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5.突然の再会


 メリッサと出会って二年が経ち、フラミーニアは十九歳になった。


 魔力と共に消失した髪も胸元まで伸び、身長も少し高くなった。毎日齷齪働き、折れそうに細かった四肢には程よく筋肉がついた。

 メリッサを護衛する技量には未だ達していないが、ある程度硬さのある木の実を素手で潰せるほどには逞しくなった。


 メリッサを師として学んでいた薬作りも、漸く形になりつつあった。

 日々土壌から薬草作りに勤しみ、凡庸な五感しかないフラミーニアは計りと睨めっこしながら薬草を調合する。湿度や気温に左右される薬作りは非常に繊細で、簡単な効能の薬でも習得に二年の時間を要した。



 そしていつもの時間きっちりに現れる訪問者を迎え入れる。


「おはよう。いつもありがとうね」


 勇ましい鷹がフラミーニアの小さな肩に留まる。

 嗅覚が敏感なメリッサは、外部からやって来る鷹の匂いが駄目らしく、相手をするのは専らフラミーニアの役目だった。

 羽根に包まれた体をクンクンと嗅いでみても、特に匂いは感じない。メリッサ曰くは最低な匂いがする、らしい。フラミーニアにはよく分からない。


 いつものように薬の代金と備品を受け取る。今日はそれだけでなく手紙も添えられていた。


「メリッサ、お手紙が来てるよ」

「げっ。どうせ碌なことじゃないわ……」


 あからさまに嫌そうにげんなりとするメリッサ。せっかく美人なのにそんな顔をしたら勿体ない……と思いながら手紙を手渡した。

 早速開封して文の内容を確認したメリッサは突然叫んだ。


「あぁっ! もう本当最悪! アルが来るなんて……っ」


 手紙をぐしゃぐしゃに握り潰したメリッサは、運び屋の鷹をきつく睨め付けた。


「来ないでって伝えといて」

「そんな、この子に八つ当たりしちゃ駄目だよ」


 鷹はそっぽを向き、知らん顔をする。

 フラミーニアは間に入って鷹を庇った。


 するとメリッサは徐ろに薬棚から瓶を取り、中から丸い球を取り出した。


「そろそろこの茶番をお終いにさせるつもりだと、そう思って良いってことよね? セノフォンテ」


 メリッサは軽く口角を上げると鷹へ向かって薬草の粉末を固めた球を投げつける。

 見事に鷹へ命中すると粉状になった薬草が宙に舞った。ツンとした独特の香りが部屋に充満する。ーーーーこれは気付け薬だ。


 思わずフラミーニアは咳き込んだ。薬草の成分が目に入ってしまい、それを押し出そうとして生理的に涙が出る。


「おい、メリッサ! フランに当たったらどうするんだよ!」


 突然聞こえた掠れた低い声。背中に温かいものが触れて、労わるように優しく添えられている。


「当たってないから良いじゃない。それよりも人型で会うのは久しぶりね」

「あっ……!」


 フラミーニアは目を擦り、鮮明になった視界で顔を上げた。

 深緑色の髪の毛の合間から光を放つ金色の瞳は、大きく見開かれている。ポカンと開いた口の下には小さなほくろがあった。


「せ、の……?」


 初めて出来た友人とそっくりな深い森の色。

 懐かしい記憶を思い出して、心の声が溢れていた。


「セノ、なの?」


 そう訊ねる声が小さく震える。

 セノフォンテと呼ばれた男性は「ゔ……」と視線を彷徨わせたあと、諦めたようにフラミーニアを見つめた。


「うん。そうだよ……フラン」


 金色と黒色の光が交わった瞬間、フラミーニアの血が沸騰したかのように燃えた。


 ーー嘘、本当にあのセノなの?


 全身が熱い。バクバクと心臓が暴れ出し、フラミーニアから正常な思考を奪っていく。


 いろんな感情が一度に湧き上がってぐしゃぐしゃに乱れる。

 フラミーニアは訳が分からなくなってしまって、気がついた時にはセノフォンテの手を振り払い、家を飛び出していた。


 フラミーニアの孤独を癒してくれた唯一の人。

 いつか一人で地に足をつけて生活できるようになったら会いたいと思っていた大切な人。

 そして一方的に許可もなくフラミーニアの魔力を押しつけてしまって、ずっとずっと謝りたかった人。


 背中から呼び止める声が聞こえたが振り返る余裕がなくて、そのままひた走る。


 毎日水を汲みに来る川へ出ると、情けなく座り込んだ。


 ーー会いたかった。謝りたかった。大切なセノ。


 セノフォンテに触れられた温もりを思い出してまた体が再燃する。


 人間のセノに会うのは二回目で、ましてや一回目は眠っている姿しか見ていない。

 フラミーニアよりも背も体幅も大きくて、身に纏う白騎士服が様になっていた。スッキリと切り揃えられた髪は清潔感があって、丸みのある瞳はどこか可愛らしさもあって。口元下にあるほくろが少し色っぽくって。


 格好良い姿を思い出して顔が真っ赤になる。


 運び屋の鷹はセノだった……。ということはいつも頬擦りしたり、キスをしたり、してた相手はセノだったということで。


 今までの鷹との触れ合いを思い出して、再び顔が熱くなる。そろそろ発火してしまいそうだ。


「フラン、こんなところに居た」


 追いかけてきたセノフォンテは座り込んだままのフラミーニアの手を引き、強制的に立ち上がらせた。

 気持ちの整理がつかないまま、じっとセノフォンテを見つめる。


「改めて言わせて。俺はセノフォンテ・アプレーア。女神から賜った魔法は【変化魔法】。公爵家の屋根上で会っていた犬も、運び屋の鷹も。全部俺なんだ。……黙っててごめん」


 ドクンと大きく胸を打つ。

 全魔力を譲渡したときに犬から人間に変化するのを見て、おそらく獣化魔法だろうと思っていた。


「ううん。ちょっと、びっくりして……。変化出来るのは一つだけじゃないんだね」

「うん。生き物なら何でも出来るよ。男でも女でも、動物でも虫でも。魚は……やったことないけど多分出来る」


 セノフォンテの言葉を一つ一つ飲み込んでいく。


 一度大きく息を吸った。

 そしてずっとずっと言いたかったことを伝えるために口を開く。


「セノ。私ずっと、ずっと謝りたかったの。勝手に全ての魔力を転移して何も言わずに逃げ出して。本当にごめんなさい」


 深く頭を下げた。謝ったからといって許されるわけではないとは分かっている。

 でもあの時は、そうする他に手段がなかった。


「あの夜、目が覚めた時は本当に驚いたよ。だけどフランが【魔力転移】を賜っていると分かって。何故あんな窮屈な生活をしているのか、そして逃げ出した理由もすぐ理解したよ。フランは何も悪くない」


 セノフォンテはフラミーニアの肩を掴むと腕の中に閉じ込めた。


「俺こそ、近くに居たのに何も出来なくて、ごめん」

「なんで……。セノが謝ることないよ」


 ぎゅっと騎士服を握る。目から溢れそうな雫を必死に留めた。


「それにフランから魔力を貰って、困ったことは何もないから。フランは何も気を負うことはないよ」


 厚い胸にそっと顔を埋める。そうでもしないと、情けなく泣き喚いてしまいそうだった。

 小さく「ありがとう」と呟いた。


「俺こそずっと【変化魔法】だってこと隠してて……フランは怒ってない?」

「怒るわけないよ。犬のセノも鷹のセノも、人間のセノも、全部大好きだから。ちょっと……いや大分驚いてはいるけどね」


 顔を上げながらセノフォンテと密着していた体を離す。

 真正面からしっかりとセノフォンテを見つめると、頬が少し赤らんだ。


「それを言ったら私だって大分見た目が変わったでしょう?」

「そうだね」

「よく私がフラミーニアだって分かったね。名前で気づいたの?」


 セノフォンテはいや、と小さく首を横に振り、フラミーニアの柔らかな頬に手を添えた。


「笑った顔が一緒だったから」

「……?」

「髪や瞳の色が違っても、笑顔は変わってなかったし、あと犬の俺と鷹の俺への反応が一緒で……すぐに気づいたよ」

「そ、……か……」


 何だか照れ臭くて視線を泳がせた。


 セノフォンテは改めてフラミーニアの両手を取る。


「フランの事情があったにしろ、フランの魔力はいま全て俺の体にある。俺にはその責任を負う義務がある」

「責任なんて……私が勝手にやったことだし」

「いや、本来魔力量が増えるなんてあり得ないことだ。フランのお陰で【変化魔法】も長時間使えるようになったし変化するスピードも速くなった。俺がフランから何もかもを奪ってしまったことへの責任をとりたいんだ」


 真剣にそう話すセノフォンテに頑なに否と伝える。


「私、魔力を捨ててあの家を飛び出したのは誰かの為にただ生かされるのではなくて、自由に生きてみたかったからなの。だからセノが私のためって言うのなら、私はそれを許容出来ないよ。私なんかに縛られないで、セノはセノの人生を歩んで欲しい」


 フラミーニアの意志の強さを感じ取ったセノフォンテは、観念したように手を離した。


「……分かった。とりあえず今は身を引く。だけど責任をとりたいと思う気持ちは変わらないから」

「うん……」


 サァと一際強い風が吹いた。

 火照った体が少し落ち着いていく。


「とりあえず、今日はもう行くね。明日、また来るから。じゃあね、フラン」


 セノフォンテはそう言うと森の中へ入っていった。


 一人川に残ったフラミーニアは何度も何度も冷たい水で顔を洗ったが、なかなか熱が引いてくれなかった。





「メリッサは、セノと知り合いだったの?」


 家に戻ってしばらくした後、メリッサに問いかける。

 フラミーニアは泥がついた薬草を水で洗い流し、メリッサは綺麗になった薬草を部位ごとに分けてザルに広げていた。


「ええ。幼い頃から知ってるわ。兄と仲が良かったから」

「そっか。幼馴染なんだね」

「ここで住むようになってからセノが薬を運んでくれることになったの。監視する役目もあってね。フランに黙っててごめんなさい」

「ううん。いいの」

「フランは家に閉じ籠っていたのに、セノと知り合いだったのね」

「初めて出来た友達なの。あの日、魔力を転移させてから、ずっと会って謝りたいと思ってた」

「え? フランが魔力を渡したのって犬って言ってなかったかしら?」

「うん。その犬、セノだったの」

「セノは一体何をしているのよ……」


 作業する手を一旦止めると、メリッサは深い溜め息を吐いた。


「私、勝手なことをしてごめんってずっと謝りたかったの。だけど、もっと自立して自分の足でしっかり立てるようになってから会いたかったな……。あ、もしかしたらあの坊主頭も見られてたのかな……」

「前を向いて進んでいたのだから、例え見られていたとしても何も恥じることないわよ。それとも魔力の代償を受けて変わった容姿を見られたくなかった?」

「ううん。この見た目、自分では気に入ってるからそれはいいの。……でもやっぱり坊主頭は少し恥ずかしいかな……」


 胸上で揺れる黒髪を見つめる。


「ただ、胸を張れるくらいに自信をつけてから、セノに会いたかったなって」

「フランは十分魅力的よ」

「えっ」


 がばっと隣を向く。メリッサはなんでもないように薬草を葉と茎と根に分けている。


「何よ?」

「いや、メリッサがそんなことを言うなんてびっくりして」

「私そんな変なことを言ったかしら?」


 メリッサは一度フラミーニアに視線をやり、すぐに手元に戻す。

 フラミーニアのだらしなく緩んだ口元を見て、少々呆れた様子だったが。


「……嬉しい。ありがとうメリッサ」

「フランのそういうところよ。あー。それよりも明日が憂鬱だわ」


 今日採集した分の薬草を仕分けを終えると、ザルを抱えて外へ出た。


 太陽が燦々と降りそそぐ、晴れやかな日だった。


セノフォンテの【変化魔法】の代償は、後に明らかになります。

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