メロウの町 5
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地下が通じていたのは、館から湖を越えた先にある洞窟だった。リエフが木々の隙間から館を覗けば、遠目に引いていく小隊の中に自らの師を認め、心配に息が詰まる。
「…町に戻らないと」
迂回路から町までは遠くは無い。
木々の間を縫って地を蹴れば、いつもより速く景色が流れて行った。
(……!風の精霊…)
賢女からの後押しだと、瞬時に理解出来た。
あの1団が町に戻るより早く、シフォンを家へ返さなければいけない。
…今日この館にシフォンが居た事実を、無かったことにしなければならない。
その一心で、リエフは丘を駆け下りた。
「おーい!リエフ!」
町の裏路地まで入り込み、そのまま裏道を進んでいく。背後から掛けられた声に身を竦ませて振り返れば、顔なじみのそれに力を抜いた。
「ルダ…!」
「シフォンどした?寝てんの?」
ありゃ、爆睡。と肩を竦めたのは、リエフと同い年のルダ・サマラス。人懐っこい笑みを浮かべる彼は、商人の父譲りの社交性を持っている。そして、リエフの唯一無二の友だった。
「ルダ、頼む。ここで俺らに会ったことは忘れてくれ」
「なんでまた…」
「…詳しくは…」
悲壮感に似たそれを漂わせるリエフと、昏々と眠り続けるシフォンを見れば、問い詰めることなど出来ない。
無条件にリスクを負う事は商人として最悪だが、友を助けるのに理由はいらなかった。
「…わかった。絶対後で説明しろよ。
他に手伝えることは?」
「ありがとう。子爵に伝令を頼みたい。
ばば様が侯爵に連れていかれたんだ」
この地の災いを振り払った時から、メロウ子爵家はヒメリナへの信頼が厚い。何か手を打ってくれるかもしれないと、藁をも掴む想いでルダを見据えた。
理解が追いつかない様子のルダに、もう一度だけ、すまない、と言い置く。彼の頷きを確認する前に、リエフはその場を後にした。
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「おばちゃん!」
「どうし…シフォン!」
シフォンの家の扉を勢いよく開ければ、アリアが2階から走り降りて来た。余裕のないリエフの声と、その背に眠る娘に目を見開く。
そのままシフォンを抱き締めるように引き取って、鋭い視線をリエフへ向けた。
「何があったの。リエフは無事?」
「俺は平気。詳しくは解らないんだけど…」
胸の澱を吐き出すように言葉を紡げば、時折止まりつつも先程の事柄が語られていく。リエフの中でも整理がついてないそれは、まとまりがなかった。
ヒメリナが拘束されてしまった事や、シフォンが”光の子”であるとされた事…それらを理解した時、アリアは大きく息を吐いた。
「…シフォンが、”光の子”…」
「ねぇ…”光の子”って何。
ばば様は…無事だよね」
アリアは心配そうなリエフの頭を撫で、目線を合わせるために腰を落とした。
大丈夫。2人が戻ってきて良かった。娘を護ってくれてありがとう。
そんな眼差しに、リエフも少しだけ身体から力が抜けた。
「お茶をいれようね。解る限りお話するわ」
「え、でも…」
椅子まで背を押され、リエフは戸惑ったようにアリアを見上げた。
そんな時間はなさそうに見えるのだと意図すれば、アリアは小さく首を振る。
「リエフに聞いて欲しいの。
ヒメリナ様は…絶対シフォンに害なす事はないし、メロウ様もすぐ動いてくれるわ」
私達が出来ることは、ちゃんと事態を把握すること。その後に、必要な対応をすることよ。
真っ直ぐなその瞳に、リエフは背筋を正した。
アリアはいつも通りにお茶を用意し、とある神話の物語を諳んだ。