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6.身に宿す魔力(1)

セノフォンテ視点です。


 陽光が当たり、眩しくて目が覚めた。

 年中過ごしやすい気候とはいえ、流石に早朝は冷える。ぶるりと身震いをすると、一気に目が覚めた。


「こんなところで寝ていたのか……」


 頭を鈍器で殴られた様な痛みが走り、思わず顔を顰める。ゆっくりと体を起こすといつのまにか魔法の効力が切れ、人間の姿に戻っていたことに気がついた。

 いつものように昨晩もデレッダ公爵家の屋根の上でフラミーニアと会話をしていたはずなのに……途中から記憶がない。


 話しながら眠ってしまったのか……? いや、そんなはずはない。

 それに体が何か変だ。頭痛は酷いし、内臓が掻き回されたかのような不快感。


 もしや、フランになにかあったのだろうか……?!


 セノフォンテは急いで犬の姿に変化する。淡い金色の光に身を包まれ、体が縮んでいく。


「はっ? ……嘘だろ」


 いつもは変化が完了するまでに数十秒かかってしまうはずなのに、一瞬だった。

 前足のふさふさな深緑色の毛を見ながら首を傾げる。


 ーーー体がおかしい。なんだか……魔力が満ちているというか、溢れているというか……。


 薬を盛られたという可能性も視野に入れながら、まずフラミーニアの部屋に飛び移る。


 部屋には誰もいない。荒らされた様子もなく、綺麗に整頓されたままだ。

 ヒト一人分が通れる程の小さな窓には布が垂れ下がり、地面まで繋がっている。


 セノフォンテは布をつたって地面に着地すると、犬に変化したことによって鋭くなった嗅覚でフラミーニアの痕跡を辿る。

 それは地下下水の入り口に繋がっていた。

 これより先は下水の猛烈な異臭のせいでフラミーニアの痕跡を掴むことができない。


「何処へ行ったんだよ……っ」


 大きく舌打ちをする。

 この状況を見ると、フラミーニアは自ら公爵家から出て行った可能性が高い。


 ーーーとにかく一度戻らなければ。それにこの体の異変も気になる。


 セノフォンテは後ろ髪引かれる思いを振り払い、今度は鷹へと変化する。


 やはり変化が速い。一体俺の体はどうしたのか……。


 湧き上がる疑問に蓋をして前を向く。

 セノフォンテは自分の持つ最大限の力を使って王城に舞い戻った。




***




「……セノ、どうした?」


 人間に戻りきっちりと騎士服に着替えたセノフォンテは、昨日の調査報告を兼ねて王太子ーーレオポルドの執務室へ入室する。開口一番に違和感を指摘したレオポルドは流石王族である。


「やっぱりレオなら気がつくか。俺の身体、変だよな……」

「レオ、セノ、一体どういうことですか?」


 書類の仕分けをしていたアルトゥルが紙束を抱えながら視線を向ける。


 セノフォンテはぐっと右手を握りしめ、起きた出来事を順を追って話し始めた。


 デレッダ公爵家の屋根裏部屋で監禁されていた少女、フラミーニアと屋根の上で逢瀬を重ねるようになったこと。

 いつものように会話をしていたら途中から記憶が途絶え、気がついたら屋根の上で目を覚ましたこと。

 フラミーニアの逃亡の痕跡のこと。

 そしてセノフォンテの体の違和感のこと。


「フラミーニアという少女はセノが以前報告にあげていたな。使用人の子供ということではなかったのか?」

「分からない。フランは自分のことを話したがらなかった」

「ただの少女の家出にしては不可解な点が多いな。……とりあえずはセノのその魔力についてだ。アルトゥル、聖水を持ってきてくれ」

「分かりました」


 足早にアルトゥルが執務室を出て行く。

 アルトゥルが戻るまでの短い間に昨日の諜報報告を伝える。


「モウドラー侯爵夫人のお茶会、ズィーマ子爵の生誕パーティーに潜入してきたが、特に不穏な動きはなかった」

「そうか。ご苦労だった」


 執務机から立ち上がり、豪快に髪を掻き上げた。朝の光に照らされる銀髪が反射してキラキラと輝く。王太子らしい気品を持ち合わせた、セノフォンテの上司かつ友人だ。


 王族には、しばしば小姓として同年代、同性の貴族子弟が付けられる。小姓は長じて主たる王族の最も忠実な側近となり、主を支える事になる。


 【変化魔法】という珍しい魔法を行使するセノフォンテは、幼少期からレオポルドと親交があった。年齢が近いアルトゥル、エヴシェンと共によく引き合わされ、遊び相手となった。


 それは将来王太子となるレオポルドの小姓として見定められていたのだと知ったのは、十歳を超えた頃だったか。


 レオポルド、そして周囲の大人達が納得したのか、セノフォンテはこうして王太子側近の護衛騎士として任を頂いている。


 護衛騎士というのは実は建前で、専ら仕事内容は諜報役だった。

 時にはレオポルドに変化して囮となったり、時には踊り子になって法に違反した組織に踏み込んだり。セノフォンテは何度もレオポルドの右腕として国政の安寧に務めている。

 レオポルドは仕え、護るべき主人でもあるが、それ以上に大事な友人だ。この四人の間柄は幼い頃から変わっていない。砕けた口調も四人の間だけのことで、心を許し合っている証拠だ。


「レオは俺の体がどう見えてる?」

「なんか白い靄が纏わりついている、という感じだな。呪いなのか、それとも祝福か……」


 王家直系の長男は女神からの祝福が多い。爵位持ちである貴族が有する魔法は基本的に一人一種類までなのに対して、王族の長男は三種類の魔法を女神より賜っている。

 公になっているレオポルド王太子の魔法の一つは【魔力無効】だ。使役された魔法を無効化してしまうという、王族にとっては願ってもいない魔法。他の二つはセノフォンテら側近すらも知らされていない。


 複数の魔法を有するレオポルドならば、魔法の変化について何かわかる事があるかもしれない。


「薬でも盛られたのかな。それともフランが何か……? もし自ら逃げ出したかのように演出して、実は誘拐されていたら……」

「うん……。デレッダ公爵か」

「お待たせしました」


 セノフォンテがあれこれ考えを巡らせていると、聖水を手にしたアルトゥルが戻ってくる。


「ありがとう。聖水をかけるぞ。それで良いか?」

「うん。勿論」


 セノフォンテは騎士服の上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ捨て上裸になる。

 「かけるぞ」の合図で瓶に入った透明な液体をセノフォンテの胸元目掛けて振りかけた。


 一切水気は感じない。

 反射して一瞬光った液体がセノフォンテの左胸に古代文字を浮かび上がらせる。

 じんわりと滲んだ文字が少しずつ鮮明になっていく。


「これは……」

「【変化魔法】と書かれているな」

「つまり何も変わっていない、と?」


 女神から祝福を賜った者は、胸に聖水をかけると体に有している魔法とその代償が古代文字で明記される。


「いや、以前より文字が濃く大きくなっている……!」


 古代文字の大きさは人によって様々だ。鎖骨まで広がる大きさもあれば、拡大鏡を使わないと読めない大きさの者もいる。

 そして古代文字の大きさは魔力量の多さに比例していた。


「そんなことあり得ません! 魔力量が増えるなんて、そんな方法存在しません」

「……いや、ひとつだけあるな」


 顎に手を当てていたレオポルドは立ち上がり、セノフォンテとアルトゥルを見て低い声で言った。


「【魔力転移】」

「っ!」


 ヒュ、と息を呑む。

 貴族ならば一度は耳にした事のある魔法。

 【魔力転移】により国が滅んだという昔話は有名だ。

 だが実際に存在したなんて聞いたことがない。もはや伝説だと言われていた特異魔法だ。


「嘘、だろ……」

「まだ確信は持てない。しかし魔力量を操作するなんて、そんなことは【魔力転移】としか思えないんだ」

「……確かにそれならそのフラミーニアという少女が公爵家に監禁されていたのも頷けます。魔力が安定する十八歳になるまで、存在を隠し外に出さないようにするつもりだったのでしょう」

「…………っ」


 フラミーニアとの思い出を思い返すと、確かに不思議な点が多かった。

 犬すらも見たことのないという極端な知識の欠如。一歩も外へ出たこともなく、人と会話をしたことも殆どない。部屋の扉には幾重にも南京錠が掛けられていた。

 幾つものピースがカチリと嵌まった気がした。


「俺に魔力を与えて、逃げ出した……」

「もしフラミーニアが【魔力転移】持ちであれば、彼女は公爵家の爆弾だ。なんとしても国で保護しなければならない。それに残った魔力が再び回復することを知らなければ、すぐに公爵家が魔力痕で探し出すだろう。それよりも早く見つけ出す必要がある」


 冷静に状況を分析し判断を下すレオポルド。アメジストの瞳が力強く煌った。


「俺が行く」

「セノは公爵家に入り、情報を収集してください。フラミーニアさんの捜索はエヴシェンに頼みましょう。地下下水の中に入ったというのなら、出口は限られています」

「それが妥当だな」


 アルトゥルは即座に王都の運河が記載された地図を広げる。レオポルドは扉を守る近衛騎士にエヴシェンを呼びつけるよう指示を出した。


「セノ、いけるか?」

「勿論」


 魔法を発動させ、金色の光に包まれたセノフォンテは鷹の姿に変化する。そのまま窓から飛び出し、デレッダ公爵家を目指した。


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