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MOZA-CHAN -モザちゃん-  作者: モザの者
第四章 ~終末に至る世界~
54/55

第九話 ”兄弟”

「……以前、我らが王女より、其方の過去をお伺いしたことがございます」


「はは、お喋りだな」


これまでの、かつての仲間たちに向けていた、飄々とした微笑みではなく、

ここにきて初めて、目を細めた。それは心からの笑顔のように。


「今一度、問わせて頂きます。……既に答えはあるようなものですが、それでも。其方は……王国のために日々奔走し、国を民を守るために闘った……となかわ殿は、全て、嘘なのですか」


「うん。嘘だよ、何を今更……」


この惨状を前にしても、京はまっすぐにそう問いかけた。そうして……


「……認識しました。では……となかわ殿……」


甲冑の中で、目が揺れ動く。

大敵の前では、あってはならないことだ。それでも、今から発そうとするその言葉の前に、目が、唇が震える。


「……アム王女への愛も、……嘘、なのですか……?」


これまで、如何なる大敵にも、困難にも、まっすぐに立ち向かってきた近衛隊長。

そんな彼らしくもなく。震える声で、ゆっくりと問いかけた。


となかわは、少し沈黙している。

その側に寄るのは、一つの人影。


「……王女……!!」


「あら、京。なんだか久しぶりね」


この期に及んでいつも通りなアム。

そこにあるのは、一種の不気味さだ。

彼女の穏やかな話し草は、あの穏やかな空間だから居心地がよく思える。

だがこの凄惨場において、それは心地よくなりえない。


京が、一歩後ずさる。

その行動に反し、かつて敬愛したとなかわを、静かに睨んだ。


「…………京。確かに、僕のすべては嘘だ。さっきも、つい数十分前も説明した通り。皆を守るための聖騎士という姿も、騎士たちの修練を指南する姿も、自然を愛し、この世界のために闘う姿も、すべてが偽物だ」


京は動かず、話を聞き続けた。


「…………でもね」


となかわの手が、傍らのアムに伸びる。


「く……!!王女……!!」


危険な香りを感じ取ったか。京の腕も、また前へ……


「───この愛だけは本物だよ」


……京の腕がとなかわに伸びる前に、

となかわが、アムを抱き寄せていた。


「……ふふ」


「は……」


京の腕が、だらりと下がる。

少しの安堵。安堵している場合ではないのだが、それでも少し、ほんの少しほっとした。

そうだ。彼は昔から………

彼が、本当の自分を見せる時はいつも……。


「……京。騙してごめんなさいね。となかわの真の計画はずっと前から知っていたけど、みんなには言わないでいたの。……誰にも、誰にもよ。ま、となかわと違って、私は私で国のために動いていたけどね」


「……ふふ。お茶目心で、つい口を滑らせてしまったらどうしようかと思ったけどね。それでも、君を信じてよかった。……バラされても、()()()()()になら別にいいしね」


「……王女」


色々な気持ちが渦巻く。

脳裏に浮かぶのは、聖騎士として過ごした、10年以上にわたる日々。

王女と、聖騎士の笑顔。

聞きたいことは、他にも山ほどある。

だが京は、最後にこれだけを、絞り出した。


「……容認していたことは許されるわけではありません。ただ……この渦中でも私は安心いたしました。王女は、潔白なのですね」


それは質問というより、

祈りに近い一言。


アムは、少しだけ口を噤んだ後、


「私は……潔白なんかじゃないわ。京。私は悪魔に(たましい)を売った。人様に言えないことを、たくさん、たくさん、してきた……この地位のため、あの王国のため。”王女アム・ニヤ”もまた、すべてではないけど、嘘に塗り固められた偶像なの」


「…………王女……」


「……おかしいなあ」


となかわが、アムを抱いたまま、静かに語り掛ける。


「……え?」


「君の心は、既に僕が奪ってしまってるはずなんだけど。無いものをどうやって売ろうって言うんだい?王女というものが、規約違反じゃないか」


「……となかわ」


「それに売る相手が悪魔なんて、なんだそれ。そんなものに、僕の大切なアムちゃんの心は奪わせてなんてやれないね」


「……!!」


アムが、俯いていた顔を上げた。

そして抱き寄せられていたその腕に、ぼふ、と顔をうずめる。


「……暖かいなあ」


京は、その様子を、ただ静かに見つめていた。

その時。


─────倒せ、今のうちだ。


「……!?」


声が響く。一体、どこから。


「さて。とても名残惜しいがアムちゃん。さっきまでのように、少し離れていてね」


「……分かったわ。貴方に、幸あらんことを」


─────さっさと襲い掛からんか、こんな隙はそうそうないぞ。


「…………」


再び、響く声。

京はやっと、この声の正体を理解した。


懐かしい、穏やかで鋭い声。

むしろ、これまで聞こえなかったことがおかしなことだろう。


京は静かに、剣を構えた。


「……長話になってしまったね、京。さあ、やろうか」


─────ほら、早く掛からぬから、構えてしまったではないか。


「いや、今でいいのだ。むしろ今でなければ、王女が離れ、その安全が確保した今でなければならぬのだ」


「……ん?なんの話、だい?」


絶妙にかみ合っているような、かみ合ってないような返し。

急に口調が変わったのも気になる。正式に、僕を敵と認識したということか?それなら、面白いけど。


それには答えず、京は剣を振りかぶる。


「おおっ……!!!」


一閃。

紫色の気炎が、辺りに散らばる。

その剣閃は、その心を映すように、鋭く真っすぐだった。


渾身の一撃が、となかわの、すぐ前を掠める。


「いい振りだ。だが、半足分届いていないよ。君らしくもない」


勢いそのままに、体をねじり、横薙ぎの斬撃を放つ。

<“暴鐵一閃(ハルバロア)”>と同じ要領だ。

……不可解なのは、それが、()()姿()()()()()繰り出されたことだ。


一撃目はとなかわに届いていない。

その体勢のまま体を捻って打ち込んでも、届くはずはない。先程の焼き直しのように、剣はとなかわの少し手前を通り抜ける。


「……?」


京の打ち筋からは、考えられぬことだ。

前へ。いつまでも前へ。それでも前へ。

退くことを許さぬ気勢。

敵の臆病心を刈り取る轟々しき剣筋。

それが、京の剣術ではなかったのか。


ぶお、ぶおんと剣を振るう音。

それはとなかわの顔の紙一重を掠めてゆく。


何を狙っている?京。


「せあっ……!!」


尚も続く紙一重の剣戟。

唐竹、右切上、左薙、逆袈裟、逆風、

次々に繰り出される剣の舞。


「……そうか。思い出したよ」


ああ。なるほど。

そうだな、京。

かつて僕と京は、こんな修練をしたことがあった────



………………



『と、となかわ殿っ、斯様な修練、ここらで打ち止めとさせて頂きたく……!』


『いいや、まだだ、まだだよ京。ここからだ、ここからが面白いんだよ』


『く……そうは、言われましても……!』


『さあ、もう一回だ』


『う、ぐう……!』


遠慮がちに、しかし鋭く振るわれる鉄剣。

それはとなかわの体の、少し前を通り抜ける。


『うーーん、()()()()()いけない?京。無理を言うようだけど、君の技術なら、もうちょっといけるはずなんだけどな』


『御期待に沿いたいところではありますが、私めにはもう……』


鎧の隙間から染み出る多量の汗。

剣を握る手は震えている。


『そうか……参ったな』


いい修練だと思ったのだけどな。

京に、僕を殺すことのできるギリギリまで、その寸前まで剣を振るってもらう。

僕は静かに迸る殺気を抑えながら、敵の擾乱を見極め、最小限の動きで敵を滅ぼすことができる。

京は1ミリ単位の剣の振るいを、間合いのとり方を、そして敵の()り方を実践に近い形で学ぶことができる。


『……』


誤算があったとすれば。

京は、たとえ修練となれども、僕に真剣を向けることは躊躇われるようで、

その全力の一振りが首に直撃しても多分大丈夫だろうに、

その振りにはまるで殺気が籠っていない。

狙っている場所も、急所ではない。


『ワカった、京。無理を言ってすまなかったね』


『いえ、私は……』


引け目があるのか、辞めたかったはずの修練が辞められる、その機会を前に俯いた。

……いや、これは。

()()()()なんじゃないのか、今こそが。


『じゃあ京。この修練は終わりにする。だが最後に、最後にもう一回だけ、やってみてくれ』


『う……!?』


『言うまでもないが、この大事な修練を半端な終わりにはするなよ。君を見込んで、僕は頼んだんだ。狙いはココだ。剣先と首筋の間に、一本の針も通らない程の繊細な距離感を目指すんだ』


自分の首をトン、トンと指し、狙いを示す。


『…………!!御意……!』


そして鋭い眼で、京を見つめる。

誰が観ても分かるレベルで緊張している京は、

深呼吸の後、大きく振りかぶって───


『おお───!!………っ!?』


鎧から染み出した汗。

緊張により震える腕。

ほんの少し、ほんの少しだが、強く鉄剣を握っていた京の手が、柄から()()()


『は───!!!となかわ殿……!!』


狙い通り放たれた首筋への一閃。

それはとなかわを間一髪、掠めるはずだったが、

ほんの少しすっぽ抜けた手によって、その首に轟速で差し迫る。


『そう、()()()()()があるから、この修練は実りがある』


キン、という金属音が辺りに響く。


『な……!?無事、なのですか……!?』


握っていた鉄剣の刃が、根本から地面に落ちていた。金属音は、それが小石にぶつかった音だ。

となかわの指には滅びが纏われている。あの刹那、鉄剣を側から叩き割ったのか。


いい音だ。適当な剣を見繕ったつもりだが、どうやらそうなまくらでもないらしい。


『寸止めも、難しいものだ。いつか手が滑って、加減をミスって、こうなってしまう。敵から見える微かな動き、血流、闘気から、次にどう動くか……どんな攻撃が来るか、察知する為に、これは重要なんだよ。……まあ、さっきのは、明らかに来そうだったからそんな実りにはなってないけどね』


『…………!!』


早口で語るとなかわ、そして呆然とそれを見つめる京。


『これができれば、戦場の、一刻一秒を争う場においても、各陣営の動きを見切り、最適解を導き出せる……そんな力を得られると思うんだ』


『……………となかわ殿、其方は、何処まで……』


京は重厚な鎧を着込んでいる。

その上からの動きを観察されるとなれば……


『いつか京にも、これを修得して欲しいな』


となかわは独り言のように、遠い目をしてそう言った。

京は激しく、ぶんぶんと、首を振っていた────



…………………



「なるほど……アレか。随分と懐かしいね。あの時と違って、完璧な位置調整だ。相当な修練を積んだんだね」


「………」


尚も振るわれる紙一重の剣。

少しずつ、少しずつ、その距離は狭まってゆく。

途轍もない精度だ。


「で……それがどうしたんだい?まさかこの期に及んで、修練の成果を見せたい、って訳じゃあるまい」


────京。

そうだ、それでいい。


京は無言で紙一重の剣戟を続ける。

()()の声にも、耳を貸さず。


「そして……実戦でそんなの、通るわけがないよね」


京の剣戟が迸る刹那、

となかわがずい、と前に出た。


「……!」


「……ほう」


京は切り返し、距離がかなり変わったのにも関わらず、それでもそれを紙一重に留めた。


「……素晴らしい精度だ。この場でそれに拘る理由は分からないけど」


愚直。

それは聖騎士としての任を捨て、仲間達を屠ったとなかわへの当てつけか、

それとも、王女への愛が本物だったことに対する最後の敬愛か、

いずれにせよ、どう見ても、

無意味で、意味不明な行動だ。


「うおお……!!」


またも掠める斬撃。


────京。

()()()()だ。おそらく、次はないぞ。行け───


となかわ()()、少しずつ、苛立ちの情が浮かぶ。

もはや技の精度をここまで鍛え上げた京を、褒める気など無くして。


「………。最後まで、ただの一言も発さず、ただ僕を睨んで立ち続けた。ぴくりとも体を動かさず。そうして、最後の1人になって、やることが()()か?京。頼む、もう少し()()()()に終わらせてくれよ」


そういうと、もはや終わりだとばかりに、滅びを纏った剣を構えた。

融剣は解除されている。


それを見た京は、同様に剣を構え、大地を蹴った。

…………それは微かな小揺らぎ。まず、気づかれることはない。

ほんの少しだけ、ほんのちょっとだけ、その時は踏み込みが強かった。


そして、放つのは此度の剣戟初めての…………”刺突”。

確か、<“紫炎踏突(マガ・トピュルク)”>と言ったか。


「……む」


その剣が、となかわに差し迫る寸前────


ガギィ、と響く鋭い音。

そして、宙を舞う京の剣。

”紫虎羽剣マガミドミリナ”。王国ニヤの兵士として就任以来、片時もその身から離れなかったその重厚な剣が、空高く打ち上げられた。


「……当てるつもりだったな、京…………」


弾いた剣。勿論、放たれた刺突が届くわけはない。

だが、同時に。

その剣の後方に、刺突と同時に静かに放たれた魔法撃。

<“紫覇龍(マ・ギラゴ・)怨貫砲(スバドデルガ)”>が、となかわを襲う。

戦虎の雄叫びのような、覇龍の嘶きのような鳴動を侍らせて。


「……。京、これは()()()見せてくれたばかりじゃないか。僕にこんな小賢しい真似が通用するとでも?」


煙が晴れる。

となかわは容易にその魔砲を打ち消し、その体には傷一つついていない。


「む…………?」


京の姿が見えない。

煙に紛れ、何処かから不意打ちを仕掛けつつもりか?

もしそうなら、これまでの京がするはずのない戦法だ。


「……無論、思っておりませぬ」


予想を裏切り、いやある意味では予想通り、

京が居たのはとなかわのはるか後方。

こいかわが霧散した、あの場所だった。


「……京」


「其方の眼をかいくぐり、確として此れを手中に収めるには、今しかなかったのです」


「………」


…………どんな、択だ。

僕の行動を、感情を読み切り、ただその剣を手にするために、他のすべてを犠牲にした。

針の糸を通すような……いや、針に針を通すような無謀な賭け。


なるほど確かに、僕は、あの剣を手にしようとする京を、きっと止めるだろう。


ひとつでも歯車が食い違えば、即座に瓦解する硝子の作戦。

こんな行動を、迷わずとるような男だったか?

なにか、何者から天啓をうけているような────


「征きます。となかわ殿。其方を、必ずここで(たお)す」


あの剣は、奇跡の産物だ。そこらの呪いの魔剣や、伝説の聖剣と比較にならぬ禁忌。

いくら京が一騎当千の戦士とはいえ、まず扱える代物ではない。

すぐにその体は滅びゆくだろう。…………僕とて、あれを完全に調伏し扱える自信はない。


京の手が、その剣に伸びる。


────心配するな、京。魅せてやれ、我達の力を。


また声が響いた。

そして───


「…………っ!」


咄嗟に防御を取るとなかわ。

激しい反動。衝撃を滅ぼし、今一度京に向き直る。

間髪入れず、叩き込まれる二の太刀、三の太刀。


「…………そうか。<“狂空無為顕現(メルファウール)”>。あの剣を握り、そして斬りかかったのは、あくまで可能性の京か」


あの時のように。

京が朱眼の願いを叶えた時のように。

京はあの剣を抜かず、代わりにその剣を抜いた可能性の体が、となかわへ斬りかかったのだ。


「如何にも。其方を切り裂くのは真の太刀に非ず。打倒しに征くは偽像の剣なり」


偽りの剣と言えども。

それは確かに、京の剣筋だ。

真っ直ぐな気勢。それは勿論読み易いが、

その剣の持つ力が余りにも強く、思うように打ち返せない。


「いい気になるなよ、京───!!」


だがそんな偽剣に押し切られるとなかわではない。

次々に放たれる剣戟をいなし、

迅雷に()()へと突き進む…………!!


「…………!」


数瞬の隙。

<“狂空無為顕現(メルファウール)”>の発動後の、わずかな隙を捉え、律剣が京を襲う。


「……む……!」


目の前に、ブン、と長い朱色の鎌が振るわれた。

となかわの頬には小さな傷。


「カカ、これは()()だぞ?となかわよ」


京の魂から声が聞こえてくる。

黒い手が伸び、その鎌を振るっている。


「……そうか。違和感があった。まさかそこにずっと潜伏していようとは。“魔門 朱眼”」


「カーッハッハッハ……!なんとまあ、天下のとなかわと云う者が、こんな雑兵まで覚えていてくれようとは、光栄じゃァないか!!」


「兄者よ。あまり身を乗り出してくれるな。此処から出れば、兄者の意識も存在も即座に消滅することだろう」


…………僕の”白い魂” と ”開放” とは少し違うな。

<“御天魂開闢(セルソウルゲート)”>のその性質と、純粋で対極の魂があるから成せる業。


「固いことを言うな京よ。どうせ、これが罷り通らねば我らは消滅ぞ。我と貴様で、必ずこのクソったれとなかわを打ち倒そうぞ」


むしろ、これがあったから。

京の魂の中に、朱眼が居たから。


「ああ、征こう、兄者よ」


あの剣を。

超越の剣、神・星奪濠頼剣マッシブドルヴォリィ・ヴェルヌズドルマーを扱うことができたのだろう。


「「は、あああーーーーー!!!」」


可能性の剣とはいえ。

自らが滅ぶことを承知の、捨て身の攻撃とはいえ。

あの剣を握れば、一瞬も持たず魂ごと滅びゆくだろう。僕に斬りかかるなど不可能だ。

あの剣は聖剣と魔剣が融合している。だからどんな魂とも適合しない。

だが京なら。京だけは。


「……!」


根源が魔でありながら、

王国を守る騎士として、最前線に立ち続けた聖なる姿と、

志を捨てぬ闘士として、生き抜いてきた魔の姿が、併さっている。

普通、一つの魂に聖と魔など併さりえない。だが彼なら、


「これが……」


────いや、彼らなら、


「我ら兄弟の…………」


神・星奪濠頼剣を、数秒でも振るえることができる。


「「……力だ………………!!!!」」


これまでその剣をいなし、躱してきたとなかわに、

遂にその剣先が掠める。


もう少しだ、あと少しで届く。

兄弟は、さらに勢いを増し、可能性の刃を振り続ける。


「「う・お・お・お・お─────!!!!!!!!!」」


だが届かない。

わずか数 mmのわずかな距離。

それはつい数分前の焼き直しのように。

変わったことがあるとすれば、それをどちらが仕掛けてるか、ということか。


「どうしたんだい?また、あの紙一重の斬撃かな?」


「ぬう………!!」


「な、なっ…………!!」


────神業だ。

あの剣に斬られようものなら、となかわとて無事では済まない。

こいかわ戦でそれは分かっているはず。

なのに、微笑みのまま、それを紙一重で躱している。


「う、おお───!!」


「はあ────!!」


考えてみれば当たり前の話だ。

虚を突けば、一本の剣を抜くことはできよう。


「……ふふ」


だが、その体に一太刀を入れられるほどまで、

実力が伯仲しているはずはないのだ。


「……!!」


ここには圧倒的な実力差がある。

小手先の技術や、フェイントなどでは到底埋められぬ差。


「……く」


…………そして、言うまでもなく<“狂空無為顕現(メルファウール)”>は消耗が激しい。

そして京は常に<“御天魂開闢(セルソウルゲート)”>を開放し、共闘している。


…………ただ避けているだけで、彼らには十分に覿面なのだ。


「……進め、弟よ」


「……兄者」


「進むのだ、前へ、とにかく前へ!己が信じたものを、最期まで信じ抜き…………そして、必ず、貫いて見せようぞ」


「……御意」


前へ。

食らいつくように前へ。

となかわが回避するのなら、その避け先に。

跳ぶのなら、その跳び先に。

弾くなら、その腕を────


「ふふ、スゴいな。<”開放(リアスタル)”>で顕現させているのならまだしも、<“御天魂開闢(セルソウルゲート)”>を維持したまま、ここまで動くとは。”開放”と違い、御天魂開闢では単純に()()()()が2倍になるはずなのにね。


「承知の上でございます。私も兄者も、滅びゆく覚悟はとうに決めている」


覚悟と信念の剣。

彼らは後退など知らぬとばかりに、

大地を蹴り、空を裂き、差し迫る。


そして…………


「はあ───!!」


「ぬおお…………!!」


その剣が、ついにとなかわを捉えた。


「……!!」


ズ、と刃の食い込む感触。


「ついに…………捉え…………!!」


…………瞬間。

となかわの姿が消えた。


「な……!?」


「…………倒し、たのか……?いや…………」


「…………ふむ。一体何をしているんだい?君たちは」


となかわは、二人の背後でくつろいでいた。

待ちわびた、という表情をしている。


「な……」


「…………まさか」


「……京。<“狂空無為顕現(メルファウール)”>を習得するに至ったキッカケは、何だったっけ。僕がそれを使えないとでも?」


「……我々が、相手していたのは」


「となかわ殿の………可能性の幻影」


まさに絶望。

力をひり出した先程の攻勢で、魂を、光の力を随分消費してしまった。

眼の前に見えるは無傷のとなかわ。そして、我らのみのアドバンテージだと思っていた<“狂空無為顕現(メルファウール)”>も使えるときた。


ダッ、と大地を蹴る音。

たとえ眼の前が絶望でも。視界が闇に包まれていても。

我らは進むしかない。前のみを見据えて。


それに。

こいかわのあの一撃は、効いているはずだ。

これを活かせねば、皆に合わせる顔がない。


それでも。


「く……」


「また……!」


斬撃は儚く空を切る。虚空を裂く感触しか、この腕には響いてこない。

<“狂空無為顕現(メルファウール)”>の読み合いをされると、途端に苦しい。


更に苦しいのは。

可能性の攻撃では、可能性の体を穿てないということだ。

いかに可能性の体と言えど、攻撃を受ければ未来は限局し、狭まる。

だが可能性の刃が可能性の体を切り裂いたところで、限局される未来はあまりにも薄められる。


<“狂空無為顕現(メルファウール)”>以外での攻撃方法が事実上存在しない京・朱眼陣営において、この状況はほぼ詰みだ。


「ふふ」


となかわもそれを理解しているのか。

微笑をたたえ、ただただ回避に専念している。可能性の体を使って。


「…………」


だが、侮るなとなかわよ。

この勇猛果敢の兄弟の底力を、舐めてはいけない。


「……うおぉ──!!」


となかわには、一つの解れがある。

先程、京の紙一重の斬撃からの刺突、そしてその奥の魔砲。

これを完全に看破し、備えたからと、京に剣を抜く隙を与えてしまったあの時の様に。


それはただの戯れに近いものかもしれない。

だが戯れてくれるのなら、それをモノにするだけだ。


「……<“疾空の月”>」


朱眼の脚に、ポウ、と薄青い闘気が纏われた。


「兄者……!?」


朱眼はさらに速度を上げ、となかわに襲い掛かる。


……速い。

これまで朱眼は、京との魂の繋がりが断ち切れないよう、京のすぐ近くで鎌を振るっていた。

魂のみで存在している朱眼。京から完全に離れてしまえば、すぐに消えてなくなるだろう。


離れる時があるとすれば、このように、可能性の体で突っ込む。その時は無論、神・星奪濠頼剣を携えて。

それはどちらかといえば砲弾に近い使い方だ。

”狂空無為顕現”によって迫りくる朱眼の体は、何もせずともすぐに消える。消滅のデメリットを踏み倒せるのだ。


先程の魔法は、一時的に自身の速度を上げるものか。

だがこんなもの、恐るるに足りない。


───5秒。

これまでの観察。京の魂を離れた朱眼が”狂空無為顕現”を維持できるのは、5秒が限界だ。

ブラフではない。むしろそこまで持つ方が奇跡だ。


1・・・2・・・


朱眼が神・星奪濠頼剣を振るっている。

ひらり、ひらりとそれを躱す。


3・・・4・・・


そして脳内でカウント。もう、その可能性の体は赤信号を発しているはずだ。

最後に、さらに速度を上げて突っ込んできた。そんな愚直な一撃に当たるはずもなく、

朱眼は勢いそのまま遥か後方に翔ける。


・・・5・・・。


京はどこに行った。

そろそろ、終わらせ───



ド ス ・ ・ ・


ちらと斜め前を確認したその瞬間。

となかわの体は、背後から貫かれていた。


「…………な……っっ!?」



自らに食い込む神・星奪濠頼剣の刃。

それはとなかわの反滅界を容易く打ち破り、その魂をかき乱す。


「……!!本物……!!」


「カ、ハ、ハ……ッ!遂に、終に捉えたぞとなかわよ!!貴様を殺す刃だ、受け取れい……!!」


「ぐ……」


本体か。

成程。可能性ではない本物の体なら、5秒よりも僅かに長く、力を維持できるだろう。


朱眼は途轍もない賭けに出たのだ。

初めの5秒は、これまで通りに愚直に、いつも通りの剣戟。

そして5秒ちょうどで、となかわの視界から消える。


勿論その間、神・星奪濠頼剣の力が自分に食い込む。魂が心臓がズタズタに食い荒らされる。

それでも歯を食いしばり、機を待った。

自分への意識を完全に失い、京を探し始めるその瞬間を。


……こんな作戦。

たとえ思いついてもやらぬだろう。


かつて偽りの死を経験した朱眼だからこその、

本当の死を犠牲にした一撃だった。


「ハ……後は、任せたぞ、弟よ……」


「───!」


京もまた、走りこんでいた。

鎧がぼろ、ぼろと崩れ落ちている。

一心同体であった朱眼の魂が消えかけているのだ。自身に反動がないはずがない。


それでも走る。最期まで。


消えゆく朱眼の体からぽろ、と落ちた神・星奪濠頼剣を握り───


「う……!!」


横薙の一閃が、渾身の刃が、蹲るとなかわを捉えた。

紙一重でも、掠めでもない、直撃。


朱眼に神・星奪濠頼剣で体を貫かれた直後だ。思うように回避も出来ず、”狂空無為顕現”も間に合わなかった。

となかわの上半身と下半身が分かれ、夥しい血が溢れる。


「が、はああ……!!」


カラン、カランと神・星奪濠頼剣が地面に落ちる。

担い手はもう、居ないとばかりの空虚な音。


「…………兄者」


「……あ、あ」


「やり……ましたぞ」


「…………」


もはや言葉も発せない状態だ。

最期に神・星奪濠頼剣を握った京もまた、消えゆく運命にある。


だが胸の内にあるのは、失った命と魂を埋めて余りある、莫大な達成感。


─────獅子奮迅の兄弟が、

大敵を打ち破った瞬間だった。


…………。


霞となり、消えゆく体。


そのぼやけた視界に、最後に映ったのは。


「……く。な、何故……」


京はその瞬間………もはや、

流石だ、と感じた。

ここまでやってダメなら、もはやあきらめがつく。


「………はぁ、はあ、は……」


心の底ではわかっていた。

我らが彼に敵うはずなどないと。


だがそれでも、闘い抜くと決めていたから。

事実、となかわはかなり消耗していることだろう。


「まさ、か……魂、のみの状態で……“甦・生(モ・ザ)”を……!」


「……勿論、試したのは初めてさ。京、そして朱眼。見事だった……」


膝をついた姿勢のまま、消えゆく京を見つめる。


「……あの日、心の底より…渇望、した、其方よりの…賛辞の言葉。今は、まるで、嬉しく……ありませぬ」


「……そうか」


「この命を……託します。ごちかわ殿……モザ、ちゃん、殿」


腕を小さく上にかざし、京の体は消滅した。

その場に残ったのは二人。


「……京」


離れたところから、この戦いを見守っていたアム。

その身体には高密度の反滅界が張られている。これで、衝撃を防いでいたのか。


「……く、なんて消費量だ、この魔法。本当にこの世界の魔法か?普通の人間では、生涯をこれに捧げても唱えることなどできないだろうに」


となかわが、小さく胸を抑える。

京と朱眼に躰を切断されたあの時、自分の生存を即座に諦め、自分の持つすべての光の力を周囲に撒き、それを以て“甦・生”の術式を唱えた。

となかわの死後、術式が光を発し、瞬時にその身体を蘇生する。

1秒にも満たない時。そして大部分の光の力は返ってきたが、それでも尚残る反動。


「アムちゃん。もう少し離れてい───」


「───京。想いは託された」


闇に塗り固まれた空間。

そこに来たるは、そのなかで一際輝く2つの神光。


「あ、あああっっ……!こ、こんな……!!」


「……おや、ごちかわ、モザちゃん。ご無沙汰だね。遅かったじゃないか。ちょうど……終わったところだよ」


「と、となかわ、さん……っ!!」


「……皆、すまぬ。間に合わなかった」


「ど、どうして……こんなことを……!!」


周囲を見渡す。

血飛沫。ズタズタの死体。蠢く漆黒の太陽。

これまでの間に何が起きていたか、想像するに難くない。


「どうしてって、ただの暇つぶしさ。君たちがあまりにも遅いから。もっと早く来てれば、2,3人の犠牲で済んだだろうに」


「う……!!」


「……だが、存外に苦戦したようだな。相当消耗しているだろう。今度は油断はせぬ。全身全霊を以て、俺とモザちゃんで貴様を殺す」


「ふふ……やってみるがいい。確かに君の言う通り、彼ら……の一部は本当に強かった。認めよう。だが、君の相手は僕じゃあない」


「なに……?」


「ここまで来たら、僕も我を通して、モザちゃんとのタイマンをさせてもらおう。……アムちゃん。出番だよ」


となかわがちらと後ろを見ると、

ゆっくりと、王女が歩いてくる。


「はあい、任されました」


な。

俺の相手が、アム?

なんと不可解な。

モザちゃんとの一対一をしたい、というのは理解できるが、

アムを俺と当てるというのが理解できぬ。

アムは直接的な戦闘力はそこまでだ。間違っても俺に傷をつけるには至らぬ。

そしてそれ以上に不可解なのは。

アムを愛し、心の拠り所としているとなかわが、アムを戦わせるとは、それも、この俺と。

これまでアムを戦場に出さぬと、人一倍働いてきたとなかわがだ。


「……ふふ、不思議かい?ごちかわ。知ってるか、こういう愛もあるんだよ」


「……」


「君はモザちゃんが僕と戦うことが心配かい?」


「いいや、モザちゃんなら、きっと貴様を打ち倒せる。如何に貴様といえど、消耗しきったその身体では俺のモザちゃんに勝ち目はない」


「ご、ごちかわさん」


「……そうだろう。僕も同じだ。僕はアムちゃんを信じている。心の底からね」


「……だそうだが、アム。本当に俺に勝てるというのか」


「うふふ、確実に勝てるかはわからないけどね。だけど貴方は私を殺せない。最低でも、となかわの時間稼ぎくらいはできるわ」


殺せない、だと?

たしかに情はある。長い付き合いだ。

だがこの局面で俺が貴様を殺せぬなど、そんな甘いことがあるわけがないだろうに。


「いいわ。“ごちかわ殺し(スレイヤー)”の力、見せてあげる」


アムは小さく手を開き、俺に向き直った。





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