貫き背負う乙女たち
どうして、こうなってしまったの?
もう、たまったものではなかった。
隣国との戦闘に僅か18である小娘が出撃し、やっとの思いで帰還し、そのすぐ後にほんの少ししか出席していない学園の野外パーティで、ガラでもないドレスを着なければならないなんて。その時点で私はすでにいかにしてこのパーティであまり目立たないかを思案していた。
もちろん、短時間でも質の良い睡眠を取るように常日頃心がけているし、体のコンディションは限界という訳ではないのだが、いい加減きちんと休ませてくれというのが本音だった。
そして、いかにして切り抜けるかを思案している時に限って、事件とは動き出してしまうものだ。
「ランス・オーレリア公爵令嬢!貴様との婚約は破棄させてもらう!!今までの夜会への無断欠席、私に隠れての逢引き、そして極めつけに彼女、シール・ドミニファ令嬢をいじめた罪によってだ!!!」
不本意ながらも我が婚約者である、ノーツ・イツモヤ皇太子殿下から、信じられない言葉が飛び出したのだった。
「……はぁ」
聞き間違えだろうか?国王陛下の指示と諸々の理由から、私が前線帰りであるということがまるで頭にないのだろうか?
現時点の私では誰に嵌められてのかなんてわからないし、それ以上にこの雪辱を晴らすことだけが頭の中を占めてしまった。
よって、私が起こした行動は、
「よって、この婚や……ウヒィィイ!!!」
突撃である。彼を昏倒させ、国王にそのまま直談判しに行こうという算段であった。
しかし、この行動は思わぬ伏兵によって妨げられてしまう。
皇太子の口を黙らせようと瞬時に取り出した我が槍の峰打ちは、後ろにいたシール嬢の盾によって防がれていた。
意味が分からなかった。贅沢は言わなかった。愛しい家族と、屋敷の皆がいれば、それで満足していた。それなのに……
父の横領が発覚したというのが、五年前のことだった。その真偽は今となってはわからない。私にとって確実だったのは、もう、家族や屋敷の皆とは一緒に居れないということだった。
「どうして……?」
真偽は確かにわからない。それでも、優しくて、勇敢で、私が自分の人生について悩んでいた時に真摯に向き合ってくれたあの父を疑うという選択は、私にはなかった。
この時から私は、シール公爵家の誇りを背負っていた盾に、王国や大半の貴族への逆襲という憎悪を背負わせてしまった。
初撃を思わぬ形で止められてしまった私は、その反動を活かして後ろへと下がった。
「その盾は今でも健在であったか、シール嬢。しかし、そなたとこのような形で相まみえるとは……」
【我が盾よ守れ】、シール家に伝わる神器を両手で展開させ私の前に立ちはだかった彼女は、戦場にいた時を思い出させるかのような殺気と視線を向ける。
「戦場帰りと聞いて、少しでも疲弊していることを願っていたのだけれど、全くもって見当違いであったわね」
古くは神に仕え、時代が移り替わり王を守護し、反逆し、再建のために力を尽くしてきた神器が、今代では向かい合う形となった。
「確かに戦場帰りではあるが、疲れにより敗北するなどと、理由をつけさせてくれるほどあの場所は楽ではなかったさ」
自らの神器、【我が槍よ貫け】を再び構え、私は最優先事項を彼女の無力化に、もし不可能であれば逃走までも視野に入れていた。
「さあ、私を楽しませておくれ!」
「あなたを倒して、私は!」
会場は大混乱と化した。神器持ちの二名による戦闘は、有史以来観測されていない。何が起こるのかを期待していた野次馬達は、彼女たちによる衝撃を受けて即座に退散を決めた。
皇太子もその例に漏れず逃げ出してしまったため、その戦いの行方を、正しく追えた者はいなかったという。
そこに残ったのは……
一撃、一撃が重く、火花が飛び交う。神器同士の戦いは経験が無かったが、それでもやることは変わらない。射程を活かし、相手の防ぎづらい箇所をある時は突いて、薙いで。
それでも、彼女は体制をなかなか崩さない。きちんといなし、間合いの詰まったタイミングで反撃を試みている。
基本的な力でさえも半端ではない神器を用いた攻撃は、戦場に参加するだけで戦況を大きく変えると言われている。ゆえに、挟撃やだまし討ちを用いての戦闘、敵国の猛者との戦いというものは確かに存在したが、ここまで心を震わせてくれる戦いはそうはなかった。
やはり、楽しい!わざと軽く槍を突き、薙いできた盾を足場にして懐に潜り込もうとすると、シールは咄嗟に盾を手放し後ろに下がり、私の高速の突きを再び取り出した盾で防ぐ。
神器とは、崇めたてる者もいる程の代物だ。それを手にしたものは一切の敗北どころか、手放すことすら許されない。圧倒的な力を以てして、あらゆる戦場において勝利をつかみ取る。そんな風にもてはやされることもあるが、私はそうではないと考えている。
神器の優れている点の一つは、自らの意思で自らの手の中に出すことが出来るという点である。すっかり箔がついてしまい、常に持ち歩いているような家もあると聞くが、この特性はとても有効だ。武器の射程をごまかし、一瞬で間合いを形成できるこの特性は、戦場での私を何度も救ってくれた。
彼女、シールも同じ考えに至ったのだろうか。だとしたらとても喜ばしい。王国最強だの、串刺し女帝だのくだらない肩書を与えられ、ことあるごとに戦いを断られる近頃の私の鬱憤に、彼女は真っ向から立ち向かってくれている。
態勢を崩した私に、容赦のないカウンターを喰らわせようとする彼女だが、突如として後ろへ下がる。その場所には私の片腕が伸ばされており、そこから槍が一瞬にして形成されていた。
「楽しい、楽しいぞシール!だからこそわからない。なぜそなたは笑わない?私を出し抜き、このままいけば、私を失脚させ実権を握ることさえ望めるというのに。なぜ、全く楽しそうな顔をしない?」
素直に疑問をぶつける。私はこれほどまでに昂っているというのに、これではシラけてしまう。
「......それは
「ハァッ!」
不意をついての高速投擲であったが、流石。防がれてしまう。
「クハハッ、お見事!」
「あなたという人は、本当に勝つ事にのみ執着しているのですね」
彼女の達観したかのような声に、私は正面から答える。
「ああ、そうとも!何せこれ程楽しい戦なのだ。ここで勝ちを目指さずして何が戦士か!」
何かを諦める表情をした彼女の瞳に、確かな物を見た私は、彼女に提案を申し出た。
「シールよ、そろそろ決着といこうではないか!何せこの調子では三日三晩と続きかねない。お互いに全力の一撃を出し、それで立っていた方の勝ちとしようではないか!」
「……望むところです!」
互いに構え直す。盾を前に構え、私の全力に対して真っ向から立ち向かおうとする彼女の姿勢は勇ましく、巨大であり、そして何より美しい。この時、私は自分の立場を一切忘れ、彼女に惚れてしまったと言っても過言ではなかった。それほどまでに、凛々しかったのである。
一方の私は、構えにしても投擲の構えをしていた。右肩を後ろに、左足を前にしてまさに投げ出す直前。本来は隙が大きく、前線での構えには程遠いものではあるが、彼女の姿勢を見て、自らの最大限の力を出すことに決めた。
決着は、目前であった。
「さあ、来なさい!数多の戦線を崩してきたというあなたの初撃、その伝説を、今ここで終わらせてあげます!」
一切の遠慮をせず、我が伝説を、ただ一撃のために振るった。
自らも前に進んでしまいそうなほどの踏み込みと同時に、その槍は音を超え、波が生まれる。
「「ハァァァァアアア!!!」」
両者とも、同時に吠えたかのようであった。
一個人が受け止める事など前代未聞であるその一撃を、盾を、手を、腕を、胴を、脚を使って。全身を余すことなく、只その一撃を受け止めるためだけに全力を尽くす。
火花が舞う。それだけではない。大地はめり込み、貫かんとするその槍と防がんとするその盾。両者が両者とも、悲鳴をあげているかのようであった。
しかし、初撃ファーストは当然であるが、投擲である。最も威力の高いその衝撃を数瞬でも耐えれば、自ずと力がなくなっていくものであった。
一切の加減をしない。その判断が、この試合の命運を変えたのかもしれない。
一瞬たりとも耐えることから逃げなかった彼女は、突然質量が無くなってしまったことに体勢を崩してしまった。
(一体何が!?)
そこには、踏み込みそうではなく、実際に踏み込んで、手に持つ槍で突こうとするランスの姿が。
「二撃」
その後の事を、シールの意識は捉えていなかった。
だからこそ、実権を握ろうとした。遠縁に当たる子爵家に迎えられた日から、私の日々は光を失った。這い上がるために私が取った行動は、あの皇太子に接近して、我が家の地位を再び盤石なものにする事だった。
皇太子の性格を把握し、自らの振る舞いを変えた。武の一門の誇りを捨て、既に婚約まで決まっている皇太子を奪おうと画策した。
しかし、裏切ることに背徳感を覚えるらしいあの王子でも、完全に手中に収めるためには、どうしても立ち向かわなければならない相手がいた。
その相手は、我が公爵家に対して救いの手を差し伸べようとしていた武の一門、ランス家の長女、ランス・オーレリア公爵令嬢その人であった。
これ程までに神を恨んだ事はない。父が処刑されず、収監に留まった理由は、かの家が王に減刑を求めたからに他ならなかった。
それなのに私は、人として最低な事をするために、味方ですら欺こうとしていたのだ。
盾とは、王を、国民を守るためにある筈のものではないのか!?
その苦悩は、しかし日を追うごとに焦燥へと変わっていった。
他家と比べ、少しでも何か騒乱があった次にはいなくなっていてもおかしくない私では、もはや手段を選ぶ事なんて出来なかったのだ。
「人として、行ってはならないというのであれば!私は、修羅になってみせる!」
そして、その瞬間から、私は自らの思いに蓋をしたのであった。
「……負けたのね、私」
腹を槍の柄で峰打ちされていた私は、地面に倒れ伏せ、彼女を見上げる形で言った。
「いや、私の負けだ。なにせ一撃で決める事が出来なかったのだからな」
彼女は、とても楽しそうに答える。その顔には満面の笑みが溢れていた。
「殺しなさい。皇太子を奪おうとし、あまつさえランス家を、あなたを裏切ってしまった私にはもう……生きている資格なんて……」
一方の私の声は震えて、涙が止まらなくなっていた。貴族としてみっともないだの、神器の盾を有しながら敗れてしまっただの、ある意味ではどうでもいいことから何から何まで、頭がもうグチャグチャであった。
「それならば、なぜ、そなたは笑っている」
彼女からかけられたそれは、思いがけない言葉であった。こんなにも苦しいのに、笑っている筈が……
「単純なことだ。私と本気で交えて、楽しかったのだろう?」
思わず自分の頬に手を伸ばす。その頬は、間違いなく上がっていた。
「家のことや、皇太子のことは、確かに大事な問題かもしれない。だが、そなたがあの中で心から笑えなかった真の問題は、おそらく別にあるのだろう?」
笑みが、私からも溢れているのがわかる。やはり、彼女だけは私に気づいてくれたのか。人として最低なことをして、裏切ってしまってもなお、彼女は、私を理解してくれている。
「そなたはきっと……」
「私は……」
その後、何が続いたのか。それは二人にしかわからなかったという。
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