第八話 “ピクニック”
のどかな、春の晴天の日差し。
自然の木々のたおやかなにおい。頭上からかすかに聞こえる鳥のさえずり。
穏やかな森の風景がそこにあった。
慣れた足で歩き、ひときわ広い場所で、となかわは風呂敷を広げる。
「ん~~~!いい天気だ。絶好のピクニック日和だね」
「はい!……でも、いいんですか?“金喪斬刀”を発現させてから、全く修行をしていませんが…」
真面目な彼女の問いかけに、にっこりと笑みを浮かべる。
「いいんだよ。むしろ、“金喪斬刀”が発現したからさ。疲れもたまっているだろうし、“光の力”もたくさん使っただろう。今日くらいは、ゆっくりするといいさ。……ごちかわも、まだ帰ってこないだろうしね。」
納得したような顔で小さく頷く。
先日の殺伐とした雰囲気が嘘のように、のどかで平和な風景が広がる。
ふと、雀が一匹、モザちゃんの元へ寄ってきた。
人間慣れしているのだろう。モザちゃんが視線を向けても、そこから微動だにしない。
「……かわいいっ」
モザちゃんが指を雀に寄せる。意図を汲み取ってか、雀はぴょこんと指に乗ってきた。
うふふ、と思わず笑みを漏らす。ちらりと後ろを見ると、となかわがパンくずを渡してきた。小さなパンくずをさらに細かく分け、手のひらの上に乗せて雀に差し出しす。
嬉しそうな声をあげ、一気についばみ始めた。
本当に、穏やかで、いい日であった。
「用意がいいんですね」
「なにがだい?」
「ほら、こうしてパンくずを持ってきて……鳥たちにあげる用だったんでしょう?」
「まあ、そうだね。」
となかわが口笛を吹くと、小鳥が4,5匹寄ってきた。
「小さいときに、この子たちとこうしてよく遊んだんだ。……さすがに、おなじ子はいないだろうけどね」
一瞬物憂げな顔をすると、おもむろに立ち上がり、
「でも、本命はこっち」
この辺りは、よく整備されていて広く、まるで大きめの公園のようになっている。
「おっ、こんなところに、池があったんですねっ」
「ここの鯉にあげるためだったのさ。……昔は、鯉のエサをすぐそこで売ってたんだけどね。」
ばっ、とパンくずを撒く。
スクランブル交差点のように、鯉が一斉に群がり、ついばみ出す。
「パンくず、食べるんですね」
「食べるんだよ。こうやってたまに、エサをやりに来るんだ。こののどかなひとときが、とても心地いいんだ。」
二人して、顔を見合わせて小さく笑った。
「さて、いい感じにお腹も空いてきたことだ、昼ごはんにしよう」
「待ってましたっ!」
となかわさんは、料理がすごく上手だ。本当においしい。
このお弁当が食べられるということだけでも、ここに来た甲斐がある。
腰を下ろし、さっそく、お弁当箱の紐を解く。
出てきたお弁当箱の、黒い蓋が日光を反射してきらきらと光っている。
蓋を開ける。
風呂敷の上に、花が咲いた。
「「いただきます」」
二人して手を合わせる。
モザちゃんが一番初めに手を付けたのは卵焼きだ。
つまんだ箸先でわずかにぷるぷると震えている。表面は鮮やかな黄色と薄いきつね色。口に入れると、かすかな歯ごたえののち、口の中でとろけるような感覚、そしてほんのりと甘い匂いが香る。遅れて、白だしと卵本来の旨味が押し寄せてくる。
となかわの卵焼きの作り方は少々特殊である。
四角いフライパンに、油代わりのマーガリンを塗ると、加熱して固まりだした卵を、トントン、トントンとフライパンの柄を叩いて丸める。まるでオムレツのような作り方だ。
卵には砂糖と白だし。ごく少量のミルクを入れ、ほんのりと表面の一部がきつね色になるまで焼き上げる。
その旨さたるや________。
「ん~~~~っ♡」
満面の笑みで卵焼きをほおばる。その様子を見てかすかに微笑んでから、となかわもお弁当に手を付けた。
カリッ、と気持ちのいい音がする。
皮はカリカリで、その中身はジューシーな肉汁とともに噛み応え抜群の鶏肉。噛むたびに、旨味が口全体に広がる。
ガーリックパウダーやすりおろし生姜、鶏がらの粉などを袋に入れて一晩中漬けた鶏肉を、サラダ油にごま油を加えて揚げ焼きしたものだ。
「いい鶏肉、使ってますね。」
あっという間に卵焼きを食べ終わり、モザちゃんも唐揚げに手を付けていた。
「でしょ」
にっこりと笑いかける。
「私、よく食べるものは、唐揚げの味わいを消してしまうほど、濃いタレや多く胡椒のかかった唐揚げが多くて、それはちょっと苦手なんですが……、
これは素材すべてが、調味料として使ったおろしニンニクやだし醤油に至るまで、程よく調和しててーーー。」
うん、うんと彼は満足げにうなずく。
「まるで、味わいの四重奏。素材、調味料、漬け込みの時のすりおろし生姜の突き抜けるような香りや、そして揚げるときに使った油まで、すべてが主役で…それでいてその誰もが出しゃばりすぎず、完璧なバランスを保っていてーーー。」
一息つき、
「とても、おいしいですっ」
ふふっ、と微笑みながら言う。
これだけ言っておいて、最後においしいです、と。
となかわも思わず苦笑いだ。
「えへへ、本当においしかったので♪」
「ふふ、まあ、いつもおいしそうに食べてくれるからね。頑張って作った甲斐があるよ」
……………………………………
…………ずっと、こんなのどかな毎日が続けばいいのに。
空を仰ぐ。眩しい陽の光に、軽く目を細める。
はるか遠くに、いわし雲が見えた。明日は雨になるのかな。
ぼんやりと、横目でとなかわの様子をちらと見る。
……きっと、となかわさんも同じ気持ちなんだろうね。
こんな、あたりまえの幸せが、あたりまえに享受できるように………、
私は、明日も───。
うつろうつろ。春の陽気な心地よさと、満腹感に当てられ、瞼が重くなってきた。
すっかり空っぽになった弁当箱を軽く片付け、となかわも、すっ、と目を閉じた。
久しぶりの平和回です。
…………久しぶり……?
…平和回は今まで一度もなかった気がする、というのは禁句でお願いします……。
さて、一転して穏やかな回ですが、皆様の好みに合うでしょうか。不評になるか、好評になるかはわかりませんが、たまにこんな話を入れていくつもりです。
Twitterでの感想コメントと、「自分を出してほしい!」との要望、すべて届いております。
ご安心ください。ゆくゆく、全員出演していただきますので、乞うご期待。
更新は、毎日とはいかないですが、第一章が終わるまではできるだけ早いペースで投稿しようと思います。
不定期ではありますが、だいたい2〜3日に一回は投稿します。