メロウの町 2
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「この世界には四大元素が満ちていて、精霊の力を借りて魔法を操る…そこまでは何度も聞いたことがあるね」
「はい。これから、”生涯の友”と契りを結ぶことも知っています」
地下へと続く階段を降りながら、賢女はこの世の理をさらう。
リエフは上の階で待機するように言い渡された為、この場にはシフォンと賢女の2人しか居ない。
だが、そこかしこから視線と気配を感じていた。静かなそれらは不快ではなく、10年の月日を見守られていたような不思議な感覚を感じる。
「よく勉強してきたねぇ」
「早く精霊達とお話してみたくて」
感心したように微笑む賢女に、シフォンは照れを隠すようにはにかんだ。
カツン、とした足音が微かに響き、返り、消失する。また1歩が重なり、響いた。
先導する炎の灯りは迷いなく揺蕩っている。
何度かそれを繰り返した頃、2人は最下層の地下へとたどり着いた。
「ここが、”契約の陣”を守護する場所だよ」
薄い光のヴェールに遮断された空間の奥には、虹色に煌めく魔法陣が中央に位置する部屋が広がっていた。
賢女の手が触れる寸前に、光が泡となり消えていく。幻想的なそれを見送れば、途端に周囲の空気が清浄に満ちた。
(…行っては、ダメ)
背後から微かに聞こえた声が何を伝えたかったのか。
シフォンは1度だけ耳を澄まして、1歩を踏み出した。
︎「陣の中央に立って、ゆっくりと呼吸を整える。目を閉じて、自分の深いところまで潜っていくんだ」
とうとうと紡がれる賢女の言葉に、シフォンに緊張が走った。急に酸素が薄くなったような心持ちとなり、首元が締め付けられる。
1度大きく息を吸って、不安を押し出すようにそれを吐ききった。少しだけ軽くなった足を前へと進め、魔法陣を目指す。
周囲の空気が微かに揺れ響き、声無きざわめきが漣の如く広がった。
(ゆっくり深呼吸して…自分の深いところまで…)
魔法陣の中心に立ち、シフォンは視界を閉ざす。真っ暗な世界で、自らの息遣いが大きく響いた。意識を深くまで落すように、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
どのくらい時間が経ったか、曖昧になった頃。周囲のざわめきが声となって耳へ届いた。
「…ヒソヒソ…光の子だ……」
「…久しぶりだね…」
「……ヒソヒソ……」
さらさらと流れゆく声が心地よい。精霊の声だろうかと、シフォンは目を開けたい葛藤と戦っていた。
不意に、手を掠める何かの存在を感じる。びくりと身を竦めれば、申し訳なさそうな彼らの声が広がった。
「びっくりさせちゃった」
「……ごめんね」
「ごめん……」
(大丈夫…少し驚いただけだよ)
心の中の言葉が届いたのか、周囲の空気に安堵が広がる。感情が直接伝わる不思議な感覚に、少しだけ戸惑った。
だが、聞かなければならない事がある。一息ついた後、シフォンは小さく問いかけた。
(貴方たちは…精霊?)
「そうだよ。キミを護るんだ」
「キミはこれから…とても大きなものと対峙する」
「光の子、僕たちはキミの味方だよ」
┈┈例え、世界を揺るがす何かが起こっても。
不穏なそれに思わず視界を開けば、自身を中心として風が巻き起こった。眩しい程の光が陣から立ち上り、思わず再び目を閉じる。
風圧に立っていられなくなり、シフォンは両手をついた。
「…ずっと待ってた。
あの日の約束を、果たすよ」
初めて聞くその声は、とても懐かしい感情を呼び起こす。同時に、言葉に隠された小さな悲しみの情が流れ込んだ。
遠い日の記憶と共に……。