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4.新生活(3)


 メリッサと暮らすようになり、まずは家の中を綺麗に整理整頓をすることから始めた。


 よく洗って天日干しにした薬草は、それぞれ種類ごとに瓶にいれ、名前をラベリングし、棚に整列する。見た目はどれも似通っていてフラミーニアには違いがよくわからない。メリッサは香りで種類を判別しているようだった。


 衣類、食料品、食器、文房具、本など同じカテゴリーのもの同士を纏める。

 生活でよく使うものは使用用途を踏まえ、使いやすいように一から部屋を模様替えして配置を変えた。


 部屋を綺麗にしたことで、山になっていた荷物の中からは大量の本が出てきた。半分は薬学に関するもので、もう半分は一般生活に関するものだった。


 フラミーニアはそれらの本を毎日読み耽り、またメリッサから教えを乞いながら少しずつ知識を増やしていった。


 古く焦げついた本しか手元になかったフラミーニアはひたすら本に没頭した。自分の知らない最新の知識を学ぶことが出来て、ただただ楽しかった。

 メリッサには飲み込みが早いと褒められた。毎日新しいことを知る日々はとても充実していた。


 一般知識も増えたが、特に料理に関してはかなり上達したと思う。味覚がないメリッサのために舌触りや風味を良くしようと、日々熱心に取り組んだ。下茹でをしてみたり、具材を擦り下ろしてみたり、ハーブとの組み合わせを考えてみたり。

 そのうち簡単なものならレシピ本無しで作れるくらいにまでになった。



 失った髪は一年経ってやっと肩につく長さまで伸びた。生えてきた髪は以前とは異なる真っ黒な色。

 魔力を宿していた頃は、銀髪で淡いエメラルドのような瞳だった。まるで妖精のような出立ちだったが、それと比較すると今の容姿は悪魔と比喩しても遜色ないほどだった。


 でもそれは公爵家の檻から抜け出せたように感じて。新しい自分になれた気がして、フラミーニアはこの色合いが嫌いではなかった。



 この頃から、フラミーニアはメリッサから指導を受けながら薬草についても勉強を始めた。

 【嗅覚覚醒】の常時魔法を有しているメリッサは、薬草の香りで調合の配分を決めていく。

 到底凡人のフラミーニアでは不可能な能力だ。したがって一つ一つ地道に分量を測り、調合するという独自のやり方を模索していった。

 簡単な薬でも作れるようになれば、きっと独り立ちしたときに役に立つだろうと、メリッサの温かな計らいだった。


 メリッサの作る薬は強力だ。

 何も知らなかった頃はその高い効能に全く気が付かなかったが、勉強を始めた今、メリッサの凄さがよくわかる。

 同じ環境で育てた薬草でも生えていた場所や鮮度の違いによってその成分の濃度が多少変わってくる。【嗅覚覚醒】を行使してその成分量を的確に把握し、精度の高い薬を完成させるのだ。

 薬草の中には過剰摂取すると体にとって毒になるものも多い。メリッサの【嗅覚覚醒】の能力を遺憾なく発揮できるのがこの仕事だった。


「薬師は私の天職よ」


 そう言って意気揚々と薬草を摘むメリッサは美しく、眩しかった。



 そうして出来上がったメリッサの薬は、町に売りにいくのではなく、専属の人の手に渡っている。


 三日に一度、朝の決まった時間に運び屋の鷹がやって来るのだ。


 今日も食卓テーブル横にある迫り出した窓から家に入ってくる。

 前回届けた薬の代金と、パンや調味料などの食糧が纏めて袋詰めされて足に括り付けられている。今日もそれらを有り難く受け取った。


 森の中で生活する際に足りない備品や日用品は、頼めばこうして鷹が運んできてくれるのだ。【嗅覚覚醒】の弊害もあって、町へ出るのが苦手なメリッサの為に整えられたシステムだった。


「おはよう。お疲れ様。いつもありがとうね」


 立派な羽根を持ち、鋭い顔つきをした鷹は非常に利口だ。相当人の手で訓練されているのだろう。

 指先で優しく嘴の下を掻いてあげると、気持ち良さそうに目を細めて蕩ける表情がたまらなく可愛い。猛々しい見た目との差異でキュンと胸がときめく。


 二、三度大きな羽根を揺らすと、フラミーニアの肩に飛び乗った。皮膚に爪が刺さらないように配慮してくれるこの鷹は知能レベルが非常に高い。


「本当に可愛い……っ。運び屋さんが嫌になったら、いつでも私の所へ来てね!」

「こら、そうすると私の薬運んで貰えないじゃない」

「メリッサの薬ならどこでも売れるから大丈夫だよ。ねー?」


 小さな頬にスリスリと頬擦りする。滑らかな羽根が肌に当たってくすぐったい。

 すると鋭利な嘴がフラミーニアの襟足の髪を咥えてクイクイと引っ張る。


「どうしたの? あ、髪のことかな? だいぶ伸びたでしょ。もう少し伸びたらもっと女の子らしくなれるかな?」


 クゥゥ、と鷹の喉が鳴る。まるで肯定を示してくれているようだ。


「ありがとう。優しいね。私ねメリッサから薬の作り方を教えてもらえるようになったんだ。販売できる品質の物が作れるようになるのは、まだまだ時間がかかりそうだけどね。上手く作れたら町へ売りに行って少しずつお金を貯めるつもりなの。精一杯頑張るから、あなたも応援してね」

「ほら、遊んでないで。出来たわ」


 薬の用意が出来たので、そっと鷹を窓枠に降ろして足に薬を結び付ける。


「もう……アンタが来ると最悪な香りを思い出して嫌になるわ」

「グルルル……ッ!」

「メリッサ! そんな酷いこと言わないであげてよ。一生懸命お仕事してくれてるのに」

「お仕事に私情を巻き込んでいる畜生なんて気を使う必要あるかしら」

「もう、そんなこと言わないでよー!」


 ギロっと鷹をひと睨みしたメリッサは、スタスタと部屋の奥へ引っ込んでしまう。


 威嚇するように唸る鷹を慰めるように頬に唇を落とした。ピタリと羽根の震えが止まる。


「ごめんね……。メリッサは冷たいように見えるけど、本当は凄く優しいの。何故かあなたには当たりが強いけど……。じゃあ気をつけて戻ってね。また会えるのを楽しみにしてる!」


 フラミーニアがにっこり笑うと鷹は満足したように大空へ飛び立っていった。


「みんな頑張ってるんだなぁ……。よし、私も頑張ろうっ!」


 ペチンと頬を叩き、気合を入れ直した。


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