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MOZA-CHAN -モザちゃん-  作者: モザの者
第三章 ~神々と追憶~
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第十四話 “血戦”

~“<異界>深淵の国”第三中枢部~


「なんだ、なんなんだ……貴様らっ!この国を……この世界をっ滅茶苦茶にして…!」


「しっ、司教、司教様!落ち着いてください……!!」


「これが、落ち着いていられるか、“奴”がここに表れてから、全てが壊れてしまった!教会も、我らが誇る優秀な戦士たちも、“鬼”と闘うための我らが闘士が…!」


周囲の制止を振り払い、一人の男が“奴”に向かって走り出した。何やら、仰々しい格好をしている。


“奴”と呼ばれた存在は、ゆっくりと、ゆっくりと移動している。血塗(ちまみ)れのこの世界の闘士を鷲掴み、地面を引きずりながら。

すぐそばに居るはずなのに、歩いているのか、浮いているのか判別がつかない。見つめていると、()()は本当に動いているのかも曖昧になってくる。


「お、おいっ、止まれっ、このっ……!!」


“司教”と呼ばれた男がその存在にしがみつく。

立場とは裏腹に隆々しい体躯のその男の腕が、"奴"の足を捕える。


ソレは明らかにこの世のものではない。

だが意外にも、確と掴むことができたようだ。


『なんだ、なにさ、君は。煩いよ、邪魔はしないでくれるかねえ』


「し……喋っ……た……!?」


(おぞ)ましい、脳内に直接語り掛けてくるような不吉な声が二人に響いてくる。一人は後ずさりしたものの、しがみついたその男は、多少面食らいつつも更に力を強め、尚も強く睨みつけた。


「何を、何を言ってる、ふざけるな!無関係とは言わせんぞ、この惨状……!!」


『そんなこと、言うものかね。…全く、代わり映えのないものだね、ここでも、似通った反応ばかりだ。義憤にあてられた君達を殺すのもまた楽しいものだが、もう飽き飽きだ。…あとは頼んだよ』


その言葉とともに、膝辺りを掴んでいた司教の腕が、するりと()()した。勢いよく地面に顔を打つも、鼻血を垂らしながら、すぐに立ち上がる。

 

「仰せのままに」


こちらに目もくれず去っていく“奴”を追いかけようとしたその時、後ろから無機質な声が聞こえてきた。


「……!!っっ……!」


指一本、動かせない。

立ち上がりかけたその身体が一瞬にして崩れ落ち、地に伏す。


後ろに、何かが、居る。


「如何にして料理しましょう。この世界の者どもは非常に物珍しく、青い血を流すようで……ご覧になりますか?」


『いやあ、いい、いい。これから沢山飽きるほど見せてもらう予定だ』


「左様で御座いますか、まあ、私自身が興味あるので、少々お試しに。」


言葉と同時に、司祭の両足が斬り落とされる。

あまりにも速く斬られた断面。彼の感覚では、きっとお試しの、戯れの切断なのだろう。

だが、その速度は、あまりにもこの世界の摂理を逸脱していた。


脚はその瞬間まるで斬られたことに気づいていないようだった。

程なくして、尿膿のような、どろどろと青く光る血が流れ、それは地面に青い染みを作った。


「うっ、うあっ……!!」


「噂は本当だったのですね。この世界。人とも魔とも異なる血……ただし容貌は人間と……、本当に興味深いもので」


「う……お、お前らはっ、一体……!」


顔を(しか)め、絞るような声で司教が問いかけるが、“脳魔”はそれを無視し、またも問いかける。


「ところで、今其方が引きずっているその者は、赤い、我々の見慣れた血でございますね」


『ああ、これはねぇ。どうやら…この世界の、“闘士”だったかな?そう呼ばれる者は、総じて赤い血を流すようなんだ』


先程から気乗りしない様子だった“奴”は、問われた途端、嬉しそうに語り出した。


「ほう……それはそれは」


『殺しは、殺戮はステキなものだ、だが姿かたちは人でも、青い血となると何か気乗りがしない。ほんの少し、ごく一部の(たま)にであるのなら趣のあるものだが、この世界ではほとんどが青い血だ、もう飽き飽きだ。全てを諦めようとしたその時、勇猛果敢に私に突っ込んできたこの男は赤い血を流した。盛んに赤い血を流させてこそ華だ…最初は私がこの世界に入り込んだときの()()()から出でた迷い者かと思ったが、聞けば、この世界にはごく稀に周囲を圧倒するほどの強い戦士が生まれ、そして彼らは例外なく赤い血を流すのだと。そして私は無作為に切り刻み、赤い血を流す者を探す遊戯(ゲーム)をしようとしたが、いかんせん排出率が低すぎて…とてもとても、遊戯になったものじゃない。あの世界にはそんな低品質(クソゲー)をも楽しむ馬鹿もいるみたいだが、やってられないね。“闘士”から他の闘士の場所を問おうとしたが、精神の方も一級品とな、なかなかに口を割らないのだ。そして今、まさに、どれだけのことをすれば口を割るのか、試そうという最中だ』


「ふふ、いつになく饒舌で、愉しそうで何より」


『ふふん、おたくだからね、是非もないよ』


楽しむという心、愉しむという行為。この意志こそが、この世界を破滅に導き、そして同時に滅亡から踏みとどまらせている。貴方様の御力であれば、闘士を見つけ出すことなど容易い、それどころか、文字通り一瞬にしてこの世界の人々を掃滅することなど容易いだろうに。……おそらくはわざわざゆっくりと引き摺って移動しているのも、地に赤い血痕跡を残し、勇敢な“闘士”を釣るためだろう。


「きっ……貴様ら……悪趣味っ、な……!だが無駄だ、わが国の誇る闘士を舐めるな!たとえ戦いに敗れても、その心まで堕ちるものか……!」


「おっと、まだ喋れる余裕があるとは……。止めを刺しておきますか?」


『いい、いい。止血をしてやりなさい』


「……なるほど」



脳魔がにやりと笑う。その手が紅く光ると同時に、司祭の斬られた両足の断面に黑い膜が張られ、どろどろと流れていた血がぴたりと止まった。


「……!!何が目的だ……!?」


『すごくきれいな断面だ、素敵だね』


「光栄です」


『君はしつこい。ならば命までもしつこくあるべきだ、そうだろう?あのままだとすぐに君は死んでいただろうね。だがだ、今や完璧に出血は止まった。動けないまま、手遅れのままだろうがね。そしてこの辺りには誰も居ない。私が先程鏖殺させていただいたからね。君はそのままゆるりと衰弱していくのだ』


「……っ!!」


「とても苦しいぞ、とても辛いぞ。悪趣味と言ったな、何を今更?ふん、君がここでたった一人で朽ちていく様を眺めるのも乙なものだが」


そう言って“奴”は司教を見下ろす。曖昧で朧げなその姿かたちは、嗤っているようにも見える。司教は血を吐き、尚も強く空間を睨みつける。


……狂っていやがる。斬られた両足の痛みが益々増幅している。無理やりに堰き止めれているからか?なんてクソ野郎だ。この世界を潰させるわけにはいかない。


何かないか。この状況を、打開する策は……!!


……そういえば。この快楽殺人者は、先程、殺しの方法を問われて饒舌になった。

ならば今の自分にできることはたった一つだ。時間を稼ぐ!1秒でも長く、1瞬でも永く!そしてこの世界が潰される猶予を少しでも伸ばし……今研鑽を重ねているであろう各地の闘士たちの時間を稼ぐのだ!


「てっ、てめえら……っ、どうやって吐き出させるつもりだ、我らが闘士はいかなる拷問にも屈しないっ!喋るくらいなら死を選ぶぞ、必ずだ……!!」


司教の、冷静な最後の悪あがき。この問いかけに対し、“奴”はまた、ふふんと微笑み、先ほどのような顔?で、楽しそうに喋り始めた。


『聞きたいか、聞きたいかね。とはいっても、簡単だ。肉体的苦痛を与えず、ただ目の前でひとりひとり、近い村の民を()()()落としていくだけだ』


ぐい、とその白い顔を大きく突きだして嬉しそうに語る。初めて間近に見る顔は、すぐに作り物だとわかるほどに乱雑な顔をしている。


"司教"は数多の尋問に精通している。

この立場を確立するに至り、異端者に、罪人に、何度も審問を行ってきた。

……客観的には、非人道的だと罵られるものも、いくつかあった。


「ふん、随分と古典的な……てめえら……っ、大物ぶってる割に、大した、拷問じゃねえじゃないか」


蹲りながら、司教の眼は奴を常に睨み続けている。

額から汗が垂れ、目に入ろうと、その殺意を持った視線は揺るがない。


『そうだね、その通りだ。だがどうだろう?人間達で遊ぶ以上は、遊びは人間に合わせてやったほうがおもしろい、そう思わないかな?』


「……わからねえよ」


『ふふん、わからずとも良い。さらに面白いのが、こんな単純な手が存外に結構に覿面(てきめん)だということだ。たとえ情報を漏らしても隣に整列させられている哀れな弱き民が助かることはないと頭の中で分かっていても、目の前でまるで流れ作業のように首を斬られていく人々に、泣き声に、恐怖の嗚咽にはなかなかどうして堪えられない。我々には終ぞ分からない感覚だがね。そしてひとたび、どんな小さな情報でもいい、いやむしろ何かを喋ったらでいい。たいていはなぜか、ずっと口をつぐんだままなのだから。もうやめてくれと、弱音をこぼした、そんな程度でもいい。その時に、残った民衆の首を一斉に落とすのだ』


「……!何故……!……いや、そんなことをしたらっ……ぐ!」


傷が痛む。痛い、痛い、苦しい……

だが、だが、この最後の責務だけは……!


『うむ、誰もが、おかしな行動だと考えるだろうね。だけどね、何故か、その時を皮切りに、ぽつりぽつりと情報を話し始めるのだ。色々なやり方を試してみたが、これが最も効率がよかった。どうしてなのだろうね?…まあ、効率を求めているわけでもないが、終始楽しめるゆえ、気に入っているやり方だよ』


「……!!」


『まあ、どうだろう、多分だが、推測に過ぎないがね、何をしても無駄だと思わされることが、人の心を折る要因になるのかね。それならば何とも簡単で、そして(なん)(むずか)しいことか。それにかこつけて言うと、君が今している…挑発かな?それとも時間稼ぎかな?…どちらでもいいがね、その行為のなんと無駄なことか!…だが君の心はむしろ折らない方が面白い』


「う……ぐっ」


分かっていた、分かっていたさ。想像しなかったわけじゃない。こんな人知の及ばぬ怪物、俺の機微でどうにかなるものじゃないだろうなんて……。


俺の脳内に、奴の分身体が隣国で殺戮を繰り返している姿が、映像が勝手に現れてくる。奴の能力か?どこまでもふざけた野郎だ。


コレはなんだ。現実となんの関係もない映像ならよいが、過去、奴がこの世界で行った殺戮か?


『往生際だけではなく、察しまで悪いとはねぇ。時間稼ぎなど、無駄と言ったろうに』


は……はは。そうか。つまり、そうか。

俺がどれだけ足掻こうと、これはどうしようもない。

巨山の噴火。煮えたがるマグマ。それを破れた団扇でどれだけ扇ごうと、意味のない話だ。


分身体か。それも2体や3体では足りない。

奴は少しづつ、少しづつ殺してると言うのに一気に殺戮の嵐が広まり、世界が災厄に見舞われた理由がこれか。


いや、ここにいるのこそが分身体なのか?はたまたこの存在に分身も何もないのか?


『私はこんなに、こんなに、こんなにも実験を繰り返し、考察を重ね、たくさんの犠牲と時間を払っている。これを優しさと呼ばずなんと言う?すぐにでもこの世界を消されるより、よっぽどいいだろう』


「……」


ただ、無言で睨む。それが、司教にできる精一杯だった。


『…はっはっは、嘘だ、冗談だよ、そんな顔をするな、唆ってしまう。私はちゃんとこれが狂気であると理解している。命は簡単に奪われてはいけない、儚くも美しいものだと理解している。その上でしていることだ。むしろそれだからやっていることなのだ、どうかどうか、許しておくれよ』


……これ以上の、対話は無駄だ。

もう、俺には……


「……最後の質問だ。貴様、目的は……目的は何だ」


『!ほほう、よくぞ聞いてくれた、私の目的はね、ふふん、私の目的とはね……』



…………………………………………………………………………………


大導星が輝いている。勇猛な希望の光に共鳴するように。

凍えるほどに寒いはずの魔界のその地が、熱く燃え上がっている。

12人の、光の剣士たちが剣を地に突き立て、手を点に掲げる。ほのかに、周囲が薄く光り出す。


「さあ、永い防衛戦は今日で終わりだ。今ここに、反撃の狼煙を上げよう。」


「ついに、この時が———。」


「承知…」


「う……緊張する…」


「必ず、打ち倒してみせる」


「すべてはこの日のため…」


「……」


「世界を、皆を守ってみせるわ」


「準備はできているよ」


「往年の戦い、積年の恨み、今ここに」


「……はい!」


役者は出揃った。

舞台は整った。

追憶は終えた。

覚悟は決まった。

あとはこの地の輝きひとつーーーー。


「……みんな、覚えているか、先日遂に我々が知ることができた、“しぃけーちき”の目的。これほどまでに世界を揺るがすその理由を」


剣を握った右手を空に掲げながら、もう片方の拳を握り締め、微かに震える。震えと緊張感はやがて周囲に伝導し、一層、重い雰囲気を際立たせる。


「皆、・・・魂を()()()くれ」


言葉を聞くと、ほぼ同時に全員が魂を開放する。瞬間、全員の魂が、力を込めても居ないのに輝きだし、光が弧を描いて、ごちかわの元へと集まり出した。


「ぐ…う……」


「大丈夫か、ごちかわ?」


「大丈夫、だ、俺にしかできないことだ…やり遂げないと、皆に、アイツに顔向けできん」


じわじわと、地面が消えてゆく。辺りと自分との境界線があやふやになる。総員は一切臆さず、ただ一点を見つめていた。


「皆……皆、思い出してくれ。あのふざけた理由を。“しぃけーちき”の目的。あの悪鬼が、この世界を滅茶苦茶にする、その理由を」


ある者はしぃけーちきを追う過程で。

ある者は分身体との邂逅で。

そしてある者は大導星で。


奴の、殺戮の理由を知った。その目的は何か。

あの悪鬼を相手取るために、必ず知る必要があること。



「「「「「「「「「「「……!!」」」」」」」」」」」


「あいつは……あのクソ野郎はこう言ったな、人間を、平和に暮らす民衆を虐殺する目的は……」


「ふふん、それは、それはね、殺すためさ。殺すことが、何よりも楽しいのさ」


「……!!お、お前……!!!!」


「え……!」


「なっ……」


ーーーー辺りが闇色に染まる。

深淵の突風が吹き荒れる。

総員にとって、最も聞きたくない、そしてこれから叩き潰す予定のその声が脳裏に響き渡っている。


総員はさすがに面食らうも、さすがは選ばれし聖十二騎士。瞬時に身構え、大敵をつぶさに観察する。


「ははは、何やら()()()()()事をしているじゃないか。どれ、座標を合わせてやろうかな。君の負担も大きく減るのではないかな」


「く……は、なんたる想定外!!だがな、コイツ相手なら()()()()()()()()だ!もはや俺……俺たちはただこの飛んで火にいる夏の虫をおいそれとそのままに捕虫器に誘き寄せる、それしかできない!!いいな!!」


大敵は禍々しい気配を放っている。

騎士達は全員、奴の分身体を見ている。

だが目の前にいるこれは格別だ。別格だ。


全員に悪寒が走る。しかし、ここで怖気づくわけにはいかない。


「参ったね、あの世界よりも面白いことが起こりそうだから、顔を出してみたのだが、暫くは帰れそうになさそうだ」


「……永遠に帰れなくしてやるよ」


バ シ ッ ッッッ!!!!


けたたましい音を立て、世界が切り替わる。いや、絞り込まれたというのが正しいか。


「ごちかわさんっ…!」


「……当初の予定通り、畳みかけるぞ、奴のお陰といっては癪だが、かなり消耗せず済んだ。“時を司る神”しぃけーちきを倒す、今が最大の好機だ」


“しぃけーちき”は、時の神ゆえ、過去、未来、様々な時空を自由に行き来することができる。同一時空に複数の姿を両立できるのも可能であり、万が一追い詰めたとしても、過去に未来に逃げればすべて終わりだ、なんというイカサマだ。


そこで、選ばれし12人の魂と光の力を使い、()()()を創った。この世界は仮ゆえ、人間が世界を創造することができないというこの世の常識に違反し、すぐに消滅する。


だが仮世界の中ではそんな常識なんな知ったことではない。その世の狭間の矛盾の元に、“しぃけーちき”の時を閉じ込めようという腹積もりだった。


つまりは、この世界の秩序を逆手に取ったバグ技だ。

しぃけーちきの存在はもはや世界にとっての(バグ)である。毒をもって毒を制す。それが、彼らのたてた作戦だった。


しぃけーちきはこの世界にいくつも存在している。配下の一人である“怨念の使者・シャドウしぃけーちき”を除いても、この世界に、また異界に存在するしぃけーちきはいったいどれほど存在しているのか見当もつかない。当初は仮世界を創った後、世界と全員に<“空間転移(カジウスポート)”>を掛けしぃけーちきの一人を絞り、奇襲をかけるつもりだったが、なんと、その瞬間に奴が飛び込んできたのだ。


タイミングを少し外されたが、宿命の血戦が、ついに始まるのだ。


「くっくく……」


にやけが止まらない。嬉しさと恐ろしさによる動悸が重なり合い、これまでで見たことのない速度で心臓が脈打つ。


「どうしたのですか、巨敵を前に、そんなに笑って……」


「……ああ、わかったぜ」


雨宮玲音は分かっている様子だ。迸るこの激情を。


「もう……いいんだ……、もう、いいんだろ?」


「……」


「……?」


「ああ…」


「……こいつを好きにしちゃって………!!!」


不敵に笑う。それを咎めることもなく、聖十二騎士もまた臨戦態勢。この時を待ちわびていたのは、彼だけではないのだ。

開戦前に一時この場を離れた3人の別動隊を除く9人と、魔門京にて、ここでしぃけーちきを叩き潰す腹積りだ。


「ふふん、胸が高鳴る。()()()()の私の魂がどよめいている。こんな気持ち、いつ振りだろうね。なんだい、君達。用意周到に。私を、殺そうとしているのかい」


「ああ。殺す。念入りに殺して、お前という存在を全ての世界から消し去ってやる。……随分と嬉しそうだな、被虐嗜好(マゾ)の気質があるとは恐れ入ったぜ」


「楽しい、すごく楽しいさ。当たり前だろう。ここではきっと、過去も未来も存在しないのだろう?もう私はどこにも逃げられないのだろう、狭いところは落ち着くものだ、なんと素敵なことか。ふふ、ふふん、いわれのない誤解はやめて欲しいね」


言葉が終わる前に、実体をつくりふわりと宙に現れたしぃけーちきが地に足をつける前に、

戦士たちは疾風怒濤の堰を切った。溜まった鬱憤を、積もる恨みをそのままに。


「うおおおおっ—————!」


戦陣を斬ったのはかの雨宮玲音。左手に携えた大槍で一瞬のうちに数十回の刺突を成し、勢いそのままに後方に駆け抜ける。すれ違いざまに、靈銃“霙”の白銀剛弾を撃ち込んだ。その反動が手伝い、はるか後方へ抜ける。


遅れて、撃鉄のガギン、という音が響き渡る。


「「はあああぁぁぁーーーっ!!!」」


メロネとウリアムが続く。金色に輝く手を、撃ち込まれた弾に沿うように抜き刺す。

世界と時を絞ってもなお曖昧な実体に惑わされないよう、魂を起点とした、魂への連撃。いくつもの虚構の死を乗り越えたメロネと、過去、“奴”に魂そのものを握られたウリアムにうってつけの仕事だった。


二人が“しぃけーちき”の魂に付けた傷は紅く光り、後ろに続く彼らの目印となる。


ーーー紫深淵色の炎が猛る。


“しぃけーちき”の足元に、<“淵紫炎(キマガ)”>が燃え盛る。魔門京が放つ、

聖騎士の加護を持たずとも深淵の使者と戦うために施した“淵化”。人魔共存の魂を持つ京ならではの施術だった。


炎の中からきんしゅきの怒涛の拳打が繰り出される。淵紫炎をものともせず、むしろ、身に纏い更なる力としている。炎嵐。世に存在するすべての炎を我が物とできるその力、淵化したその紫炎をも例外ではなかったか。


こいかわの流星が降り注ぐ。ブランクを感じさせない強大な力。とてつもない質量を伴う、重厚な一撃。

流星に跨り、ハナかわと虹かわが高密度の魔法により一点を消し去る。


楼撃魔法は範囲を絞れば絞るほど強くなるものだ。ハナかわは総員の攻撃が直撃した中から正確に“しぃけーちき”の御魂の位置を見抜き狙いを定め、攻撃の起点をある一点に集中させた。それだけではない。過去と未来の存在しないこの異界の中では、その威力は今、たった今のみに収束する。その一点発破の楼撃を、“異質”が変容させ、かの術式<“滅”>に匹敵する超威力をもたらす。


無間に続く“今”が渦巻く。夢幻を紡ぐ、存在しないはずの未来が駆ける。


「最高の……最高の幕開けだ、行くぞモザちゃん!!!」


「……はい!!!!!!」


最後に、白くも黒くも染まったその世界の片隅に、臆面もなく突っ込むのはその二人。師と愛弟子の、<“二聖天(ニルヴァナ)霊煌煌(・ハザク・ニ)双麗斬(ヴルガロア)”>。


「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」


一度退き、固唾をのむ。モクモクと、煙が立っているが……


「……やったか……!?」


「あの……雨宮さんまじでフラグ建てるのやめてくれます?殺しますよほんとに」


「っえ……!?」


「は……っはは…ッ、元気だ、とても。積年の恨み、この身をして思い知ったよ。すさまじいものだ」


「……っっ!!」


「ほ、ほらぁッ!」


「な、俺のせいだって言いたいのかァ!?」


「き……効いてないのか……?」


「いや、効いているぜ、十分すぎる程な」


黒煙の奥。両手を広げ、とても楽しそうな表情を浮かべ、奴は立っていた。ところどころに傷がつき、血のようなものを流している。


「そう……そうだ、その通り、これ以上なく効いている。こんなものだよ。私など。神の権能など()()()()()ものだ。深淵に手を染め、悪逆の限りを尽くし、そして今時空(とき)のはざまに閉じ込められた私など、こんな脆弱なものに過ぎないのさ」


「……ッ、はは……脆弱……だってェ!?ふざけやがって、これだけ叩き込んでその様子、どこが脆弱だ!」


「落ち着くんだ雨宮よ、この世界でなくば、我々が何をしようと奴はなんともなかった。……だが今なら、世界と時をただ一点に定めた今ならこの上なく、これまでで最高に効いている。それは例えるなら宇宙に拳を振る行為が蟻が一生懸命に象を蹴りつけるさまに変わったことだ、これは間違いなく大きい」


「……虹、かわ…っ、だが……」


「はは、そう興奮しないでくれ。あと数億回くらいかな?さっきほどの連撃を繰り出せば、きっとこの脆い体も崩れるはずさ。頼むよ、私を殺してくれたまえ」


「て……めえ……!!」


「挑発のつもりではなかったのだがねえ……願わくば君たちの意思の続く限り付き合ってやりたいが、早くしないと、困ったことになってしまうよ」


何やら含みのある言い方だが、ここまで来たのだ、総員ができることは、言う通りに攻撃を繰り返すことだけだった。



…………………そして573回目の突撃を終える。

"奴"は、相変わらず動く気配がない。


「っはぁッ……はぁッ……ぐ…一体、いつになったらっ……!」


まだまだ、全員で攻撃を繰り返す。魂を削りながら。だがいつまで経っても光明が見えない。常に全員に魔法をかけ続けていたハナかわが、遂に弱音を吐いた。


攻撃のすれ違いざまに、奴の発する深淵の瘴気によって少しずつ魂が蝕まれてゆく。


「く、近づくたびに、私たちが瘴気に耐えきれず後方に退くたびに、哀れむような顔をして……!本当にムカつく、そういうのっ!」


「そうか、悪いね。そんなつもりはなかったのだが」


「なんで一向に反撃しねえ……!攻撃する必要もないってのか!?」


「それも違うなあ。本当は私だって()()()()している。殺したくて、殺したくて。でも、それだと、たぶん、私を殺してくれる人間は終ぞ現れないのだはないかという不安が(よぎ)るんだ」


「何をふざけたことを……!」


「ふざけてなんかいないさ、これは大まじめだ。君達なら知ってるだろう、かの金 モザ次郎の力を!…私は先ほどちらりと話した通り、誰かを殺すのが好きだ。小さな矮小(ちいさ)な命が潰えるのが好きなんだ。でも、でもね、あの日、私が彼と対峙したあの日。私は時空移動を神の権能を世の分身体の力をすべて使って戦った、そして敗れた。私は逃げるためにその場に91億9263万1770個の転移門を描きそれぞれに私を創ったが、彼はその転移門をたった一つを除き潰して来た。そして迫り来る彼の剣。有無を言わせぬ、完全な敗北だった。あの感覚がいつまでも忘れられなくてね。あの時は、遂に情けを掛けられたが、私は…私自身が死ぬこともまた、楽しみなのだ」


「……勝手に死ねばいいだろ」


「いやあ、それじゃ味気ない。わがままだけど、あの時のように、私は私の全てを失い、全てを叩き潰され、無様に死にたいのさ。こんなおあつらえ向きの場まで用意してくれた君達だ。期待しているよ」


「ふん、貴様の要望を叶えるのは癪だが、俺達の宿命を果たさせてもらうぞ」


「…!ほ…」


ザク、と音が上がる。前線で戦うウリアムのマントに隠れ、金色に燿る剣が“しぃけーちき”を貫いた。


「ベラベラと喋るから、遂に当たってしまったな、“しぃけーちき”!!さっきからこれだけは避けていたよな、それを見逃す俺達じゃないぜ……、金喪斬刀、深淵の力を振り払う人間の希望の結晶!!今なら覿面だろう!もしこれが効かなきゃ、もう全員で腹を切るところだった。余裕をぶっこいていたが、さすがの貴様もこれだけはマズいようだな。それともまさか、死が楽しみで自分から当たったとでも言うか?」


「ふ、ふふん、いやはや、これは……君の言う通り、特効だ。なんと。時を移り替えられぬだけで、こうも……光の力、と言ったかな。人間達の力の源泉。元をたどれば……大切な者を失う哀しみ、強大な敵に立ち向かう勇気、そして人々に生まれる絆、愛情……私も驚いた。こんな儚いものが、輝きが、力の源となっているだなんて。勿論、わざと喰らったわけではないよ。昔から、夢中になると本当に油断してしまうタチでね」


「人間の力を舐めないでよね、数多の地獄を生き抜いて育まれた意志は、簡単には折れないよ」


メロネの<“恋の荒縄(ハレンティウィップ)”>が金喪斬刀としぃけーちきを繋ぎ止め、簡単に抜けないようにしている。しぃけーちきの間合いに深く潜り込む、決死の覚悟だ。メロネの培われた死への恐怖耐性のなせる業とも呼ぶべきか。


「はは……人間の力を舐めたことなど一度だってないさ。人はスゴい。絆だなんだと、そんなあいまいなものが無限に力と可能性を産み出す。私も少しばかり知っているさ。……実はこれでも少し人間側に立ってたことがあってね……そんな勇気と繋がりの人間……尊くも儚い人間だからこそ壊したい、だからこそ殺したいのだ」


「……」


「この世界にしてもそうだ。スゴい。時の一つも動かせない。こんなもの、本当に君達と、“彼”の残滓のみで創り上げたのかね」


「くはは、そんなわけがあるまい。神を討つために、人の力だけでは心許ない。大胆にも、こちらにも神の力を使わせてもらったぜ」


「そうか、サクラウニ……あの神が。あの力が、君達に与していたのか。あれだけではなかったか、そうか、かの神が繋ぎ止めていた時空。かの神が消えたことによる時空の乱流。その時の蠢きをここに引き寄せたのか。繋がれていたはずの時空が鮮やかな、常でない点滅を繰り返している。時空が世界がばらばらの滅茶苦茶。そんなこの状況だからこそできたことか。なるほどね。あの時、あの時空で君がサクラウニに会いに行った時も、このための布石だったわけか」


「やっぱりあの時も見ていたのか、どうりで()()()()()()と行けると思ったぜ」


「そうさ。つまり君は、君たちはずっと……


「ああハイハイ、分かった、お前の思い通りだって、手のひらの上で転がされていただけだとでも言うんだろ?あいにく、承知の上さ。お前が舐めプをしてくれるなら、思う存分それに甘えさせてもらうさ、その余裕が油断に変わるまで」


「……ふむ、そうかね。だが、だがね、どうする?ほぉら、もたもたしてるから、来ちゃったじゃないか。私にとって、これは嬉しいことかな?それとも……」


ズ……ズッズズ……

おぞましい音を立て、世界の片隅にヒビが入る。

ヒビはやがて世界のゆがみとなり、そこから、黒き翼の悪魔が姿を現した。

瞬く間にひずみは戻り、憔悴した聖騎士たちと対峙する。


「……脳魔。原初の悪魔脳魔。どうやって見つけた、この世界」


いち早く虹かわが反応する。大敵しぃけーちきに完全に背を向け、突として現れたその怪物の動きをつぶさに観察する。


「かなり手間取りましたがね。こんなあやふやな空間、人の身で如何にして創り上げたので?」


「く、絶望が来てしまった、予定より早く、絶望が来てしまった!だが想定内だ、俺と虹かわとハナかわで、奴を討つ!」


「いや……ごちかわさん、私にやらせてください」


「モザ……ちゃん?…本気か?」


「ええ。多分楽勝だと思うから」


……おお、もう()()()()いる。

かの恐ろしき“しぃけーちき”との対峙が刺激となったか。むしろ今まで出てこなかったのが不思議なくらいだ。


「挑発ですか?……乗りませんよ。さすがに貴方のことは知っています。たとえ知らなくても、隠しきれないその計り知れない力。貴方相手に油断など愚の骨頂」


しぃけーちきは動かない。奴の性格を考えたら当然だろう。今もなお金喪斬刀による深淵への損傷が入り続けているのに剣を抜こうともせず、楽しそうに微笑んでいる。


対して、その二人は相対する。

原初の悪魔。これによって、古くからどれだけの生命が失われて来たことか。どれだけの人々が涙を流したか。


この決戦の場で、しぃけーちきを倒すためだけの血戦の場で、

まるでそれが運命であるかのように、

煌光と漆黒が対峙する。


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