第五話 “反魂”
「本当に、天真爛漫で、明るい子だった」
禁断の霊魂の起動。淡く光る陣が地に浮かぶ。
“反魂魔法”の術式か。天蓋がその陣に呼応する。
陣を起点に世界がギュル、と渦を巻き、赤い稲妻が迸る。
「………まるで、自身の過酷な身の上なんて、どうでもいいみたいに。過去のことなんて、気にしている素振りもなかった」
あの時の手記は燃え、消し炭になっている。あの刻印なしには陣の起動は叶わない。
ゆえにこれは最後の行使。これと共に、顕れた魔法は消え去る。
「こんなところで、失わせてなるものか………!!!」
銀色の陣。この想いが、輝きが、深く共鳴する。
そしてこれは最期の行使。共に、彼女の魂も消え去る。
冠位の魔術師でも舌を巻く大魔法。失敗は許されない。だが、かの“白き魔女”に失敗などありえない――――!!
…………………………………………
「メロネ。どうしたんだい?ずっと、蹲っているけど。まさか、あそこのエセ勇者のように、僕に怯えてるわけじゃないよね?」
そう言って左をちらりと見る。その眼に怯えたか、さらに縮こまってしまった。
「……………」
メロネの眼は死んでいない。蹲りながら、その眼はとなかわの魂を見据えている。
この場の誰もが初めて見る表情。
この場に残る人物は6人。
笑っているとも笑っていないとも捉えられない表情でゆっくりと歩くとなかわ。
ピクリとも動かず、ただ仁王立ちをしている京。
その場に蹲っている?メロネとウリアム。
そして、静かに、犠牲者の弔いをしているこいかわ。
「そんなに睨んでも、どうにもならないってば。何かあるのなら、出してみればいいじゃないか。今がチャンスだよ?……何もしないのなら、気は進まないけど、そのまま殺しちゃうけど」
「……まあ、待ちなよとなかわ。すぐに、おもしろいものを見せてあげるからさ」
メロネらしくもなく固く噤んでいた口が開く。
同時に、メロネのもとに小さな、真っ白な陣が浮かび上がる。
壊滅した世界が白く暗転した。
そして、周囲がピンク色に輝き始める。
「……これは……」
「さあ、始めよう、となかわ」
脈動が響く。
荒々しい旋律を奏で、いくつもの陣が空に現れる。
「反魂魔法、ごちかわの魔法か。僕が警戒していた魔法で、ついに使われなかった魔法。まあ、よく考えたらアイツはこんな魔法使う必要なんてないんだろうけど。……まさかここで見れるとはね」
「<“淫乱桃色乱撃”>
大量の光弾が空に浮かび、となかわを襲う。
あの時とは比べ物にならない量だ。
しかし、それらの光弾は、射出された瞬間に消え去ってしまった。
「何がしたいんだい?メロネ。そんな小技で?」
「……だろうね。ここまでは想定内……よっ!!」
戯れか、となかわも同様に光弾を作り、メロネに射出する。メロネは素早い身のこなしでそれを避け、先程の陣にまた手を置いた。
「じゃあ、行くよ、となかわ。……“淵化”っっ!!」
「“淵化”……!!なるほど、にわかには信じがたいが、本当に反魂魔法が成功しているらしい」
「<“淵淫乱桃色乱撃”>っっ……!!!」
「術者は誰だ?おそらく、きっと、かの魔女、ウルア=ニョンだろう。彼女以外にあり得ない。それではなぜ彼女が反魂魔法の術式を……?ああ、もうちょっと“日記”読み込んでいればよかったな」
“淵化”により世界レベルで引き上げられた大魔法。深淵の力を纏った、重厚な乱撃。今度は、すべての光弾がとなかわに直撃する。
「……っ……!!」
「うーん、彼女が自力でそこに至ったとは考えにくい。なにせ相性も良くないはず。うーん、どうやって……?」
となかわは自分の世界に入り込んでいる。……メロネの笑みが引きつる。
「……う、いや、これも想定内っ!それなら……!!<淵破淫乱桃色絶撃>…………………っっ!!!」
乱れ散る桃色の乱撃。こちらも、淵化によってそのひとつひとつが深淵の力を纏い、となかわの体を貫く。
「すごいな、反魂魔法。ここまでとは……」
<“黒龍滅撃”>
カウンターを合わせるように、10体の龍がメロネを襲う。
暗黒の瘴気を纏い、それを食い破らんと暴れ、突撃する。
よろめきながら、メロネはすんでのところで切り裂き、護り、耐え切った。
「く……ぅ!!」
その様。一目見ただけでは、圧倒的な力の前に吹き飛ばされる小さな者に過ぎないのかもしれない。
だが、だが……その心、この気骨が、何かに、確かに影響を与えている。
「自身の体をも淵化しているのか。いいや、その耐久力。それだけじゃない。そういえばそうだ。君はごちかわの修行を受けていたね」
地獄の鍛錬を生き抜いたメロネだ。耐久力は間違いなくトップクラス。されどとなかわの一撃、それはメロネの反撃の意思を奪うには十分すぎるものだが……
それでも。
「ここで……退いてたまるか!!」
ドンと崩れた大地を踏みしめ、燃え盛る地獄の太陽に背を向けながら、なおも構える。
ぴりぴりと、灼けつく頬。金剛の意思を以て、となかわの前に立ちはだかった。
…………………………………………
成功している。間違いなく繋がっている。
別世界に居るはずのメロネのパスを感じる。
メロネは強くなった。この術式を受け止められるほどに。
あの天真爛漫な、あのただの少女が。
それはうれしいことに違いない。
メロネが強くなることを望んでいたのは自分自身だ。
だけど……だけど。
ちらりと、あの手記を見る。
あの日、謎の男が残していった反魂魔法の手記。
そして、……“修行”。
あの日から、そして、メロネの修行が開始してから、
メロネは変わってしまった。はるかに。別人に。
身体は遥かに強靭になり、上位魔法を容易に扱い、戦いに臨む際の恐怖心が失せた。
魂は同じだ。それでも別人レベルの変わり様。
……ごちかわ、あなたは、メロネに何をしたの?
メロネの中で、何が起こっているの……?
…………………………………………
何度も何度も、崩れた肉体。
幾度も幾度も、溶けた御魂。
この滅びを以てしても、簡単には打ち破れない強固な砦がそこにある……!!
「はは、その強靭な体を正面から打ち破ってみるのも面白そうだけど、“反魂魔法”使ったくらいで、そんなに図に乗られちゃあ、ね。タネは今分かった。魂に潜む内世界を外へ顕わにし、そして自らの纏う世界と反転させたのか。それなら君は疑似的に一つ世界のレベルが上がる。淵化した魂の力がそのまま肉体に宿る。……魂のレベルは下がるけど、これまで何度も捻じ切れた魂だ。デメリットなんてないに等しい。……本当に、君におあつらえ向きの魔法だ、メロネ」
「う、う……!!これでも、届かないなんてっ……!!」
「たかだか世界を一つ越えたくらいで、僕を超えられるものか。それに、反魂魔法は、僕なら簡単に破れる。ねえ?ウリアム」
烈しく燿る聖眼が急にウリアムの方を向く。
怯えきっていたウリアムはさらにビクリと体を震わせ、
胸元に黒いものがせり上がり、嘔吐した。
四つ足をつき、なおもガタガタと震える。
目の前で巻き起こる魂の世界の反転。
相対する魂は絶望の化身。そして、封じ込むは、千年前の”異空”。
それは目の前の滅亡に比べればはるかに矮小さなものだ。だが、心に深く刻まれた傷が、わが闘争心に、瘧を起こしている。
この魂が恐れている。
この体が震えている。
……それでも、痙攣する腕を叩き、嘔吐く喉を抑え、前を向く。
ウリアムに立ち向かう勇気が出るはずもない。
神話の時代の魂を持ち、転生し地獄を乗り越えたその魂を以てしても、この悚然に堪えられるはずもない。
されど……これを克服してこそ、伝説の勇者……!!
「……ごめんね……っ、メロネさん。君から勇気をもらった。こんなところで蹲っている場合じゃない。分かっていながら、力が出なかった」
「……ウリアムさん。とりあえず、立ち上がってくれてありがとね。二人で、止めよう。この暴風雨を」
毅然たる意志。
これまでの怖気は既になく、構え、研ぎ澄まされた殺気を飛ばす。
二つの剣がとなかわを向き、黑い突風が、ぴり、と肌を焼く。
「ははは……立ったか。立ってくれたか。あのままだとあまりにもあんまりだったからね。ふふ、2対1か。それもいいものだが、せっかくだし、『2対2』にしてみようか」
そう言うと、となかわは黒い光を纏っていた手を白く染め、自らの魂を貫いた。そして――
<“開放”>
その魂から、儚く光る銀色の塵が飛ぶ。
塵は一つの人型の物体と、一つの無を象り、
収束し、その存在が少しずつ、露わになっていく。
「……ん、おお……、久しぶりの現世の空気だ……って、どう見ても現世じゃねーな、ここ……どこだぁー?ここは……」
「影の狩人、古屋薙。君を開放しよう。あのピンク髪の女の相手をして欲しい。若い女の子、好きだろ?」
「おいおい、まじかよ。はっはァ、あの地獄から出してもらえた上に、こんなタナボタ……まあ、ここも見た感じ地獄だが、はるかに居心地がいいなあー」
───声の主の姿が完全に顕わになる。
深碧色の防具。
露出の多い軽装備。
鍛え抜かれた体躯。
疾さは、想像以上か。
その腕には弓を携え、
既にして、狙いを定めている。
鏃の名は、“祢姆”。
その危険性を示唆するように、引き絞った弓はすでにぎち、ぎちと音を立て、弦がぴんと張り詰めている。
そして鋭い音が響き渡り、
その矢は一直線に亜音速で迫り来る。
「……っっ!!!」
すんでのところで躱す。ゴロゴロと転がり、向き直る。
まだダメージが癒えていないのか、困憊の表情が見て取れる。
「おお、動けるねぇー。いいなあ。好みだ、大好きだ。となかわ君が、わざわざわっしをぶっこ抜いてくれたのも理解できるなあ。名采配だ」
「ただの何となくなんだけどね。用が済んだら、君みたいな危険人物、またすぐに封印するさ」
「つれねえのー。まあ、ワカった。とりあえず、この女、嬲ってしまえばいいんだろう、それなら得意だ、大得意だぁー」
薄紫の眼が光る。獲物を狙う獣のごとく、鋭い眼光がメロネを叩く。
されどメロネ。獣を前に臆すことなく、鏃をつぶさに観察し、回避の準備をしている。
……そして、同刻。
なおも渦巻いていた無。それは何かを形作るでもなく、姿を顕すでもなく、
しかしそれは現にウリアムの前に現れていた。
いつから現れていたのか。その存在を知覚すること、そのなんと困難なことか。
「———!!!!」
覚悟を決めたはずのウリアムの顔が引きつる。
こいつは………………いや、これは……………………!!!
「どうだ、ウリアム。見覚えがあるだろ?大サービスだ。千年前の復讐、ここに開幕だ」
「……ふふ。となかわ、存外に、本当に、サービスがいいね。それに、ここはなんと落ち着く世界なんだろう。実体も、必要ないね。君の思惑通り、動いてあげよう」
「く……お前………………!!」
「おや?あの時、自己紹介もしていなかったかな。ふふ……まあ、虚に名などあり得ないがね。勇者マイル。今はウリアムというのかい?転生を経て、さらに光の力をつけてくれたようだ。あの日のように、君の体を貸してもらおうかな」
虚無が、ウリアムに迫る。
視えも、聴こえも、感じもしない。
そんな存在。知覚すら許されない擬隠の極致。
それに、ウリアムは迷いなく剣を振るった。
演武のようにしなやかな体の動き。剣の冴え。
見る者の心を奪う麗しき剣捌き、……乱撃。
「ふむ?いったい何をしているんだい、そんな攻撃がボクに通じないこと、忘れたのか?数千年の迷妄で、その魂が腐ってしまったのかい?」
その言葉に耳を傾けず、不乱に剣を振るう。
くるくると舞い、そして終幕とばかりに、剣をその場に突き立て――
<“虚化”>
――スウ、と、その身体が希薄になる。
「……これが答えだ。もう、同じ轍は踏まない。確かに、面食らったけど、今の自分には関係ない!誰であろうと、たとえ相手がお前でも、必ず倒す!!」
一体どういう原理なのか。
ウリアムは、虚のそれと同じように実体が無となり、
それでいて、座標が交錯するわけでなく、虚の世界に足を踏み入れ、確かに、存在を認知している。
振るわれる剣は確として虚を捉えている。
……にもかかわらず、虚は落ち着き払っている。
「へえ。なぜ急に踊り始めたのかと言おうと思ったけど、本当に舞ってたなんてね。あまりにも一瞬に決着がつくと興醒めだからしなかったけど、あの間に、撃たれたらどうするつもりだったんだい?」
「死んでもやめなかったさ。僕の今の覚悟を甘く見るなよ」
だが当たらない。今は同じ次元にいるはずなのに当たらない。
げに恐ろしきことに、虚は素の能力からしてウリアムを上回っているのか。
かつての虚からは想像もできなかった、その回避る姿。あの時のように貼り付けた笑みのまま、剣戟を躱し続ける。
ぶおん、ぶおんと空を切る音。
「ふふ。相も変わらずの蛮勇。懐かしい気分だ……でも、もう飽きたかな」
虚の周囲がうねり出す。規模は小さめだ。だが、ウリアムの体勢を崩すに十分すぎるものだ。
「く……っ!」
<“紆ガレ紆ガレ鬱紆ノ調ベ”>
演舞により描かれた陣が撓む。
無音で崩れてゆく。
一瞬にして、ウリアムは元の次元にはじき出された。
「まさか終わりじゃないよね?」
目まぐるしく動く次元の反転。
目を空ける。自分の胸を、貫いている、鋭く長い得物。
「う……っぁ……」
「マイル……ああ、また言い間違えちゃった。ウリアム、わざわざ無様に踊らせてまでこちらに来てもらうのは心苦しいよ。だから、今度はボクがお邪魔してあげる」
ぼやけていた視界が露わになる。
目の前に見えるのは、あの男。幻覚か、目を擦りもう一度前を向く。
今度は、よりその姿が鮮明に見えた。
「ぐ……お、お前ェ……………!!」
「うん?どうしたんだい?むしろ、やりやすくなっただろ?」
蒼いトレンチコート。見紛うはずもない。
あの男の姿。……あの一瞬で、まだ使えそうな肉体を拝借したのか。
「ああ、その傷のことかい?いいだろう、この男にも同じような傷があったからね、おそろいにしてみたんだ。君たちは、こういうの好きでしょ?」
「う……お、おおーーーー!!!」
何も答えず、雨宮玲音の姿をした虚に突っ走る。
彼との関係は軽いものかもしれない。短い付き合いだ。
だがそれでも、数日の付き合いでも、僕は彼を尊敬していたんだ。
あの真っ直ぐな志に。
使命を帯びた男の後ろ姿に、惚れていたんだ。
それを、その男の体を、そんな戯れにーーー!!
<"憤・咆哮乱刃">
噴火の直後のように、怒涛の勢いで押し寄せる連撃。
その姿を認めないと、取り囲むように放たれた剣戟。
……ガォンと轟音が響く。
先程空いた胸の風穴がさらに広がる。
その威力。一瞬にして闘志を奪われるには十分で、その場に膝をつく。
霊銃“霙”。先ほどあけた穴を自身で狙い撃つ、正確無比の銃撃。
槍銃二天流。 あの男の流儀だ。この短時間で会得したのか。
「か……か……っ」
「おお、命中命中。この手の武器を使うのは初めてだけど、意外となんとかなるものだね。それにしても、良い体だあ……、ねえとなかわ、この体、このまま借りていていいかな?君たちにちょっかいは出さないからさ、約束するよ」
「ん?……………………まあ、別にいいよ。この世界でよければ、ね。元々、事が終わったら戻すつもりだったけど、放っておいてもいいか」
「ありがとう。あの正義感あふれた君がどうしてそうなっているかは聞きはしないよ。……これはもう要らないや。何はともあれ、ボクにとってはとにかく行幸の連続だ」
「…ぅ……ぅぁ……………」
もう息も絶え絶えだ。反撃など、はるかに遠い。
「まあでも、少し安心している気持ちもあるよ。となかわに以前見せられたからね。化け物揃いのあの世界。あまりの巨きさにあの日は委縮したけど、やはりあの三点のみが外れ値だったのかな?」
「……僕は逆に驚いているさ。こうなることは何となく予見できたけど、ウリアム、まさかそこまで弱いとは……。内心、かなり期待していたんだけどね。でも、少し、情状酌量の余地はあるかもしれないね。
………………ウリアム、勇者とはね。守るべき世界があって、護るべき人がいて……そして、その強さを発揮するんだ。こんなゴミのような世界で、誰とのつながりもなく、たった一人で闘おうと、君は、勇者とは言えない。たとえ魂が体が本物でも、ね」
口惜しい。口惜しい。それでも、立ち上がれぬこの体が口惜しい。
闘う遺志はとうに抜け落ちて、
となかわの言葉を反芻しながら、
虚から受けた痛みに身を焼きながら……
静かに涙を流して、
ポタ、ポタと頬を伝う小粒の雫が落ちる。
銀の雫の煌めき。
皮肉にも、それがウリアムの魂の発した最後の輝きであった。
……………………………………………………
「モザちゃん。………………生きているか、モザちゃん」
「う……なん、とか………………!」
「……よかった。………相当飛ばされたみたいだ、もう先ほどの場所は遥か彼方だろうよ」
「ほ、他の皆は……!!早く、早く行かないと……!!」
「ああそうだ。早く行かねばならん。奴め、何をしでかすか分かったもんじゃない。今更言うまでもないが、奴は本気だ。気づいたか?あの一瞬で、伯爵はとなかわに取り込まれた。伯爵の持つ世界の知識が欲しいのだろう。なんて周到だ。迷いなくそんな手段をとるとはな」
「く……!!」
と、となかわさん……なんで、ここまでして……!!
しかも、しかも……みんなの闘気が、全く補足できない……!!
もしかして、もうみんなやられ……いや、遠く離れすぎているだけだと信じよう。
それならばなおさら、急がなきゃ……!!
かくして一対の光は、
極光の熱原動機を携え、一直線に、翔んだ。
地を抉り、空を裂いて突き進む。間に合え、間に合えと。
………………………………………………………………
「んんー、こりゃあ、参ったなぁー、思ったより強い」
「はぁ……はぁ……っ!」
弓兵と剣士の対面。接近戦では、弓は分が悪い。
あの後、即座に距離を詰めたメロネに対し、古屋薙は思うように弓を放てず、
振るわれる剣を、鏃で弾き応戦する。
かすかに押されながらも、確かにそれを防いでいる。
百余戟目の打ち合いの後、
打ち込んだメロネは疲労困憊。対して、古屋薙には一抹の疲れも見えない。
……げに恐ろしきはそれが"淵化"した攻撃だということだ。世界を揺るがす重厚な一撃。それを、何度も、あの細い、手に持って振るうとしてはあまりにも頼りない鏃で受けているのだ。
さらに………
「ふーむ。使うかぁ、この力」
<“堕威餐源赫躰”>
瞬間。
古屋薙の身体が、急激に巨大化する。
質量が、存在感が増幅していく。
メロネの目の前。先ほどまで古屋薙と対面していた箇所には、古屋薙の足があった。
「……………っっ!?!?な、一体何が……!!?」
巨体が暴れる。技量をそのままに、
超質量が、蹂躙する。
「う……っ、がふ……」
その威力たるや。質量とともに、古屋薙のパワーも数十倍に上昇しているゆえ、
その奔流、世界の崩壊の幻覚を見るほどだ。
……一機、無くなっちゃった、……こんな、一瞬で……!!
……メロネに、聖十二騎士として出撃する直前の記憶がよぎる。
『メロネ。うすうす気づいてたと思うが、お前の魂は特別製だ。俺が改造しておいた。お前は魂が完全に破壊されない限り、何度でも蘇り、そしてすべての傷を治す。安心しろ』
『い、いや、そんな、一体どうやって……それよりも、これっ、不老不死……ってこと?!』
『まあ、それに近しいな。力を使うたび魂が捻じ切れ、転生が絶望的になるがな』
『…………………………え………………????』
『なんだ、どんな手を使ってもいいから強くしてくれ、と言ったのはメロネだぞ』
『………………いや、その……………』
あ、あんなこと……言わなきゃよかった……
『だから完全に不老不死ってわけじゃない。上限は……ちょうど1億回。それ以上は復活できん』
『1億回!?十分すぎる回数じゃん!!……転生ができなくなるのはショックだったけど、……割り切って、この生を価値あるものにしないとね!まだ、数千万回は残っているはずだし!』
『ん?』
『え?』
『いや、なんだ、メロネ。修行でだいぶ削ったろう。忘れたのか?』
『い、いや……忘れたわけじゃないけど………………せいぜい、数万回でしょ?』
『………………メロネ。お前は9999万9990回それを使用している。お前の残機はあと10だ』
『……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え……………………………………………………………………………………………………………………………………………………?』
……………………………………
あと9機。あと9回。
いや、となかわを、絶対に止めるんだ。これ以上、削られるわけにはいけないーーー!!
「ん~~~?確かに、踏みつぶしたと思ったが……まァいい。またすり潰すだけだ。……むしろタフで嬉しいなぁ。存分に、嬲れる」
魂をピンク色に輝かせながら、超質量により明けられた大穴を這い出るメロネ。
「く……こんなところで、倒れてたまるか……!!!」
忍ばせた、桃色の一対の双剣。一飛びで巨大化した古屋薙の顔付近まで迫り、
「<“聖天霊煌煌双麗斬”>……っ!!!」
全神経を注ぎ、全身全霊の連撃を叩きこんだ。古屋薙の顔が揺れる。爆炎が上がる。
「おお、痒い痒い」
グワ、とあまりにも巨大すぎる手が迫る。
斬撃をものともせず、指でメロネを摘まむ。
「え……ッ、“聖天霊煌煌双麗斬”を、指二本で……!?」
そしてそのまま、戯れのように、もう片方の手で、メロネを突き、弾く。
戯れといえど超質量。超威力。辺りに破裂音が鳴り響く。
「が……っ、がふ……げ、ぇ……!!」
「おお、やっぱり、硬ぇ~なぁ。素晴らしいなあ。それに、間近で見るとわかる。さっきの輝き……お前、“復活”持ちだなぁ。どこまで楽しませてくれるんだ」
「……古屋薙。メロネの復活回数は、あと8回だよ。仕様では、復活の際に一瞬だけ無敵があるらしいけど、君くらいの力があればそれも貫通できるかもね」
「おおい、言うんじゃねえよ~となかわ君よお。こういうのは、復活回数があとどれだけかわからないのが面白いんじゃねぇかあー。まあでもあれだな。復活回数が分かったら分かったで、それも面白いもんなんだよなあー」
そう言うと、無造作に、菓子袋を開けるように、
メロネの首を、二本指で、ゾリ、とちぎった。
「ひぅ、あ…っ」
一瞬遅れて血飛沫が上がる。
そしてメロネがまた光に包まれる。
「さぁ~~~メロネちゃんと言ったかな、あと7回だなぁー」
復活したメロネ。
だが、なおも体は拘束されている。
先程までのように摘まむではなく、体を完全に左手で握られている。
「ひ、ひっ、ひぃっ、嫌だ、やだ、助けて、助けてっっ……!!!」
身をよじる。今使える魔法を片っ端から詠唱する。体を淵化する。それでも、この拘束が緩まることはない。
「“復活”持ちの奴はなあー、恐怖が希薄になって、本当の死の恐怖を忘れてしまっている奴が多くてなあ。そいつらにな、思い出させてやるのが、本当に、本当に気持ちいいんだよなあ」
左手に力を籠める。グギュゥゥゥゥゥゥゥゥと捻れる音。
ベキ、ベキと何かが折れる音。そして、何かがはじける音。
……何度目の輝きか。
「あと6かぁ~~~い」
「……………………!!!!!!!」
並々ならぬ精神に育ったはずのその心。
その実、圧倒的残機が、なぜか生き返る性質があったからこそ、備えた精神。
今やこの“残機”は恐怖を増幅させるだけの触媒でしかなく、
この状況は己がトラウマを刺激するだけの代物でしかなかった。
また首が捻じ切られる。
独楽を回すようにぐるぐるとその首を捻じり、
ブチと、およそ首の切れた音とは思えない小さな音を残し、地に落下した。
「ごぉ~~お」
復活。今回は、地面にて復活した。あの手の中ではない。
なぜなのか、考える余裕などなく、
ただただ、走った。逃げた。涙を浮かべて。
……………………真上に、巨大な影が見える。
「い、嫌……!!」
「はい、どぉ~~~~ん。なんてなぁー」
尚も自動的に修復される体。陥没した地から、抜け出そうとあがくも、また、あの手に掴まってしまった。
「やぁー。おかえり、メロネちゃん。あと4回だねえ」
「うあ、ぁぁ、ぁあ……!!お、お願い、お願いじまずっ……!!助けて、助けてくだざいっっ……!!!」
「そんでもって、これであと3回かぁ~」
「い、い、嫌だぁぁぁぁっ、死にたく、死にたくないよぉ……っっ!!」
古屋薙はメロネを持ちなおした。両手でそれぞれの足を摘まみ、……縦に引き裂いた。
「さぁ~~~ん」
またも桃色が輝く。あの時のごとく、超高速で消費されてゆく。
「う……う、なんでも、なんでもします、なんでもしますからっ、ひ、助けっ……!!」
「ん~~~?じゃあ、わっしに服従するかあー?」
「じますっ、服従しますからっ!もうやめで、ください……!!」
「わかった、ありがとうね。じゃあ、君の内臓をすべてもらおうかなぁー」
「い、えっ、待っ……!!!」
……ぞり、と何かを剥ぐ音が聞こえる。
遅れて、ボトボトと、肉塊が降り注ぐ。
「に~~~~い」
「は、はっ、はっ、はぁつ……!!嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……!!」
もはや目の焦点も合っていない。攻撃どころか、防御もできていない。
ただ怯えて震える、一人のただの人間だ。
古屋薙が両手を擦り合わせ、ソレを伸ばす。
肢体は不定形に固まり、血塊をつくる。
塊をこねながら、リズムに合わせるように古屋薙は言い放つ。
「い~~~~~~~ち」
手の間からブシュ、ブシュと見慣れた血飛沫が舞う。
血の塊は直ぐに元の姿を象り、そしてまだ手足が完全に再生していないうちから、這って、這って逃げる。
「う、う、うっ、あ、あああぁぁ、嫌だっ、嫌だ……!!たすけ、誰か、たずけで、たずげてよぉぉっ!!う、ウルアちゃっ、ごちかっ……たすげでぇぇぇっっ……!!!死にたく、な……」
それは、巨大な手に持つにはあまりにも小さすぎる短刀。
だが、彼女をくびり落とすにはあまりにも十分すぎる短刀だ。
全力で匍い逃げるメロネの、移動先を読んでーーー
「ぜ・ろ♡」
首がボトリと落ちる。幾度目の血飛沫か。足にたっぷりと返り血を浴び、満悦の表情だ。
巨大化した古屋薙が元の大きさに戻る。
「……満足したかい?じゃあ、早いとこ戻っておくれよ。本当に悪趣味な……僕も、少し引いたよ」
「いやぁー、もうちょっと、あと数分だけ、いいかぁ?」
「ん?………ああ、確かに、確かに。なるほど。僕も騙されたよ」
先程までの、惨殺現場に向かい歩く。その中心には、放心した人影が見えた。
「………………??」
うつろな目をし、空を見上げている。
「メロネちゃ~ん。あのカウントダウンは、復活回数の話だろぉ?あと0回復活できるってことは、最期のチャンスがまだあるってわけじゃないかあ」
「…………………………………………………………っ!!」
眼にわずかに生気が戻る。
絶望に埋め尽くされた顔に、1%、希望が灯る。
それをーーー
「そうだ、それよお。“復活”持ちとやる時、これが一番楽しいんだよなあ。殺し続けて、生きる気力を無くされても、つまらないからねえ、こうやって、一度希望を捧げてからーーー」
碧色の鏃が、メロネの心臓を貫いた。
「ーーーこうするのが、最高に気持ちいいんだよなぁ」
「ぁ……………………ぁぁ……………………っ」
あ、あ……………………
これが、本当の死……………………。始めての経験だ。
この景色。もう戻らない体、捻れたままの魂。私、本当に、死ぬんだ……
……ウルアちゃん……ごちかわ……モザちゃん……………………ごめん……………………ね……………………。
微かに灯った瞳。
気休めばかりの灯火。
1億回の死を経て、
今、初めての死の味を知った。
反魂魔法の陣はとうに消えている。
傷は心の臓に一つ。
血飛沫と肉塊の山の中心に、
皮肉にもその姿は綺麗なまま、
メロネは息を引き取った。




