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悪役令嬢と婚約者とヒロインが全部転生者だった件について。

「この話は、絶対君達だけの秘密にしてほしい。というか、信じて貰えないかもしれないんだが……」

「な、なに?」

「なんですか?」


 突然、婚約者のエリックが声を潜めて言った。サイフォン伯爵家令嬢である私、アイリーン・サイフォンは身構える。何やらとても嫌な予感がする、と。すぐ隣で、メイドのドーラも似たような顔をしている。

 案の定。


「実はその……俺は、元々転生者というやつで。本当は、令和という時代の日本人……なのだが」

「は」

「はあああああああああああああああああ!?」


 私とドーラの声が、見事に重なった。

 チョットマテ、と言いたい。いくらなんでもこりゃないだろう、と。というのも。


「私達も、同じく転生者なんですけど!?」

「えええええええ!?」


 とある乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生しました。まあ、これは今どきのラノベによくあるパターンだろう。

 だがしかし、まさかの婚約者と正ヒロインのメイドまで転生者だなんて聞いてない。しかも同じ国の同じ時代出身。私は頭を抱えたのだった。




 ***




 私の前世の名前は、福田真弓(ふくだまゆみ)という。アラフィフで未婚のOLだった。ついでに言うなら、付き合っていた会社の後輩に振られたばっかりというタイミングだった記憶がある。

 あの夜、私は完全に酔っぱらっていた。居酒屋を五軒ほどハシゴして酒を浴びるように飲みまくり、駅のホームへ向かったところで記憶が途切れている。

 こうしてよその世界に転生したということは、多分ホームに落ちて電車に轢かれたとかそういうパターンだろう。ああ、鉄道会社の方々と乗客の皆さま迷惑かけてごめんなさい、と心から思う。親兄弟に、賠償金の請求が行っていないことを祈るばかりだ。


「……ってなわけで、気づいたら悪役令嬢だったわけよ、私。ちなみに、“断罪ルートだらけの悪役令嬢に転生したのでガチでフラグ回避に走ります”はラノベ、コミカライズ、アニメ全制覇したわ。まさか自分が悪役令嬢のアイリーンになっちゃうとは思ってもみなかったけど」


 現在、我がサイフォン家の応接室。この部屋には他に使用人もいない。秘密の話をするのにうってつけではあった。私は正直に、転生した経緯を説明した。すると。


「なんというか、死に方残念だなあお前」


 エリックが、それはそれは不憫なものを見る目で言った。


「うっかり落ちてきた巨大マスコット人形の下敷きになって死んだ俺がだいぶマシに思えてきたぞ」

「うるさいわね!ていうかエリック、あんたの死に方も意味不明でしょ!?何よ巨大マスコット人形って!」

「知らん、なんかのゆるキャライベントのお祭りやってたんだよ!健全にアルバイトしてただけの大学生だったの俺は!可哀想だろうがよ!」


 ぎゃいぎゃいと喚く私とエリック。それを見てふるふると肩を震わせるのはドーラだ。


「……お二人なんかまだいいじゃないですか」


 彼女は目を潤ませて言う。


「お風呂につかって鼻歌歌ってたらお風呂が爆発して死んだんですよわたしは!恥ずかしいところに破片突き刺さって死んだし、全裸だし、顔ぐっちゃぐちゃになったっぽいし、こんな可哀想なことあります!?」

「なんでお風呂が爆発すんの!?」

「知りません!気づいたらこのゲームのヒロインに転生してたんですから!!」


 ちなみに、と彼女は低い声で言う。


「夏の祭典や冬の祭典で、同人誌を大量に売りさばくくらいにはガチ勢です。あ、推しCPはエリック受けです。男女ならドーラ×ジェイクです」

「腐女子だった……。しかもヒロインの方は女攻め男女CPのお人だった……」

「……声優オタでこのゲームにハマってた俺がごくごく普通のファンに思えてくるな」


 どうしよう、深く追求したら負けなきがする。私は引きつり笑いを浮かべるしかなかった。

 とにかくだ。私達はこの破滅フラグだらけのゲームのキャラクターに転生してしまったわけである。まさかこの三人が三人とも転生者だとは思わなかった。

 だが、幸い全員が同じ乙女ゲームのオタクだったという。

 ならば、どうすればフラグを回避し、全員がハッピーエンドになれるルートを辿れるかもわかっているはずである。うまい具合に相談して、うまくシナリオを誘導できないだろうか。


「一番王道のルートだと」


 私は口を開く。


「婚約者のエリックが私……アイリーンに婚約破棄を突き付けて、聖女として選ばれたドーラを結ばれる……って展開になるのよね?で、私=アイリーンは過去の罪状がいろいろ明らかになって逮捕され、そのまま処刑される……と」

「そうだな」

「そうなりますね」

「でもそのルート行くと、私はザマァされて殺されるのよ。絶対嫌なんで回避したいんですけど?」


 過去の罪状、とかなんとか言われるが。そもそもそれらの罪を犯したのはこの世界のアイリーンであって、私ではない。私の意識がアイリーンに入って成り代わっちゃったのはほんの一か月ほど前のことで、それ以前にアイリーンがやったことなんざ知りもしないのだ。

 はっきり言おう。成り代わっちゃって本来の人格を殺してしまったのは申し訳ないが、かといって自分がやってもいない罪を償えと言われるのは御免被る。つか、反省のしようがない。


「だから、なんとか婚約破棄しないでシナリオ進めてくれないかしら?エリックが婚約破棄イベント起こさなければ、アイリーンの罪も明るみに出ないから私の命も助かるはずなんだけど」

「ええ……?」


 すると、エリックは露骨に嫌な顔をしてきた。


「婚約破棄回避して、俺とお前がそのまま結婚して子孫繁栄させるルートだろ?それ無理なんだけど」

「なんでよ」

「俺ゲイだもん。女相手に勃たねえ」


 ずっこけた。

 まさか、そういう理由で断られようとは!


「俺からすると死活問題なんだよ!なんで女と結婚しなきゃいけねえの!?エリックが実際どうだったかは別として、ここにいる俺は男以外に興味ねえの!男相手じゃなきゃ勃たねえの、だから物理的に子作りとか無理なのわかる!?そもそも俺がこの乙女ゲーに興味持ったの、エリック役の声優の松原優一郎のファンだったからなのに、なんで俺がエリックになっちゃうんだよ!松原様のイケボ返せよこんちくしょう!」

「あー……お、お気の毒に」


 ややガチ泣きしつつ、テーブルをばんばん叩くエリック。キラッキラの金髪イケメンが見る影もない。


「わたしとしては、婚約破棄ルートもナシだし、婚約破棄しないでアイリーンとエリックが結婚するルートもなしです」

「わっちゅ!?」


 しまいには、ドーラまでなんかとんでもないことを言い出した。


「解釈違いなんで!」


 ある意味彼女が一番怖い。目が超据わっている。


「言ったでしょう、わたしはエリック受けの腐女子だと!王道ルートでは確かにエリックとドーラが結婚することになっていますけど、このゲームの素晴らしいところはBLのルートも用意されているということなのです!主人公の選択次第で、エリックはドーラではなく別の男性キャラと恋に落ちる事になります実際設定上エリックはバイセクシャルということになっていますから可能なんですというかキャラ全員がバイセクシャルっぽい設定なので全員男女でくっつくルートと同性愛ルートが用意されていてオタクとしては激ウマだったというわけなんですよね!その中でもわたしが大好きなのはアレンとエリックがくっつくルートで極めて難しいステップを踏むことになりますがその果てに辿り着く最高のラブシーンはまさに見ものと言いますか、生きていて良かったと心底思うレベルのものだったんです!特にあの、あのアレンの言葉攻めに恥じらうエリックが最高に可愛くてもごはん何杯もイケちゃうというか心の●●がもう見事におっきしちゃうレベルといいますかそれで」

「あーあーあーあーあー!伏字、伏字出ちゃってる!なんかこう、子供に見せちゃいけない単語とか妄想とかいろいろ出てる、出てるからあ!これ全年齢向けの小説なの忘れないでええええ!!」


 私は慌ててドーラの口を塞いだ。

 おかしい。突っ込みキャラに就職したつおりもないのに、さっきからツッコミしかしていない。何故だ。


「男性と付き合えと言われるなら、通常の結婚ルートより俺的にはマシだが」


 困ったようにエリックが告げた。


「さすがにアレンルートは厳しすぎないか?そのルートに行くためには、婚約破棄イベント以前にアイリーンが事故で死ぬ必要があったような……」

「あああああああああああ!そうじゃん、そうだったじゃん!何考えてんのよドーラ!私に死ねって言うわけ、ねえ!?」

「あ、そういえばそうでしたっけ」


 私の言葉に、ドーラが“そうだったっけー”とのほほんと言っている。人の死亡フラグを“そうだったっけ”で済まさないでほしい。

 ただでさえこのゲーム、ちょっと選択をミスるとすぐ登場人物が死ぬことで有名だというのに!


「はあ、仕方ありません。……男性キャラとくっつかないなら、エリックが一生独身でいるルートで妥協します」


 ぷう、とドーラが頬を膨らませて言う。


「そんなルートがあったかどうか、記憶にありませんけど」

「お、おうふ……」


 非常に困った。

 そもそも、“エリックがアイリーンを婚約破棄しない”ルートに行くだけで非常に難しい。その上で“エリックがドーラに告白しないし結婚もしない”ルートに行くのもさらに難しい。いくらエリック(の中の人)が嫌がっても、彼の両親は一刻も早く結婚して子供を作れとせっついてくるのだ。お見合いラッシュの果て、最終的に誰かしらと結婚させられるのが明白なのである。

 男性キャラと結ばれるルートに行くには、それらのフラグを全て叩き折らなければいけない。

 さらに独身ルートを作り出すには、その男性キャラたちとのフラグも折らないといけないわけで。


「なんでこんなハードモードなの」


 私は頭を抱えた。


「こっちはどんなゲームもイージーモードでしかプレイできない人間なのよ?RPGやったらマップで迷子になった挙句に雑魚キャラに瞬殺されるレベルなのよ?複雑なフラグ管理とか無理だって……。このゲームだって攻略サイト見ながらどうにか必死こいてフラグ回収したっていうのに」

「……だよな。正直、俺も途方に暮れてる」

「そうですねえ。死亡フラグを回避した上で、それぞれの萌えと欲求を満たすのはなかなか至難の業だと思います。そもそも大抵のルートの先で、私達三人のうち誰かがザマァされて処刑されるのばっかりじゃありませんかこのゲーム。全員で生き残れるルートってありましたっけ?」

「……わかんない」


 ああ、面倒くさい貴族社会。

 面倒くさいフラグ管理。

 せっかく転生して社畜から解放されたのだから、もっとのんびりまったり異世界ライフを満喫させてくれたっていいではないか。


「もういっそ」


 考えた末。私はぽつりと呟いたのだった。


「全部ぶん投げて駆け落ちしちゃう?三人で」

「え」


 悪役令嬢と婚約者とヒロインが全部転生者だった件について。

 最終的に、なんかこう全員の断罪展開を防ぐのが無理っぽいので、三人一緒に逃亡してどっかでスローライフすることに決めました。

 ゲームの趣旨をぶっ壊した気がしないでもないが、命に替えられるものはないのである。

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