第九話 “襲撃”
「報告を。報告をしなさい、“闇を纏う聖騎士”ごちかわよ」
「…此方の地区は少しづつ片付いている。何せ桁外れな光を持つ誰かさんがいるからな、やつも思うように手を伸ばせないだろう」
「例の新しい女の子ね。私も彼女には一目置いているわ」
「そうだろう。とんでもない才能だ、“聖十二騎士”になるのも時間の問題だな」
「き、貴様!王女に向かってその態度はなんだ、無礼だぞ!」
報告の直後、突然後ろから、厳かな声が聞こえてきた。
紫を主体とした“鎧”に、兜、そして大きな太刀。この城に使える近衛隊長だが、見た目はどちらかといえば侍のような風貌であった。
「いいのよ、京。この人とは永い付き合いなの」
ごちかわが報告をしているのは、ニヤ王国王女、アム・ニヤ。ごちかわやとなかわとは永い付き合いであるが、身分的にはアムの方が上である。だが、アムはそんなことは気にしていないと言った風体だ。
「し、しかし…」
「ほう、貴方が最近任命された近衛隊長、京か」
「……私を知っているのか」
鎧の下からでもわかる、眉をひそめた顔で彼は応える。
「伊達に“聖十二騎士”やっていないさ。近衛隊長達こそが“聖城最後の砦”だからな。どのような男が新しく就任して、どのような者達がいるのか確認をしておかないとな」
ニヤ王国には、聖十二騎士のうち一人と、6組の近衛隊、つまり6人の近衛隊長とその組それぞれに属する24人の上位騎士、そして約64人の中級~下級騎士が在籍している。この世界を分ける12の共和国は基本的にこのスタイルであるが、兵の量で言えばニヤ王国はかなり多いほうだ。
ごちかわは別にニヤ王国直属の聖十二騎士ではない。近くまで調査をしていた道すがら、交流の深いニヤ王国へと(近況の報告という体で)遊びに来たのだ。
ちなみに、ニヤ共和国直属の聖十二騎士はとなかわである。
「我らに不安があると?…品定めでもしているつもりか?」
上述の城を守る騎士団のうち、特に重要な近衛隊長。その京を品定めするような彼の発言に、京が物申す。
「おやめなさい、京」
「は。申し訳ございません。」
王女の宥める声に、瞬時に跪く。…強い忠誠心が伺える。
「違うんだ京よ。そういうわけじゃないんだ、まあ、半分は合っているんだが」
「……半分?」
「俺は、いわゆる“猛者”とはどうしても一度戦ってみたいタチなんだ。特に未知数の相手とはな。つまり、お前の言った品定め、というのもあながち間違いではないが。」
「…何だと?我々は個人的な諍いは禁じられているのだ」
「いいじゃないの、ほんの少しくらい」
「王女様…!しかし…」
本来、王国ニヤ直属の騎士同士での戦いは特別な事情を除き禁止されている。
ごちかわはニヤ直属の騎士ではないが、それでも、風潮として基本的には手合わせはしない、というのが一般的であった。
突然の申し出のため、京は何を言っているのだとばかりにハネのけたが、いい意味でも悪い意味でも緩いアム王女はそれを許可した。
「ははは、貴方も十五年前から変わらないな。好奇心旺盛なお姫様め」
「うふふ、貴方もね」
「…承知しました。“魔門 京”の名において、ごちかわ殿との手合わせ、承ろう」
笑い合うアム達をよそに、周辺の騎士が淡々と手合わせの準備を始めた。
京も腹を括っている様子だ。
「……そうこなくっちゃ」
準備は面白いように早く進み、あっという間に“試合”が出来上がった。
「それでは、手合わせを開始いたします。」
兵士の一人が鋭い声で言い放つ。すぐさま、“開始”を知らせる太鼓の音が響き渡った。
刹那。ガキン、と大きな剣の打ち合う音が響き渡る。
……読み合いは五分か。どうやら向こうも、早々に終わらせる気のようだ。
合図と同時に両者が前に出て、いきなりの一太刀を浴びせたのだ。互い違いの剣の向きは、お互いの剣が斬り込みの角度まで同じであったことを示唆している。
ううむ。それにしてもこの俺と力で渡り合うとは、なかなかにおもしろいな。…それにこやつのこの闘気、まるで魔獣を彷彿とさせる。堅苦しく厳かなイメージとは真逆だ。
二人はいったん距離を取り直す。また、読み合いが始まった。
「すまぬが、読み合いは好かん。早々に決めさせて貰うぞ」
京が再び太刀を振り上げた、その瞬間、ウー、ウーといきなり大きな警告音が鳴った。
「し、襲撃だーーー!!!」
ドアを大きな音を立てて開けた兵士が声を張り上げ、“襲撃”を知らせていた。
この城は、魔物の住処から比較的近く、頻繁に襲撃が来るのだ。そのために、この城には特に多数の騎士が在住している。
先程紹介した兵力は、基本的に城を襲撃から守るためのみの兵である。それだけに、あれだけの量の兵士を揃えているとなると、かなりの頻度で襲撃されることがわかるだろう。
「間が悪い、襲撃が来てしまったか。……どうやらこの場は、一時お預けのようだ。私は襲撃場に急ぐ」
「…分かったよ。襲撃なら仕方がない。…どうせなら俺も行くぜ。」
京が目を丸くした。いいのか、という顔をする。
「どうせ俺が帰還するのは明日だし、俺が残ってやれることは限られている。俺が撃退に参加する義務はないが、手伝ってやるぜ」
本部への襲撃は、よほどの緊急ではない限り、近衛隊長以下のメンバーが向かう。聖十二騎士はそのほとんどが、その場に居合わせても撃退には参加しない。面倒な襲撃への対処義務を免除されているのだ。
そのことにあやかってか、稀に、城が壊滅寸前になっても我知らぬ顔をして動かない聖十二騎士もいたようだ。
「…其方が加勢してくれるのならありがたい。…襲撃の間は呑気に休憩しているタイプだと思っていたのだが、誤解していたようだ」
「だろ?俺は意外とマジメなんだぜ」
そうこう話しているうちに、城門の前に出た。
…空に、毛玉のような、花の蕾のような形をした、黄色い球体が大量に浮かんでいた。この城を目指し、いくつかが突撃してくる。
「奴らか…」
「ううむ。これはまた厄介な奴らだな…やっぱり帰っていいか?」
「…駄目だ。ここまで来たら最後まで付き合え」
「ちぇ、分かったよ」
城を襲撃してきたのは、大量の“ツボミザワ”。
倒すと一定の確率で“分裂”する魔物で、運が悪いと上級騎士でも手を焼く。
逆に運が良ければ、一体程度ならちょっと力の強い一般人でもどうにかできることもあるのがまた厄介なところだ。脅威レベルがはっきりしない。
空から一直線に飛来する“突撃”は厄介で、当たると普通の人なら大怪我は避けられない。大量に来ると、その場の全員を守ることに手を焼く。
京はすぐに退治に向かった。ごちかわとの手合わせでも見せた轟轟しい闘気を纏い、とてつもないスピードでツボミザワを斬りつけていく。
ううむ。凄いな。手慣れている。
訂正しなければならん。魔獣のような、どころではない。龍のようだ。
剣のひとつひとつが正確であり、斬った後に“紫炎”で分裂を抑制している。
分裂のすべては防げないが、効果はかなり高い。
さらには、その剣の動きのさなか、敵の移動の法則を瞬時に見抜き、彼の必殺呪文である、
“紫覇龍怨貫砲”で的確に射貫いている。
判断力が凄い。この若さで近衛隊長になった所以である。
「…俺、いらないかもなぁ」
「何を言ってるんだ!早く加勢してくれ!」
…怒られてしまった。
仕方ない。一対多は不得手だが、やるしかないか…
撃退戦から、かなりの時間が経った。幾度も分裂するツボミザワに、他の騎士もほとほと困り果てている。ごちかわと京がいてもなお、倒し切るのには時間がかかりそうだ。騎士たちには、遠目にも疲弊が見えた。
そこに…。
「…うお!?!?お、おいおいおい!!お前!!!!」
ごちかわが、隠れている誰かに気が付いたようだ。
謎の男は、紫色の髪を後ろに二つに纏めた、科学者のような風貌をしている。
「オ、OHゥ…。どうやラ、見つかってしまったようデースネ…」
「て、てめえ!こんなところでまた性懲りもなくツボミザワを増やしやがって!!これはお前の仕業か!!ええ!?」
「OH、チガ~ウんですヨ、ワタシハ…」
「お、おい、そいつ、知り合いなのか!?何者だ」
「何者も何も、“ツボミザワ”の生みの親、ツーナ=シャーケ伯爵だよ。」
「ご、ごちかわさン~、ワタシの正体をバラすのは困りマ~ス…」
「な…!?あのツーナ伯爵だと!?し、指名手配犯じゃないか!すぐに連行する!」
「まあ焦るなって。こいつはあのツボミザワを造った男。今、これ以上に頼りになる奴はいないぜ」
「…イヤ、アナタが一番焦ってましたけどネ…」
ツーナ・シャーケは、過去、低級の魔物を撃退するための、自動で魔物を撃退する量産型ロボットを作ろうとした。そうすれば、戦闘の不得手な若者が無理に魔物退治に駆り出されないと考えた。
しかし、結果は失敗。コスト削減を限界まで図った結果、ロボットを操縦するAIの知能がかなり低く出来上がってしまい、魔物、人間にかかわらず周辺の者すべてに無差別に突撃するようになってしまった。
戦闘に役立つはずだった能力も、今や邪魔になるだけ。魔物を退治するつもりが、魔物を生み出してしまったのである。
その責任を追及されたツーナ伯爵は研究室から逃亡し、お尋ね者の身となってしまったのだ。なんとも、悲しい物語である。
「まあいいさ。ツーナ、例のやつを頼むぜ」
「…良いのですカ?相当な量ですケド…」
「じ、事情は分かった。この件が片付くまでは捕えないと約束しよう。…例のやつとはなんだ?」
「こいつはな、ツボミザワを一つにまとめることができる。一つにまとまったツボミザワは単純に纏めた数だけ強くなるが、それ以上分裂はしない」
ツーナ伯爵はせめてものの罪滅ぼしにと、ツボミザワを消し去る研究に没頭した結果、ツボミザワを纏められるようになった。…しかし、前述のとおり、纏めた分だけ強くなるためにすぐに解決には踏み切れないのだ。
「な…なるほど。それは便利だが、倒せるのか?」
「なに、俺たちなら問題はないさ。まあ、五十体集まった程度でも、上位騎士を軽くのすほどの力はあるけどな!」
「な、なんだと!?」
「デハ、行きマスヨ~~~」
「<“蕾喿大集結”>!!!!」
「ま、待てっ……!」
ツーナ伯爵の詠唱により、周囲のツボミザワが一気に集結、そして、巨大なツボミザワが現れた。
「で、でかい!!!…とんでもないことをしてしまったかもな…」
「く…やるしかないか…」
二人同時にさっそく、巨大化したツボミザワに向かって突撃する。京も観念した様子だ。
「こいつは、移動距離自体は変わってないんだ。力はとんでもなく強くなっているが、よほど密着しない限り、のろくて攻撃を食らうことはまずない」
「成程。ならば距離を開けて少しずつ叩くのが良いのか」
「そういうわけでもないんだ、キョーちゃん。この馬鹿でかい図体だ、城から離れているとはいえ、時間をかけすぎるとこの辺一帯が壊滅するぜ」
「ぬう…やはり一筋縄ではいかないか…。あと、キョーちゃんはやめろ」
二人が矢継ぎ早にツボミザワへと斬りかかる。
…効いている。幾度も切り刻まれ、ツボミザワが苦しそうな声をあげる。
「この調子だ!どんどん斬れ!」
「了解した、だが、この調子で本当に倒せるのか?」
「大丈夫だ、俺の見立てでは、もうすぐーー
言いかけたときに、削られたツボミザワの中心に、赤い球体が見えた。
「ーーやっぱりな。そろそろ見えると思ったぜ」
「…あれは…?」
「“核”だ。普通のツボミザワのは小さすぎて見えないが、巨大化させると核も大きくなり見えるようになる。普通のツボミザワだって、核を斬れば再生はしない。だが、小さすぎるのと位置がまばらゆえに、仕留めきれないんだ。」
「分かった。つまりはあの赤い球体を斬ればいいのだな」
京が核に斬りかかろうとしたその時、核から紫色のビームが放たれた。
「なっっ……!?」
すんでのところで回避したものの、着弾したビームの地形の削れ具合を見るに威力は相当なもの。もし当たっていたらどうなっていたか————。
「核からは侵入者を感知して狙撃する機能がついている。本来は遠隔操作をしようとするウイルス対策だったが、ツボミザワが大きくなるとその力も増大するんだ。」
「さ、先に言ってくれっ!」
ううむ。それにしてもどうしたものか。あの威力と速度のビームを避けつつ核を削るのは危険だ。だが、今決めないと…。
そうこう迷っているうちに、巨大化ツボミザワはどんどんと進む。木々を薙ぎ倒し、倉庫を踏み潰す。まだ誰も犠牲になってはいないが、人々や家屋が犠牲になるのは時間の問題だった…
「く…、どうしたものか…」
京も何発か魔法を遠距離から放つが、核はツボミザワの魔力を司る中枢部ゆえ、魔法に対する耐性はかなり高い。
剣での攻撃が有効であるが、近づくのはかなり危険だ。
迷っているうち、ごちかわが途端に恐るべき提案を出す。
「…京。お前の“紫覇龍怨貫砲”を、後ろから俺に向かって撃ってくれ」
「な、何だと!?血迷ったか!?」
傍には、とても意味のわからない提案であった。しかし、それを言い放つ彼の神妙な顔が、それが真剣な提案であることを示唆している。
「いいんだ!早く!頼む!!!」
まっすぐと、目を見据えて頼んだ。
何が狙いかはわからない。だが、その願いに、京が応えた。
「…ええい、ままよ!!!」
「<“紫覇龍怨貫砲”>…!!!」
京の放った呪文は、恐ろしい速さで進む。それと共に、ごちかわは一体化した。恐ろしい速度を得て、前に進む。
く…、体の負担がヤバい。だが、もうあと少し…。もってくれ…。
ごちかわを携えた“紫覇龍怨貫砲”は、核の撃退用ビームを突っ切り、核へ到達した。
剣を振り上げ、斬りかかる―――。
「…これが、俺たちの力だ!!!!!!!」
核を両断する。瞬間、ツボミザワははじけ飛び、粉々に消え去っていった―――。
「…ははっ、俺たち、なかなか相性いいのかもな」
「…そうだな」
何だ。一体。こいつは少しおかしい。もっと他に考えられる方法などあっただろうに、迷わずあの方法を選択した。
“聖十二騎士”は、圧倒的な実力を持つ者しかなれない。ならば彼は。今回の戦いを見る限り、そこまでの実力は感じなかった。しかし。しかしだ。現にこいつは勝っている。最善の方法で解決している。何だ。一体、奴は何なのだ。
…我ら近衛隊長が、“理を護る者”とするならば、聖十二騎士は、一体―――。
……………………………………
「ありがとう、貴方達。王女アム・ニャの名において、深く感謝申し上げますわ。」
「いいってことよ。」
「とんでもございません。王女様直々の賛辞を賜り、私も光栄に思います」
「…さあ!!!堅苦しいのは終わりにして、解決したなら宴会だ、宴会!王女様、酒はあるんだろう?」
「うふふ。貴方が来る日ですもの。大量に用意しているわ」
「ははっ、さすがだぜ。キョーちゃん、お前も今回のMVPだ、呑みまくるぞ!」
「い、いや私は…」
「つべこべ言わず、来るんだ!!!」
「だ、だから私は、これからの業務が…………!!!」
……宴会は朝まで続いた。
「うっぷ…飲みすぎた、吐きそうだ」
「大丈夫か…。…あれだけ呑んで生きていることにびっくりだが…」
「だ、大丈夫さ、な、なんとか…オエッ」
「…」
「…ま、またな、キョーちゃん」
「キョーちゃんはやめろと言っているだろう!!
……まあいい。また会うことがあれば、今度は此方が助太刀致そう。さらばだ」
苦しい顔で手を振り、馬車に乗り込んだ。
ううむ。なんだかんだ二週間を過ぎてしまったな。一刻も早く帰らなくては。
…それにしても飲みすぎた…。
ごちかわを乗せた馬車が、あっという間に地平線の向こうへと消えていく。
その時、京の心にあったのは、別れの寂しさでも、これからの懸念でもなく、ごちかわが“馬車酔い”してないかどうかの心配だった。
……………………………………
「…オ、OHゥ、どうやらワタシ、忘れられてるみたいデースネ…捕らえられなかったのはラッキーですガ、これはこれでショックデース…」
更新が遅れて申し訳ありません。
出演したい、といっていた人たちのうち、何人かに出演していただきました。
まだ何人か出演していない人もいますが、出演の順番、現時点での出演の有無は特になにか関係があるわけではありません。
何人かはTwitter上の名前を少しもじりました。
※なんで共和国に王女がいるんだという至極真っ当すぎる意見をもらったので、「王国ニヤ」へと変更いたしました。