見学
次の朝、目が覚めた頃には、鳥の巣頭はもう仕事に出かけた後だった。
昨日着ていたあの薄汚い着物で行ったのかしら?
屋敷の家人が用意してくれた遅い朝食を食べる。
作業現場の近くに、大きな日傘を立てて、椅子を置いてもらって、見学する。
鳥の巣頭は、、、、、、なんだかみんなガタイが良いので区別がつかないが、、、、
いたいた!見つけた!汚い手ぬぐいをかぶっているので、鳥の巣頭じゃないけど。
そう言えば、昨晩久し振りに見たけど、一段とぼさぼさになっていたなあ、、、
鳥の巣頭は他の仲間たちと何やら話しながら、楽しそうに作業にいそしんでいる。
レンガを運んで、積んでいる人に渡し、レンガを運んで、、、、繰り返し、、、
・・・・何が楽しいのかしら?
時々、仕上がった壁を見て、嬉しそうにうなずいたりしている。
・・・・・???
他の作業員たちは、チラチラと私のことを見ているのに、、、お前は、、、気が付かないのかしら???
侍女が入れてくれたお茶を飲みながら、見学を続ける。
こんなことが楽しいなんて、、、、庶民の考えていることはわからないわ、、、、
*****
次の月も、視察に来た。
怪しい人には、やはり注意しなくちゃね。兄上も言っていたし。
11月の初旬。少し寒い。これでも、城壁が風をよけてくれるので、よほどいいらしい。でも、、、寒いわ。
この前来た時より、随分進んでいる。少し先に門があるらしく、兵士が出入りしている建物も見える。
「明日は、市が開かれるらしいので、公主様はお出にならないほうが良い。」
ぼさぼさに伸びた髪を麻ひもで縛っている鳥の巣頭は、将軍にそう言っている。
「市?行ってみたいわ!」
「・・・えーと、、、公主様が考えているような、宮中の市とは趣が違うんですよ。
遊牧民族との交易会なので、、、荒い奴も多いでしょうし、その、、、貴方みたいにきれいな人は目立ちますからね、、、、女官さんたちの身の安全も考えなくては、ですし、、、」
・・・あら、、やっとこの人、私のことをきれいな人と言ったわ。遅い!今頃気が付いたのかしら???
次の朝は、また、鳥の巣頭が仕事に行ってしまった後に目が覚めた。
前も泊ったところだけど、寒いわ、、、
遅い朝食を食べて、、、、市に出掛けてみようと思う。うん。護衛もたくさんついてきているし、将軍もついているし、危なそうなところには行かなければいいんじゃないかしら。折角、こんなところまで来たし、、、、それに、、、凄い絨毯とか、見れるらしい、、、、昨日、ここの家人が話していた。
将軍は渋ったが、そこは説得して、うきうきと出かける。
買い物をして、いつも子ども扱いする鳥の巣頭に見せつけてやりたいとか、、、、少し思った。
護衛がみっちりついた。側付きの女官にも、それぞれ2人づつ付けてもらった。
いざ!!
城門が開いている。両脇に所狭しとテントの店が出ている。
絨毯、高地の珍しいお茶、はちみつ、毛織物のスリッパ、岩塩、、、、沢山の物がごちゃっつと置いてある。宝探しのようで楽しい。ちょっと独特なスパイスの匂いがする。異国の商団が買い付けに来てたり、、、焼いているのは、、羊??
女官たちも楽しそうだ。
あの砂漠の向こうに、人が住んでいるのねえ、、、
開かれた城門の向こうに、荒野が見える。
あちこち見て、お兄様たちには高地のお茶を、お母様にははちみつを、鳥の巣頭には、、毛織物のスリッパを買ってあげた。ふふっ、、、自分用にも買った。
絨毯は、、、とても美しかったけど、持って帰れそうになかったので、買わなかった。
いろんな言葉が飛び交っていて、ほとんどわからない。お店の人が片言の栄国語で、、、なんとか買えた。
さあ帰りましょう、と、言うときに、近くでいざこざがあったようで、男たちが数人でもめている。門の兵士たちも駆けて行った。本当に、、、物騒なのねえ、、さっさと帰りましょう、、、もう少しで、留め置いた馬車に着くというときに、、、、ものすごい勢いで、向こうから馬が走ってきた。乗っているのは、恰好から遊牧民の男みたいだ。
あっという間に、私たちの集団に突っ込んできた。女官が悲鳴を上げる。
護衛は何人か馬をつなぎに行っていたので手薄だ。将軍は、、、、と、振り向こうとしたときには、太い腕に抱きかかえられていた。
「姫様あああああ」
絶叫が聞こえる。何が起こったのか、、、、しばらく、解らなかった。
私は、宙ぶらりんな恰好のまま、、、、、
遊牧民の男の馬が、真横から走ってきた馬にぶつかりそうになって、前足を蹴り上げて止まる。ずり落ちそうだが、、男の手が私を離さない、、、振り落とされそうだ、、、何が起こっているんだろう、、、男が何か叫んでいるが、何なのかはわからない、、、
地面しか見えない。人が集まってくる。
違う馬に引きずりあげられた。さっきより、扱いがずいぶんと優しい。仲間???怒鳴っている男の声が聞こえる、、、
ああ、、、、砂漠の向こうに連れていかれるのかしら、、、、
*****
目が覚めると、朝起きたはずの村の長の屋敷の寝台だった。
「????」
「目が覚めましたか?公主様ああ、、、、」
側使えの女官が泣き出す。え、、、、、ああ、、、、私、攫われたんじゃないの?
「公主様が、お目覚めでございます!!!」
女官の声に、部屋に入ってきた足音が聞こえる。
「大丈夫ですか?怖い思いをしましたね。」
入ってきた鳥の巣頭が、私の頭を撫でる。
腕に包帯がまいてある。少し痛い。
将軍も入ってきた。かなり慌てている。
「公主様!!!良かった、、、、、」
将軍は、おいおいと泣き出してしまった。ごめんなさいね、、、、でも、何が起こったのか今一つよくわからないんだけど??
「公主様が攫われて、ちょうど昼休みで訪ねてきていたトーマが、、馬で助けに走ってくれたんですよ!!!私は、、、、死を覚悟しました、、、、よかった、、、、」
泣きながら将軍が教えてくれた。ああ、鳥の巣頭だったのかあ、、、
次の日は、寝て終わってしまった。
将軍が事後処理に出掛けたので、鳥の巣頭が控えてくれた。もちろん、部屋の外に女官も護衛もいる。
窓から、城壁が見える。
空が鉛色で、、、暗くて寒そうだ、、、
「ねえ、どうして城壁なんか作ってるの?あなた?」
暖炉に薪を入れていた鳥の巣頭が、寝台わきの椅子に座る。
「ん?、、僕はね、橋を作りたいんだ。」
「橋?」
「そう、橋。ブリアとフールの間に大河があるのは知ってる?」
「うん、、、なんとなく。栄国にも大河はあるけど、、、、船を使えばいいんじゃないの?」
「河の中ほどが、急流になっていてね、船が使えないんだ。で、橋なんだ。」
「ふううーーん、、、大きい河なのね?」
「そうだね、、、栄国の大河ほどではないけどね、、、」
「なんであなたが、、、そう思うわけ?」
「・・・・僕が小さい頃、母の友人が遊びに来ていてね、隣国の、フール国出身の人なんだけど、、河の向こう岸を見て言うんだよ。こんなに近くても、遠いのね。
もっと、両国がわかりあっていたら、戦争なんて起きなかったかもね、って。」
「ああ、、、少し前の、、、フールとブリアの戦争ね。習ったわ。」
「そう。で、その時思ってしまったんだよ。じゃあ、僕が橋を架けよう、って。ふふっ、、、子供っぽいって笑うかい?」
「・・・・笑わないわ、、、、」
「それから、勉強して、あちこちの建造物を見て、、、アカデミアにも通ったけど、、今回の城壁の補修工事が一番有意義だったよ。スイランが言ってくれたからだね、ありがとう。」
「・・・・・」
「・・・・・でも、、今回のことは失敗だったね。」
「そうね、、、、もう、二度と外出許可が下りないわねえ、、、、」
「意外と、、、、動揺していないんだね?」
「動揺?、、、、したわよ、、、ああ、砂漠で生きていくのかなあ、、、って。」
「・・・・・」
「私に決められることなんかないもの。
行くところが砂漠だろうが、雪国だろうが、、、おじいさんだろうが、、小さな子供だろうが、、、まあ、夫になる人が良い人ならいいな、っては思うけどねえ、、、、、」
「・・・・・」
「いいなあ、トーマは、、、そう、私、海が見て見たかったなあ、、、」
「・・・・・」
ぱちぱちっ、と、薪がはぜる音がする。




