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MOZA-CHAN -モザちゃん-  作者: モザの者
第四章 ~終末に至る世界~
53/53

第八話 "融剣"

聖剣世界随一の戦士、千聖。

かつて、大童幼好国で戦死したと思われていた剣士。


今ここに復活し、そして、また光の粒と共に霧散した。

再会と、別れの間が短すぎる。


「………千聖……」


こいかわも長い付き合いだ。ゆえに心傷は大きい。

だが、されど流星を纏う聖騎士、こいかわ。

哀しみはとうに知っている。

あの悲劇を乗り越えここにいる。


静かに千聖の残した剣を取り、となかわに向き直った。

難苦と古屋薙の痕跡はとうに消えている。


となかわがちらりとこちらを見る。

冷たい目だ。こいかわも初めて見る、目の前の命をなんとも思っていない、氷の眼。


スゥ、と息を吸い、

覚悟を決めた。刺し違えてでも、倒す。

剣を構え、大きく屈む。獲物を狙う虎の如く。


「それは……!懐かしい剣だね。“星剣ヴェルヌズ”。はは、たぶんみんなその剣の存在を忘れてたと思うよ」


「───行くよ」


大地を蹴り、星剣を手に突っ込む。

"逆風"だ。腰を低くしたまま、鋭い剣筋で斬り上げる。


そしてとなかわに差し迫る直前で体を捻り、

半円を描くように剣を振るった。

フェイントだ。となかわの背後に、剣身が迫る。


「君と戦うのはあの時以来だね。当たり前だけど、あの時よりも冴えた剣だ」


「………っ!!」


首の後ろまで迫った剣が、指で止められていた。

星剣の力を解放して押し込むも、ビクともしない。


「ところで、巷では、僕は君に対して相性最悪だと言われているらしいね。数多の滅びを経て巨きく、さらに力を増す流星に勝ち目はないと言われている」


となかわが指に力を籠める。

滅びの稲妻を纏った衝撃が、剣を伝いこいかわの肩を容易く弾き飛ばした。


「………っ……!!」


たたらを踏み、大きく下がる。

千切れかけた肩。夥しい血に塗れるも、剣はその手から離されていない。


「………周囲が、勝手に言ってるだけよ。でも、あんたの滅びの力は、私には通じないわ」


破壊された肩が、ギュル、と渦巻き、

二の腕辺りを基点として、()()する。


「ふむ」


「ごちかわほど速くは無いけれど、この程度、簡単に回復できるのよ。そして、ごちかわと違うところは────」


再び、となかわに向かい突き進む。

先ほどよりも疾く、そして鋭い剣筋だ。


今度はフェイントではなく、となかわの首を直接狙う袈裟斬りだ。


「───壊され、壊され、崩れ。それでも、輝きは絶えず増してゆく。"流星刀勢"の真髄、ここに見せてあげる」


先ほどよりも格段に威力を増した一撃。

だが、それでも届かない。ガギィ、と、おおよそ指の出すものとは思えぬ音を残し、また止められていた。


「何が変わってるんだい?こいかわ」


さっきと同じだ。全く効いていない。

だが。


「ふっっ……!!」


ガギ、ガゴ、と冷たい音が響き渡る。

上空から、真後ろから、斜め上から、真横から、真正面から、何度も何度も、斬撃を繰り返す。


「…………」


そのすべてはとなかわに軽くあしらわれる。

すべてが防御をかなぐり捨てた突進。

無論、反撃を防げるわけもなく、一撃ごとに血飛沫が舞う。


「う、おおーーっ!!!」


飛び散った血に構うな。

壊れそうな足に構うな。


気勢がほとばしる。

流星の光を纏い、渾身の力を籠める。


「<“暴鐵一閃(ハルバロア)”>……!!」


「<“暴鐵一閃(ハルバロア)”>」


同じ技だ。

体の遠心力を利用した、横薙ぎの一閃。


「……こいかわ。それは僕が教えた技だろう」


同じ技でも、威力が桁違いだ。

甚大な反動を受け、こいかわが蹲った。


「ぐ……、()()()()()?」


「………?」


その姿勢のまま、ポゥ、と光を灯す。

同時に浮かび上がる巨大な陣。


こいかわの踏み込み、加速によって顕れた軌跡。それが一つの陣を創っていたのだ。

そしてまた大地を蹴る。陣の要(中心)は、この体だ。

逼迫。零距離で、威力の引き上げられたあの魔法が光る。


「……その眼で見なさいよね、大きく膨れ上がった流星の神髄を!!……<“淵恋星(キハレーブライ)衝波(トショット)”>っっっっ!!!」


煌めく流星が降り注ぐ。逼迫した体制のまま。

着弾点の分かりやすい、鈍重な攻撃。

されど超質量の乱打。格上にも覿面なこいかわの得意技である。


「ああ、そうだ。どう足掻いても勝てない格上の相手には、真正面ではなく、搦手で落とす、相手の油断を誘う。確かに教えたね。基本の一つだ」


流星が巨大化する。その一つ一つが、必殺の力を持っている。


「でも、こうも教えなかったかい?時には、あきらめも肝心だと」


「…………っ!」


こいかわが大きく飛び退く。


「君は滅びの本質を知らない。流星は、数多の滅びを経て、それでも結局は滅びるものだ。こんなちっぽけな星がいくら大きくなっても、爆発したとしても、この宇宙(そら)を揺れ動かすことすら出来やしないよ」


もう片方の指で20門の陣を描く。陣同士は繋がり、燃え盛る炎の尾を引く小さな弾を射出する砲門となる。

ちょうど、<“淵恋星(キハレーブライ)衝波(トショット)”>によって作られた流星と同じ数だ。


「本質を知らなくたって……それでも分かるものはあるよ……っ!!」


炎弾を全て避け、上空に舞い上がる。

そして、星を蹴り、数多の流星とともに、一直線にとなかわを目掛け、星剣の力を解放し、


「<“淵暴鐵一閃(キ・ハルバロア)”>──!!」


星の世界より飛来する巨大隕石の如く、

剛速で急降下する………!!!


「自分の身の程かい?」


轟音とともに、炎弾が旋回する。


「が……ぅっ……!!」


炎弾はその一つ一つが流星を容易く滅ぼし、そしてそれだけでは飽き足らず貫通したまま旋回し、一つに纏まり、背後からこいかわの胸を貫いた。


そのまま制御を失い、

ドチャ、と鈍い音をたて、となかわの目の前に落下した。


瞬間、

ブォン、と音を立てて、眼前が引き裂かれる。


「……ほう」


とどめを刺すべく歩み寄ったとなかわの目の前に映ったのは、青白い閃光。

貫かれたこいかわの胸から、大きな光の柱が放出され、

そして目の前を薙ぎ払っていたのだ。


「……これも、効かないんだね」


「自らの魂の、核のすぐそばを貫かせ……そしてその恢復とともに増した力を、そのまま使ったわけか。御魂の魂の奥底からひり出した純粋な光の力。なるほど、他のものにはできやしない。これが、君の奥の手か」


悠々とそこにいる。

光柱を、瞬く間に鳳凰律剣で斬り払ったのだ。


そして、魂の真横を貫かれた直後だというのに、

またも大地を蹴り、斬りかかる。


こいかわの剣閃には輝く流星が追随し、

的確にとなかわを襲う。

となかわに、一抹の違和感。

流星を斬り裂いて、剣戟をいなすその隙。

斬の起こり際。先ほどから流星のすべてが、そのわずかな隙を、的確に突いてくる。


「そうか……”アオドロイド”の力……!」


「今更気が付いたようね。私に埋め込まれたもう一人の私。私には、この大局のすべてが見えてるよ」


「……なるほど」


「……っっ……!!!」


「しかしだ。こいかわ。当たり前だが、狙いが機械的過ぎて、逆に対応しやすくあるが。さっきまでの方が、まだマシだったよ」


如何に最速、最適で反応しようが、

元々の速度と力が違うのだ。

その差は顕著に表れ、こいかわは追い詰められてゆく。


そして、こいかわを蹴り上げた。

咄嗟に防御した腕は崩れ、大きく吹き飛ぶ。


「……いいや、ここまでは想定内。ここからだよ、となかわ」


吹き飛びながら、腕を恢復させながら、綽々と話す。

気丈だ。相当の痛みだろうに。


そして、吹き飛んだ先は、千聖が消えた場所。

そこにある剣に手を伸ばし───


……………………………………………



ゴボ、ゴボと、黑い正気を纏った"沼"が、2人を襲っている。


「………ちぃ!!!」


「いい加減……しつこいですよ……!急がなきゃ、いけないのに……!!」


「ハ………ハハ……キ、貴様ラを、道連れ……二──」


……これは、まずい。

思うように身動きが取れぬ。

飛ばされた先ととなかわの場所のちょうど中間にあったのは、あの時の世界の裂け目だろう、

あの時から、無間に増幅し続けていたのか?

あの状態でも何とか意識を保てるとは、腐っても原初の悪魔、といったところか。


「おおっ!!」


「はああーーっ!!」


俺とモザちゃんの二人で、闇を振り払う。

だが振り払ったそばから、それはまた顕れ、集まり、増幅している。


こんなもの、ただの遺志の渗り汁だ。大したことはない。

間違っても俺たちに傷を与えるには至らん。


だが……、ただ、鬱陶しい。無限に増え、絡みつく。どこまでも。


────ふと、隣を見る。

モザちゃんが、ゆっくりと、鞘に霊煌魔剣を仕舞っていた。


「……ごちかわさん。10秒だけ、時間を稼げますか?」


「は、俺を誰だと思っている?時間を稼ぐまでもない、全て潰すことなど容易い。だが───」


消耗は抑えたかったが、モザちゃんに力を使わさせるよりはマシだ。

……と思っていたのだが、聞く気がないな、これは。

是非もない。脳魔には、相当いらついているはずだ。


ここは、愛弟子に花を持たせるとしよう。


<覆い庇う矍鑠の翁“耄翼(ウォルファ)”>


俺の魂を基点として、一つの大きな陣を描く。

いくつもの光が湧き出て、そしてそれぞれが枝分かれし、幾何学的模様を描いた。


産み出されたのは古代聖樹の木の枝。憎悪に埋もれた邪泥をも振り払う輝きがそこにある──!!


「───見せよ。我が弟子よ。我が師に導かれ会得した、真なる黎明を」


「助かります、ごちかわさん」


「く、はは。なに、こんな日には、宵闇に浮かぶ満天の星空を見たいものだ」


─────迸る白練(しろねり)の明星。

破滅に満ちた奈落を、さかさまにひっくり返す天の華。


数刻前。あの辺獄のはざまに俺が取り込まれたあの時。

あれは地獄だ。生命の存在を許さぬ死の濁流。

理由は分からぬが、あそこには“しぃけーちき”の死の瘴気が充満していた。

世界は生命のあふれる体系を創る。対して、

あの奈落は生命を否定する鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)の迷宮だ。


そんな、宵闇の樹海が、


<“極聖天(スピアド・ア)梁叢珠(ンネルグ・ヴァ)轟烈破(ルマドライド)”>


……詠唱と共に、まっしろに。

まるで、そこに初めから何もなかったかのように。

圧倒的な光量。影をも照らし尽くす麗煌が、奔流となって溢れ出る。


始めて見た技だ。が、確信をもって言おう。

コレはかの“モザ次郎”の技だ。


「………ふう、行きますよ、ごちかわさん」


彼以外にはこんな暴風、扱えぬ。

俺はモザちゃんの強さを、圧倒的さを知っている。


「………ああ。急ごう」


だが、それでもなお、

今目の当たりにした現実が、信じ難い。


あの日。

()()()はモザちゃんをダイヤの原石だと言った。

まさかこれが、大宇宙(おおぞら)に世界を描く神の(あらたま)だとは、

誰も、夢にも思わなかっただろう。


「………ごちかわさん……、浮かない顔をしていますね。まあ、あんなことがあったんだし、仕方ないですけど……」


二人で闇の空を翔けながら、モザちゃんが厳かに話しかける。


「そう見えるか」


洞察通りだ。

俺にはもう一つ、懸念点がある。

この極光を前にしても拭えぬ恐れ。


「見えます。しぃけーちきを倒した時に、ごちかわさんが感じた、不吉な予感。それに似たものが、伝わってきます」


見抜かれていたか。確かに、不吉な予感がある。


「ああ。ある。……モザちゃん。いつか話した、聖十二騎士の、本部のことを覚えているか」


「………本部って、あの…………」


…………


『そういえばごちかわさん、聖十二騎士の、本部ってどこにあるんですか?ごちかわさん達はよく呼び出されてますけど、騎士として結構戦ってきたのに、場所も情報も何も知らないです』


『ああ、アレな。知っての通り、聖十二騎士を立ち上げたのは俺だが───』


『……いや、それも初耳です』


『……何、教えていなかったか。まあいい、聖十二騎士のシステムを創ったのも、メンバーを集めたのも俺だが……その運営は任せている』


『そうだったんですね……。ごちかわさんは、オーナーって感じですか?』


『いや、そんな大層なものではない。ほとんど任せっきりだしな、ただの創設者ってだけだ。俺も奴らの命に従って奔走している、なんだかんだ言って、奴らは凄い。的確に魔族やしぃけーちきによる破壊の被害の情報をキャッチしている。俺はそういう類のことは苦手だ』


『へえ~。ちなみに、その任せてる人たちって、私の知り合いですか?』


『二人はな。聖十二騎士の全権限、および運営は、“異質(いじち)を纏う聖騎士”虹かわに任せてある。そして、その補佐として、となかわ、そしてアムが仕事を手伝っている』


『そ、そうだったんですね。となかわさんとアム王女が……。ニヤ王国って、本当に大国なんですね。それに、聖十二騎士のトップである虹かわさん……って人、会ったことないので、いつか挨拶に向かうべきですかね』


『ああ、そうだな、機会があればな』


『はいっ!』


『……ちなみにな、モザちゃん。メタい話だけどな』


『な、なんですか?メタい、話って……』


『この聖十二騎士の本部の設定、作者が今まで忘れてたらしいぞ』


『せ、設定?作者……?何の話ですか……?』


『いや、いいんだ。それより、次の任務のことだが……』


…………


「あの、虹かわさんと、アム王女と、となかわさん、が……って、あ……!」


「そうだ。怖いのは、となかわが()()()()だった以上、アムや虹かわも怪しい。特にアムは……、アムととなかわは王女と聖騎士の忠誠以上の関係だ。アムも、何か企んでいてもおかしくはない。現にこの世界に来てからのアムの挙動はすべてがおかしい」


虹かわだけは、裏切ることはまずないだろうがな。

だが、となかわが裏切った以上、最悪の事態を想定せねばならん。

……そう、例えば、聖十二騎士の全員が敵に回るような。


「……最悪だな、それは」


「……え?」


しまった。つい、口に出てたか。


「……いや。何でもない、何でもないんだ。目的地はもうすぐそこだ。自分の目で、確かめよう」


「はい、合点承知です、ごちかわさん!」



……………………………………………


「ふむ、武器を替えれば、僕に敵うと?」


───左手に取ったのは断奪剣ジャスドルマー。

そして右手には、星剣ヴェルヌズを尚も握っている。


「いや……なるほど。こいかわ、アレをする気か」


腕を壊されても、肩を千切られても離さなかった剣、

その真髄がここに炫る。


「ええ。止めなくていいの?」


「止める気はないよ。おもしろそうだ。だが肝に銘ぜよ、融剣は高等技術、そしてガチャだ。滅茶苦茶に光の力を消費するし、その一つ一つより弱くなることなんてザラだ」



……こいかわに、彼の言葉がよぎる。

この剣の担い手の弁。数百、数千の聖剣を魔剣を貯蔵していると伝えられる、熾氣剣と呼ばれた男の声が。


『千聖っ、今日も大活躍だったね!』


『こいかわ。いや、其方の尽力あってのことだ。私1人の力では無い。だが、久々に闘い甲斐のある敵であった』


『へへ、そうかな?……そーいえば千聖っ、聞きかじった技だけど、"融剣"はしないの?剣を融合させて、さらなる力を引き出せる秘儀……あんたならやる意味大アリじゃない?』


『融剣……………………か……』


千聖は、遠くを見つめ、小さく呟いた。

凱旋の後の凛々しい顔が、瞬時に、どこか不安げな顔つきになる。


『……こいかわよ。融剣とは、神の御業なのだ。剣は生きている。異なる性質の()を併せ、そこに新たな()()を宿す……そんなものは人の身で成して良いことではないのだ』


『そ、そうなの!?そうなんだ……そうだよね、こんなにすごい技なのに、私も、融剣を試している人を見たことがないし』


『其れはもはや約束された自壊(アポトーシス)に等しい。聖剣が闇を切り裂く夢幻の刃であり、魔剣が宿命を断ち切る亡者の刃と()ぶならば……融剣は己が命を穿ち潰す諸刃の剣に他ならない……。わたしも嘗て試した、いや、試そうとしたことがあった。結果は想像の通りだ。これは人に成せる業ではない。これを唱えただけで、その肉体は崩れ落ち、壊れ果てるだろう』


『……そんな』


『……しかし其方なら。こいかわ、其方ならば或いは、成し遂げられるかもしれん』


『え……?千聖にできないことを、私が……?』


ぱち、ぱちと数回瞬きをする。意外な言葉に、面食らっている。


『そうだ。だが留意すべきは、あくまで最後の手段として持っておくのだな。似たような話だが、()わせる剣の意思を尊重できねば、その身も、剣も自壊の一途を辿るだろう。たとえ無事に融剣できようとも、融わせる前のそれぞれよりも弱くなることも少なくないと言う。それぞれが反発し、その真髄を見せられなくなるのだろう』


『ま、待ってよ、私が、これをできるって理由って………』


『……あくまで、勘だ。だが私は確信している。其方こそが、最も剣の声を聞く資格があり……そして、そのそれぞれを造反なく扱うことができるだろうと』


………………………………………


「やるしかないよ、ここまで来たら。それに、星剣が言ってる。この光が私に語りかけてくれる……

<“(ルヴァ)融合転剣(・フュージェネリック)”> …………っ!!!」


詠唱と同時。

星剣を携えた腕に聖翆色の紋章が浮かび、

断奪剣を掴んだ腕に魔緋色の刻印が湧き上がる。


瞬間。

脳裏に浮かんだのは、

ざく、ざくと腕を突き刺す魔獣の牙。


腕が震える。衝撃と痛みに頭が茹だつ。

紋章の消失とともに、

現れたのは、琥珀の柄に闇色の刀身を持つ、鋭く重厚な太刀。

その銘を、


" 星 奪 剣 ヴ ェ ル ヌ ズ ド ル マ ー " 。

その剣先が、凶々しく光っている。


「ほう、この土壇場で成功させるとは。それで──いや、こいかわ。そうか、()()やるのか」


痙攣する腕で星奪剣ヴェルヌズドルマーを掴んだまま、片方の手に凍濠剣アポルヴィリースを握る。


そして────


「………<“(ルヴァ)融合転剣(・フュージェネリック)”>」


………身体の奥底に眠る魔獣の雄叫びが強まる。

肌が削れてボロボロと剥がれ落ちる。

剥がれ落ちた剥き出しの肉に燃え滾る鉄針が襲い掛かる。

無数の鉄針。神経を直接突き刺す魔の撃針。


凍てつく冰神の力を封じた魔剣。

剣は輝き、持ち主に、融剣先の剣にその力を惜しげもなく注ぎ込む。

その反動は想像を絶する。


「はぁ、は、はぁ、はぁ、はっ………!!」


息も絶え絶えだ。腰を折り、膝をついて、

それでも手に持つ剣は、持ち主の状況とは対照的に淡く鋭く輝いている。


" 星 奪 濠 剣 ヴ ィ リ ィ ・ ヴ ェ ル ヌ ズ ド ル マ ー "


闇に炫る流氷。絶対零度の海の底。

深海の闇を象る冥色の刀身。

その圧倒的な水圧を影写す膨大な力と、

その静けさを表す静寂の響きが、剣に備わっている。


そして、間髪入れず。


「………<“(ルヴァ)……融合転剣(・フュージェネリック)”> …っ、っ……」


「……自殺行為だぞ、こいかわ。力を見せる前に、くたばってくれるなよ」


もう話すこともままならない。

ゼェ、ハァと肩で息をし、顔を上げることも厳しい様子だ。

それでも、こいかわは言っている。

その姿が応えている。

倒れるわけには、いかないのだと。


………目の前が融けて行く。

細胞が崩れていく景色。

痛みはもはや恐怖に変わっている。

肉体の死が近い証拠だ。目前にある身体の崩壊。


頬を伝う何かが茹っているのを感じて、

それでようやく、自分が涙を流していたことに気づいた。


顕れた剣の銘は、

" 星 奪 濠 頼 剣 マ ッ シ ブ ヴ ィ リ ィ ・ ヴ ェ ル ヌ ズ ド ル マ ー " 。

この剣の、いや、これらの剣に籠められた様々な想いが、互いに反発し、暴れ回り、持ち主の体を食い破る。

プリズム質の刀身。かすかに虹色に光っている……ように、見える。

もはやズタズタの腕、手、指、そして神経。


「………<“(ルヴァ)融合転(フュージェネ)……(リック)……”> 」


生命から生物としての機能が欠落していく。

心臓に届くのは、動脈を巡るのは無数の棘を携えた赤血球。大動脈を食い破り、肺胞横隔膜臍部心窩膝蓋頸回盲部刹腸懇切丁寧にズタズタに引き裂いてゆく。


痛いから苦しいのではない。

苦しいから悲しいのではない。

ただ、恐ろしい。目前に迫る崩壊が、過去に過ぎ去った崩壊が。

嗚咽が漏れる。

死ぬかもしれない技だと言い伝えられた技。

それは嘘だ。こんなもの、詠唱(とな)えただけで精神(こころ)が壊れて死ぬ。

融剣を行った時点で、深海の底に引き摺り込まれた。気づいた頃には何もかも手遅れだ。

禁術。かの"熾氣剣"千聖も試さないわけだ。

だが、それでも………。

抜け落ちた歯を食いしばり、

倒れたまま、引き裂かれた腕を伸ばす。


腕というよりは、焼け爛れた骨だ。

その骸腕に呼応するように、床に散り散りに散乱した欠片が収束し───

血に塗れた担い手の姿を投影するように、紅の剣が浮かび上がる。

透き通るように白い柄。紫電を纏う赫い剣身。


超越の剣。


" 神 ・ 星 奪 濠 頼 剣 マ ッ シ ブ ド ル ヴ ォ リ ィ ・ ヴ ェ ル ヌ ズ ド ル マ ー "


今、ここに君臨した。


「驚いたな。5連続………。奇跡だ、いや、素直に讃えよう。こいかわ。なんて剣巧だ。しかし……」


当のこいかわは、骸腕で剣を掴んだまま、

膝をついたまま、ピクリとも動かない。

誰がどう見ても出血多量。辺りに、千切れ落ちた身体の一部が散乱している。


「……残念だ、言わんこっちゃない。完全に回復するまで待ってもいいが、僕を前にここまで隙を晒したからには、ね。……それに、ここまでズタズタだと、君じゃ回復できないだろう」


ゆっくりと、となかわが指を伸ばす。

滅びを纏った指。雨宮玲音にそうしたように、

一突きで、終わらせるつもりだ。


……そこに。


一筋の閃きが、神秘的な音を立てて舞い上がった。


「……な、に……?」


となかわの人差し指。第2関節より先が、消失している。

即座に<片端甦生(デリ・モザ)>を描き、指を修復した。


こいかわを見据える。依然、ずたぼろのまま。

だが、それでも。

削がれた皮膚。辛うじて繋がっている血管。崩れかけの骨。

それを以て、神・星奪濠頼剣を振るう。


「……こいかわ」


崩れ落ちた体で繰り出される剣戟。

いや。体が、剣を振るっているのか?

それとも、この剣が、

神・星奪濠頼剣マッシブドルヴォリィ・ヴェルヌズドルマーが、(こいかわ)を振るっているのか?


となかわの腕に血が滲む。

止まらぬ斬撃。

一振りごとに、元々原形をとどめていないその体はさらに瓦解し、

それでも、振り続ける。


鳳凰律剣は的確にその剣戟を防ぎ、いなしている。が、

神・星奪濠頼剣が、その事象をも。防ぎ弾くその剣の振るいをも、斬り裂いている。となかわの纏う滅びすら、ゆうに超えて。


「驚いたな。その剣、鳳凰律剣の力すらはるかに超えている。それほどの力を持つ剣など、霊煌魔剣くらいだろう。……剣それ自体の力ではそれが圧倒的だ」


となかわは鳳凰律剣に滅びを纏わせ対抗する。

疑似的な剣の力の底上げ。となかわの力が、そのまま籠められている。


となかわの視界には、もはやその剣しか映っていない。

比喩ではない。体は既にそのほとんどが崩れ去っている。


「……無理もない。5連の融剣。僕とて無事で済むかどうか」


つまり。


体が、魂が完全に消え去った時がこの剣戟の最期。

こと闘いにおいて理知的なとなかわはそれを熟知している。


だが、(よぎ)ったのは。


この剣の力をも超えて、こいかわを跡形もなく吹き飛ばすことも、できるかもしれない。

想いが揺れ動く。


神・星奪濠頼剣の力をも自らは超えることができれば。

自分は。

大世界をも、きっと超えられる。


……それでも、いつまでもとなかわはそうしなかった。

それはあるいは、かつて戦ったこいかわへの手向けか?

もう、言葉も愛も送れないが、こうまでしてみせた、こいかわを尊重したかったのか?

その心魂尽きるまで、その輝きを見てみたかったのか?


矢継ぎ早の剣戟の応酬。

片方の担い手の姿はすでに消えている。


それでも、そこに残留した遺志が、

強い意思が、その剣を支えている。


「……ぐ」


代わりに、となかわの脳裏には、

あの時のように、凛とした声が響く。


…………となかわ。

それだけの、それだけの力を持ってるのなら……

あの時、アオさんを救うことだって……!


それはこいかわの本心か。

それとも、こいかわの過去を知るとなかわが作り出した幻想か。


「できた。できたよ。僕も、あの時はかなり迷った。力を開放するかどうか」


…………


返答は返ってこない。

当然だ。もうそこにはこいかわの面影すらない。


が。

もはや聖騎士としての心を捨て去ったはずのとなかわの胸中には、()()()()の泣き顔が焼きついて離れなかった。


剣戟は一層激しさを増す。

となかわは、そのすべてに対応しながら、

…………少しだけ、微笑みを見せた。


ここまで、追い詰められるのは久しぶりか。

あの時は、全力を出すわけにはいけなかった。

しぃけーちきの分身体と戦った時も、すっきりしなかった。


…………もうすぐ。もうすぐで終わる。この絶え間ない斬撃も。

同時に、まだ終わらないでくれ、というある種の相反した思い。


潰さない理由はそれだ。

まだ、続けていたい。ただ、それだけの理由。


「はは……どこまで楽しませてくれるんだ、こいかわ」


真正面から、一歩も引かず、相手取る。

相変わらず、となかわの視界には神・星奪濠頼剣しか映っていないが、

その聖眼には、鋭く剣を振るうこいかわの姿が、確かに映っていた。……その麗しい聖眼に、涙を浮かべて。


「……ふふ………」


────瞬間。


まばゆい光が、どこかで弾けた。


「………!?」


世界を灼きつくす光。

影をも消し去る光。

この仮世界中にとどろく……いや、

この全て……いや、

外の世界すら真っ白に塗り替えられたと錯覚するほどの途轍もない光。


となかわは、瞬時にその光の発生源を理解した。

そして、少しだけ、目を細めた──


「ぐ……!?」


神・星奪濠頼剣の剣身が、となかわに突き刺さる。

暴風が、体内で入り乱れる。

滅びの力でそれを相殺しながら、また剣を構え、打ち合う。


「は、はは……。なんて、力だ。その剣……」


血をだくだく流しながら、終わらない剣戟に耐える。

今までで、一番の笑顔。


滅びを纏う身体を貫いても、

世界を灼き尽くす閃光を浴びても、

なお止まらぬ奇勢。


───となかわは悟った。

繰り出される剣戟に終わりはないと。


「こいかわ……。名残惜しいが。終わりにしよう」


けれども。

不滅をも滅ぼすのが、

"滅びを纏う聖騎士"となかわとしての矜持だ。


「……ありがとう、こいかわ」


この夢の終結(おわり)を伝えることはできるのは、

今、ただ一人。

たった一人だけだ。


「─────告げる」


強引に、その圧倒的な力を持って、()()()()()()()()()()()


「地は天高く。空は淵深く。世を捻じ曲げるものよ、至りて亡者に(うそぶ)かん」


「憐れみの華よ、歓びの蟲よ。己が信じるべき者はどこにも居ない。私が祝福すべき者はただ一人」


「集え。離散せよ。彼らが乖叛(かいはん)せし者はここに一人。私が憾み(そし)る者は朽ち果てり」


「地獄の(みぎわ)の入江すら、(あがな)いの盲魔に耳を塞ぎ」


「灼け付く龍の(いなな)きさえ、私は須臾に消し去らん」


「故に、私は私を祝福する。終滅の主となりて、生に歪みしを絶す」


「────来たれ」


世界よ欠吂(ジル・)せよ終滅の嘆き(バドラー)


無音。

詠唱の最中にも、剣を振るっていたその遺魂。

……それは、静かに。

なんの感慨も残さず、霧散した。


残ったのは、数億の斬り結びを経て尚刃毀れひとつ見当たらない、神・星奪濠頼剣と、


神光を、この剣戟の余波にも怯まず、腕を組んで立ち続ける、気炎万丈の近衛隊長。


ただ、それだけだった。



次話。

ついに、あの男が動きます。

お楽しみに。

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