第六話 “刻”
「まずは、刀を抜いてくれるかな」
外に出た二人は、本格的な伝授に取り掛かった。となかわは上着を脱ぎ、その場に脱ぎ捨てた。ポケットに入っていた銀色の家紋が落ち、その場でカラン、カランと金属音をたてる。
几帳面な彼が、上着をその場に脱ぎ捨てるなどめったにないことだ。落ちた家紋に気にも留めていない彼に、普通でない雰囲気を感じ取った彼女は、一層身を引き締める。
「…はいっ!」
その場に膝をつく。一呼吸置き、ぎらりと光る刀身を抜き出す。目の眩みそうな光。艶やかな光と剣の調和。ゆるりと剣を抜くその動作一つ一つに、並々ならぬ実力と麗しさが垣間見える。
「…うん。そうしたら、次はーーー
<“深災貫撃”>
「…………‼ぐ…あっ…‼」
刹那、青藍色の魔弾が、となかわの心臓を貫いた。
鋭い弾は、いともたやすく体を貫通する。たまらず、となかわはその場に倒れこんだ。
「ぐっ…う…」
「と、となかわさん!!!!!!…い、いったい何が…!!」
辺りを見渡す。瞬間、背後に刀身を突きつけられたような冷たい感触が伝わる。
「~~!!!!」
…青い、蒼い男だった。海の底のような深い紺色の毛髪に、ロングコート。空色のネクタイの下には、何やら歪な紋章が見える。明らかに、普通の男ではない。
彼女は、先程の感覚がこの男の“殺気“であると瞬時に理解した。
「とっ、となかわさんに何を…!あなたは一体……!」
彼女の一言に目もくれず、彼は剣を抜き、出し抜けに斬りかかる。
次縹色の長い刀身。まるで河川を流れる流水のように滑らかに、その刀身が彼女に迫る。
「う…!!!」
すんでのところで防御ぐ。流水のような剣戟でありながら、その威力は嵐の洪水を彷彿とさせる。
な…何この人…一切何も答えてくれない…容赦もせず斬りかかってくるし…
そっそれにっ……となかわさん………そんな…
矢継ぎ早に放たれる斬撃を、気おされながらも捌く。ガキン、ガギンと鈍い音が周囲に鳴り響く。
十七撃目の打ち合いの終わり際、男の剣戟に合わせるように後ろに回り込み、反撃を図る。
「!!!う……っ!!」
その動きを読んでいたがごとく、男の蹴りがモザちゃんを打ち抜く。防御が間に合わなかったか、後ろによろける。
その隙を、男は見逃さなかった。一瞬にして間合いを詰めると、刀身は彼女に深く食い込んだ。
「…………!!!!」
こ…この、人…一体……
「…………フン」
男は、その場に倒れる彼女に冷ややかな目を向け、踵を返す。
…歩き出そうとした刹那、倒れたはずの彼女が瞬時に起き上がり、二本の剣で斬りかかった。
「…………!!」
その男も驚いたような表情を浮かべ、済んでのところで防ぐ。
「手ごたえがあったと思ったのだがな」
「…やっと、口をきいてくれましたね…!」
「…………」
男はまた、押し黙った。構わず、話を続ける。
「コレで防いだんですよ。剣が私の胸に届く刹那、さっきの打ち合いで飛んだ金属片をよりしろに形成したのです。」
“光の剣”。危険を感じ取った彼女は、それを防御技として使ったのだ。万物依り代なくては成り立たない。モザちゃんが光の剣を作るには、何らかの依り代が必要であった。
普段は岩や石ころで代用しているが、今回は打ち合いの際に浮いた金属片を利用したのである。
並外れた判断力と錬成力のなせる業であった。
…それでも。
「手の内を晒してよかったのか」
「問題…ありません…!」
傷は深い。そして、二度も同じ手は通用しないだろう。依然、窮地に立たされていることには変わりはなかった。
…倒れてたまるか。
…敗けてたまるか。
…となかわさん、の仇を…!
<“聖煌双百花繚乱”>
靈煌剣ハルヴァバードと光の剣を、二対の剣で十字架を作るように持ち、男に斬りかかる。
だが…
男のぬるりとした動きを、剣が捉えきれない。幾何の剣戟が、儚く空を切る。
「流水を斬れる剣など無い。激流を制するは流水也。」
受け流した剣戟の流れのまま、男は反撃に出る。
不安定な体制のまま、彼女はそれを防いだ。“知って”いたのだ。通らないことなど。
“聖煌双百花繚乱”は、防御においても強い。相手の反撃を警戒しながら差し込む技なのだ。
「ありますよ。ここに」
一転、彼女が笑みを浮かべる。男の第二撃を難なく防ぐ。
まるで、そこに反撃が来ることが読めていたかのように。
「…なに…?」
にこやかな笑顔でこくりと頷く。その顔には、胸の深い傷は感じられない。
<“聖大波両断”>
「『モーゼの海割り』って知ってます?割れるんですよ。水って」
”稀代の天才”モザちゃんが簡単に倒れるはずもない。すでに止血は完了していた。
モザちゃんは、この一瞬で自らの光をありったけ集め、巨大な剣を形成したのだ。
そして男をそのまま両断しにかかる。逃げ場は、ない。
「…………‼」
防御が破られ、男は大きく吹き飛ぶ。
間髪入れずに、倒れかけの男に斬りかかる。
「…若いな」
しかし、それはいとも簡単に防がれた。
…男はわざと食らったわけでも、食らって平気なわけではない。
モザちゃんの剣戟が、無意識のうちに手加減をしていたのだ。
……だめだ。
たとえとなかわさんの仇といっても、倒さなければやられると分かっていても、これ以上はできないよ…。
生きている人間だもん。
また一転、流れは男の方に傾いた。
有効打を与えられないモザちゃんは、どうしても押されてしまう。
純粋な剣術の腕前では、男の方が上であるがゆえ、通常の打ち合いになると明らかに不利である。
じりじり、じりじりと、押されている。またも、窮地に立たされようとしていた。
その時、どこからか掠れた声が聞こえてきた。
「…………モザ…ちゃん‼」
となかわの声だ。息も絶え絶えになりながら、懸命に訴えている。
「…………!!となかわさん!!!!」
「モザ…ちゃん…!き…気持ちは、分かる…が、それでは…だめ…だ…!」
「…………傷が浅かったか…」
「…でっ…でも…!!」
「迷いが見えるな」
男の言う通りであった。この局面においても、男を倒すことを躊躇している。このままでは、たとえこのまま戦えたとしてもやられるのは時間の問題であった。
「っ…!」
葛藤。心のうちで、様々な感情が渦巻く。
「モ…ザ…ちゃん…お…怒るんだ!ごちかわの…言葉をっ…思い…出せっっ!!」
懸命に叫ぶ。
「!!!」
となかわの一言で、一瞬にして記憶が甦る。
忘れもしない。“あの人“との修行の日々は、ひとつひとつ、鮮明に覚えている。
……………………………………
『モザちゃん、どうしても、迷うのか。』
『はい……。たとえ、正しいことだとしても、たとえ、“魔物”だとしても、簡単には殺したくないんです……。』
『だったら、モザちゃん。怒るんだ。恨むんだ。』
『え…?』
『心の迷いは、ここ一番の局面で必ず悪い結果を呼ぶ。こんなやつ、俺がぶっ倒してやる、こんなことをしやがって、絶対に許さないぞという怒りの気持ちが、迷いを晴らし、力をくれるんだ。』
『私……。』
『いいんだ。無理にしろとも言わない。でも必ず、そうしなければいけない日が来るだろう。怒りによって力を引き出せれば、お前は無敵だ。きっと、誰にも敗けない』
『……怒り…………』
……………………………………
「となかわさん………!……それでも……!」
許せないよ。となかわさんをいきなりこんな目に遭わせて、遠慮もなしにいきなり斬りかかってくるなんて…。
でも…。
…でも……!
「葛藤しているのか?随分と余裕だな」
「…う……!」
「この私が、心に迷いを持ったまま倒せるような、そんなぬるい男に見えるのか」
もう、ダメ。捌ききれない…。
防戦一方。文字通り、身を守ることしかできていない。
やはり、単純な剣術では男の方が上か…。
「も、モザちゃん…!」
このままでは逆転は絶望的だと悟ったとなかわは、不安そうにモザちゃんを見据える。
すると…。
「煩いぞ、いい加減にするんだな」
男は、徐にモザちゃんから離れると、すでに倒れているとなかわを蹴り上げた。
「…………ぅ…!!」
激しく吹っ飛び、柱に頭を打ち付ける。そのまま倒れこみ、動かなくなってしまった。
「…………!!!!!!とっ……」
「貴様も、さっさと殺されていればいいものを」
「…………!!」
男を、鋭い目つきで睨みつける。その目には、はっきりと“憎悪”が浮かんでいた。
「そうすれば奴は、生かしておいても良かった。馬鹿な弟子のせいで、無駄死にだ。憐れな」
「…お前にっ……!」
「…………」
「お前に……となかわさんの何がっ……!!」
居直り、距離を詰め、剣を振り上げる。凄まじい剣戟が飛び交う。
状況は一転。男側が防戦一方となった。
まさに、“爆発”寸前だった。
にもかかわらず、男は口を止めない。
「お前たちを始末したら、次は貴様のもう一人の師匠、ごちかわとやらも殺してやるぞ。せいぜいあの世で仲良く師弟ごっこに勤しむんだな」
「………‼」
「任務から帰ってくるところを待ち伏せにして、馬車の乗客共々鏖にしてやろう。
やつは悲しむだろうな。誰も守れなかったと。そんな絶望に浸る奴の前に、お前たちの首を晒してやるんだ。どんな顔をするか見ものだな」
…男の話は止まらず、くっくっ、と嘲笑う。
「……………………………………!!!!!」
ぷつん、と、
何かが“切れる”音がした。
「何だ?師匠を馬鹿にされて、怒りでもしーーーー
瞬間。
男の身体は、数メートル先の岩まで吹き飛ばされた。
「がっっ……!?」
何が起きたのかわからないという顔のまま、見上げる。
「………………………………………」
無言のまま、真っ直ぐ、男を見つめる。鋭い眼光が男を射抜く。
今までにない、並々ならぬ気配を、モザちゃんから感じる。
「な…こ…これが怒りの力だというのか…!?馬鹿な…!!こ…こんな…!」
焦燥の表情を浮かべ、男は呟く。
「違う…。これは怒りなんかじゃない」
落ち着き払った声と顔で、ゆっくりと語りかけた。
「な…」
「"愛"の力です。
……………愛する人が傷つけられると、心が痛む。愛する人が貶されると、腹が立つ。愛する人が殺されるかもしれないと、守ってあげたくなる。
…これは怒りなんかじゃありません。“愛”なんです。」
…ああ。やっとわかったよ。となかわさん。
愛って、そういうことなんだね。
愛し合うっていうのは、抱きしめ合って、求め合って、いちゃいちゃして、
一緒に映画を見に行ったり、夜景の見えるレストランでおいしい食事をしたり、そんなことばかりじゃない。
『大切な人を、大切に思う気持ち』。それこそが"愛"。
怒りなんかよりも、何よりも、それが何より大事なんだ。
大好きな、ごちかわさん。
大好きな、となかわさん。
二人の師匠に─────。
キッと、男に向き直る。
男も、何かを感じ取ったのだろう。より真剣な表情になり、出方をうかがっている。
────今こそ、愛を伝えたい。
瞬間。
刀身が、まばゆい輝きに包まれた。
目を閉じても、照らされる。まさに、金色。
“光”というものは、同時に“影”を生み出すものだ。
だが、この光は、その影すらも照らしつくした。純粋で一点の曇りもない、本物の“光”がそこにあった。
…地面に伏したままのとなかわの顔が、微笑んでいるように見えた。
─────モザちゃん、修行の果てに。
「…………!!!!!!
そ…それは……!!!!!」
───“覚醒”の刻──────────────。
次の話はすぐに投稿します。
2/9の17時に投稿されるよう、「予約投稿」しています。
投稿する予定のものはかなり短いですが、話の切り方がどうも下手で…。
話の長さは毎回バラバラになると思います。統一性はありません。
たくさんの感想コメント本当にありがとうございます。これからもどんどん応援してくれると幸いです。