と組み合わせることで、
まったく新しい性質を持った物質を生み出すことができる職業だ。
その作業は思ったよりも泥臭く、新しい物質を生成するには
とにかく数を打って試していくしかない。
昨日も新しいレシピの考案のため、
回復薬と解毒薬を片っ端から組み合わせていたところ、
途中で力尽きて倒れたらしい。
そんな状態で朝からいきなりげんこつを食らったのだから
たまったものではない。
「もー、わかったよぉ。こんなことならもう少し寝ていればよかった・・・。」
「何かいったか??」
いつの間にか後ろに回り込み、後ろでこぶしをちらつかせる父に、
僕は思わず首を横に振った。
「い、いやなんでもない!早く準備をおわらせよう!!」
うちの店は父が開業した、王都の路地にひっそりと佇む薬屋だ。
お店自体は小さく、王都のきらびやかな貴族用の店には劣るが、
良質な品が安価な値段で手に入ると評判で、
庶民の間ではそこそこ人気がある。
「うん、今日もいい出来だ。」
自分で作った薬を満足そうに見つめる父に
僕は少し複雑な気持ちになった・・・。
父は、元は王宮に勤める有名な錬金術師だったらしい。
その父が今では小さな薬屋をやっているのには理由がある。
“僕が生まれた”からだ。
王宮での薬づくりは基本的に休みがない。
王宮に住む貴族のための薬の作成から兵士の回復ポーションなど、
ひっきりなしに発注がくる。そのすべてにこたえるため、
王宮では数百人を超える錬金術師が休む暇なく働いている。
父もその一人だった。王都での労働は苦労も絶えないが、
その分一般の労働者の10倍は優に超える給料がもらえるため、
王都では超がつくほど人気の職業だ。
そんな王宮内で、父は母と恋に落ち、僕が生まれた。
父が働いている間、母が僕の面倒を見てくれていたが、
そんな母も、5歳の時に事故で亡くなった。
貴族であればいくらでも使用人が使えるが、
休みがない父は子育てなどできるはずがない。
父は僕を連れて王宮を離れ、個人の店として独立した。
それから10年。男手1つで育児をしつつ、
子育てをしつつ、事業を開業し軌道に乗せているのだから、
この人は本物だと思い知らされる。
「郵便でーす!!ロディ・リゼットさんに手紙が来てまーす。」
ふと静寂の店内に、活気のある声が響く。
「はーい!今行きまーす!」
ドアを開けるとそこには配達の小さなカバンを
ぶら下げた小柄な女の子がたっていた。
「いつもありがとうございます、リリーさん」
彼女はワービーストのリリー・アデル、獣人だ。
ワービーストは獣の特徴を持った人型の生き物で、
彼女の頭からは犬を彷彿とさせるモフモフの耳が顔をのぞかせている。
「ロディーさん、まーた夜更かししましたね??
おめめの下が真っ黒ですよ??」
「あははー・・・。ばれちゃいましたか・・・。」
彼女との付き合いももう3年にもなる。
毎回郵便をとどけに来てくれるため、
体の不調も彼女には隠せない。
「ばればれです!
健康は宝物なのです。大事にしないとだめなのですー。」
「はい、気を付けます・・・。」
「わかっているなら何度も同じことを言わせないでほしいのですー。」
彼女はほほを膨らませながらまっすぐこちらを見つめてくる。
労働者は倒れるまで使うが常識なこの世界で、
健康を心配してくれる人がいるのはありがたいことだ。
そんな彼女の明るい性格に感謝しつつ、
「では、リリーは次の配達があるので失礼しますです!」
そういって彼女はものすごいスピードで街中を去っていった。
ワービーストの特徴は体にも表れている。彼女は犬を介しているため、
通常の人間より4倍ほど早いスピードで走ることができる。
その特性を生かして、彼女はこの街で最速の郵便屋としても有名なのだ。
「さてと、僕も仕事に戻るかな。」
そういって店に戻りながらふと受け取った手紙を見る。
そこには見るからに高級なインクでこう書かれていた。
”次期国王選定へのご招待”
この時、僕はまだ知らなかった。この1通の手紙から、
この王都をめぐる戦いがすでに始まっていることを。
そして大きな波の中に既に自分が入っているということを・・・。
================================
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「面白かった!!」「続きが気になる!!」と思った方はぜひ
↓↓で☆☆☆☆☆評価をしていただけると大変励みになります。