第十二話 “ウリアム”
「俺はモザちゃんを呼んですぐに戻るが、お前はどうする。どちらにせよ残り時間は短い」
「ん、じゃあ僕も共に戻るよ。ごちかわの力がないと戻れないだろうし」
「いやそんなことはないが…となかわ、目的は済んだのか?」
「もちろん、ここに来て五分で終わったよ。昔ここで“しぃけーちき”の分離体と戦ったことがあったからね。<“光煌聖天心剛掌”>で魂の記憶を覗き見れば、目的などすぐに分かったさ」
「……そうか、じゃあお前は…」
「特にやることなんてないし、暇つぶしにでも興じようと。それより、あっちではおもしろい事が起きているようだね」
なんて無駄遣いだ。大導星の。仮にも、古代兵器だぞ。
「…そのようだな。我が師が扱く我が愛弟子。魂の帰還。光が、その本当の輝きを見せる時が来たのだ」
二人が話している傍ら、背後から、馴染みのある声が聞こえて来る。…ちょうど、君の話をしていた。
「ただいま。ごちかわさん、となかわさん」
まるで遊びの待ち合わせ場所に来たかのように、軽い足取りだ。
「済んだか。見違えるようだ」
「ごちかわさん、会っていかなくていいんですか?仮にも、元師匠じゃ…」
「いやあいい。こっぴどく叱られそうだ」
「え、バレてましたよ?普通に…」
「なんでさ!?」
「“始祖”モザ次郎、僕も会っていきたいけど、時間がないね…」
「自業自得だろう。さあ。役者は揃った。これより、“打倒”へ向かうぞ」
いつの間にか、宙に浮かんでいる黒く小さな星。合図とともに、ごちかわが星の中心を貫くと、忽ち景色が暗転した。
「お」
「あ」
その瞬間、いくつかの視線に囲まれた。緊張感が伝わってくる。
元の場所だ。大導星を使う前の、蒼き世界アオタンの中枢。
先程と違うのは、ごちかわ達を取り囲むように、7人の戦士たちが集まっていることか。
聖十二騎士のうち6人、ごちかわととなかわを合わせると8人がもう集結していた。
“流星を纏う聖騎士”こいかわ。眼があった瞬間、俯いて目をそらされた。
“桜蘭を纏う聖騎士”ハナかわ。凛々しい眼をしている。
“炎嵐を纏う聖騎士”きんしゅき。少し前、緊急で任命されたままなのか…。不安そうな眼をしている。
“淫乱を纏う聖騎士”メロネ。これだけの猛者が集まっているのに、その立ち振る舞いには一抹の油断も見られない。
“勇転を纏う聖騎士”ウリアム。わずか数日前に生まれ、そして任命された異例の存在だ。詳しくは知らないが、不思議な煌めきを感じる。
“異質を纏う聖騎士”虹かわ。かなり強い力を持つ聖騎士だ。今回の作戦の、筆頭エースになるだろう。
魔門京。いつの間にここへ。禍々しい気を放ち、様子をうかがっている。
聖十二騎士は、世界のあちこちに散らばるこの光の猛者は、今日、このためだけに作られた。12の光が集まって、12の紋章により、闇が払われる。この世界に、光が照らされる。“しぃけーちき”と対等に渡り合うに、必要なものだ。
「善く来てくれた、皆の衆。突然の召集なのに、ありがとう」
「うぅ……なんかイヤな予感がするんだけど…」
「どうしたメロネ。今こそ血戦の刻。わがままを言っている場合じゃないぞ」
「いや…それはわかってるんだけどね?…でも……」
不安そうだ。無理もない。これから相手どるのはかの“しぃけーちき”。他の皆も、緊張を隠せないでいるな。かすかに体をこわ張らせて。
「よし。なら、お前に催眠をかけてやろう。痛みも恐怖も感じない戦士になれる催眠だ。」
「え、催眠!?催眠かあ……」
「そんなこともできるんですか。便利ですね」
「はは、<“催眠効果硬貨”>、この魔法道具の揺らぎを見つめれば、それだけで痛みも恐怖も感じない狂戦士になれる」
「へえ…それが……ってそれ、ただの5円玉じゃん…」
「この世界に日本円って流通してるんですね…」
「ほら…お前はだんだん眠くな~る……」
「……狂戦士にするんじゃなかったのですか?今時そんなので催眠にかかる人なんて……」
ハナかわととなかわが、呆れつつメロネの様子をのぞき込む。すると……
「え、えへへ……私がそんなので催眠にかかるなんてソンナノアリエナイワ。だって私たち……恋人同士じゃない☆」
「掛かっちゃった!?」
「いや…なにかおかしな掛かり方していないですか…?」
「いや俺こんな催眠掛けた覚えないんだがな…」
「そっちの方が怖いんだけど…」
「メロネの催眠耐性はクソザコだからな…現に5円玉を取り出したころにはもう催眠にかかり始めてる」
「それはもう何かの病気では…?」
「ちなみに10円玉でやると効率2倍だ。重ね重ねご縁がありますように、ってな」
「初詣にでも行ってんの?」
「これの効率2倍なんて想像もできないんですが…」
……緊張感のない会話。そこだけが、異質な雰囲気を醸し出している。
僕は睨んでいる。彼らを、ずっと。この戦いの意味を、知らないのか?聖十二騎士の中枢たる立場の人間が、なんという……
「もう少ししゃんとして欲しいのか?ウリアム」
虹かわ。……思考が読まれたのか?いつの間に後ろに…
「……いや」
気にしていない、と素振りで示すが、顔がこわ張っている。
「過度な緊張は身を滅ぼす。どうせ死ねば死ぬ。肩ひじを張るな」
「たとえこの身が滅びようと、奴を殺す。悪の根源を打ち倒す。この身なんて喜んで捧げるさ。こんな、年季の浅い僕でも…覚悟はできている」
「そうだ、お前は浅い。異例なほどに。初めてだぞ、生後3カ月の聖十二騎士など」
ざわっ。
今までのざわめきとは違った、動揺が辺りに伝播する。
どう考えてもおかしなこと。そも、ウリアムという聖十二騎士なんて、誰も知らなかった。それどころか、そんな名の剣士さえ。その場のほとんどが初邂逅であるその聖十二騎士が、生まれて3か月…?
名も知らぬ謎の剣士が、突如聖十二騎士として名を馳せたことなら、数年前にニヤ王国であった…が、それとは話が別だ。
…辺りの視線がウリアムに突き刺さる。
ウリアムは少し呆れた表情をした後、短くため息をし、何やら光るシャボン玉のようなものを辺りに撃ち出した。人数分のシャボン玉はふわふわと漂い、目の前で破裂する。
…<“想軌跡史玉”>だ。ウリアムの記憶を、回想を一瞬にして視せてくれる。
———生まれたときから、僕は“勇者”だった。
鮮明な記憶がある。
生まれ落ちた自分を抱きかかえる、年老いたお爺さん。なにやら大粒の涙を流している。
母は居なかった。
父も居なかった。
僕は何から生まれ落ちたのか。
――――――眩しい。
お爺さんに抱えられたまま扉の外に出る、生まれて初めて見る太陽に目が眩む。
実を成している木々に阻まれた、きわめて弱い日光だというのに、自分にはあまりにも眩しすぎた。
ほどなくして祭壇に置かれた不自然に豪華な椅子に座らされると、同時に、周囲からの賛辞が聞こえて来た。
生まれたばかりだというのに、僕は多種多様な彼らの喜びを、言葉を正確に感じ取った。
勇者の再臨?眠り続けた王国の復興の嚆矢?いろいろな言葉が聞こえて来る…
…3日ほどで僕の身体は成熟した。何故か体に染みついている剣の“型”。おかしな事だと思う。だが、周囲の人間はちっとも異常性を感じていなさそうだった。生まれて3日の人間が、こうも迅速に魔物達を討伐しているというのに。
だけど僕は決して万能ではなかった。この王国を長年蝕んできた魔物達との闘いの日々で、守れなかった人がたくさんいた。だけれど皆、死に際に、貴方が無事ならなによりだ、と、貴方さえ生きているのならこの王国は安泰だと、笑って言うのだ。
気味が悪かった。魔物達の鋭利な牙で首を噛まれたり、攻撃によって崩れた崖の下敷きになったり、たいへんな苦痛だろう。読んで字のごとく、痛く苦しいはずだ。なのに君たちは、血を吹き出しながら、崩れ切った顔で笑って死んでくのだ。何故?益々重圧はのしかかるばかりだ。僕の目の前で、もう誰も死なせはしない。
守らないと、護らないと………………。
しらみつぶしに斬って、倒して。王国に巣食う邪魔者を一掃するまで、一睡もせず、一瞬たりとも気が抜けなかった。
そして、1カ月。
木々の実が熟れきって落ちたくらいの時期。
実の穫り手は居ない。
高く売れそうな果実なのに、勿体ない。
長く、濃い、1カ月だった。
魔物に支配され崩壊した王国を、奪還することに成功した。全ての魔物を倒したのだ。悪の芽を潰したんだ。
でも不思議と達成感は得られなかった。とりあえず、ひとときの休息が欲しかった。
最後の魔物の死体の傍ら、血なまぐさいその場所で、僕は横たわった。
この魔物は首を斬って殺した。見苦しく抵抗していたが、最期は呆気なかった。首を掴んだまま、眠気におそわれ、眼を閉じる。
すると——、どこからともなく、禍々しい声が聞こえてきた…。脳内に直接響き渡るような。新手、か?勘弁してくれ。僕は疲れているんだ。
『素晴らしい。実験は成功だよ。流石は勇者の生まれ変わりといったところかな』
なんだ?どういう意味なんだ?わけも分からず、ここまで戦ってきたんだ。これ以上、ややこしい事態は御免だ。
脳に響き渡る声を追っ払おうとするも、意味がない。細胞の隅々から聞こえてくるようだ。耳を塞いでも無意味だ。
『ふう。辛抱強く実験した甲斐があったよ。なあに、今どき、転生した勇者は魔王と相場が決まっているからねえ。』
その言葉を最後に、“反転”したのを感じた。周囲の音が、感触が、全く違ったものと化した。体が震える。怖い。生まれて初めての心の底からの恐怖。何故恐怖しているのかもわからないが、夢を見るために閉じた眼を、身体が開けることを拒んでいた。
あまりにも非情だ。その眼は、現実を見るため、開けなくてはならない。
魂が何かを叫んでいる。手足が凍てつくような恐怖。今の今まで掴んでいた、首を、その、眼で、視て、
「あ………………………………ぇ、あ……………」
僕はすぐに振り返り、走り出した。今日掃討した魔物達の居た場所。道。過去に倒した魔物達の場所。守れなかった仲間たちの弔いの地。
ざざ惨殺された人々の跡。
どこもかしこも血に血に血にまま塗れ、
両断されたくくび首なし死死死死死体死体。
赤子を守るように守るように守るように倒れている若い夫婦。最後まで最期までさいごまで抵抗した跡が跡が痕が
。
少し離れたところでところで細切れに細ギれに細ギギギギギギギギれになっている赤ん坊。
「あっ…ああ、あ…ああ…ッ……」
。
………ハ、ハ、理解。全て、リ理解カイカイした。タノまなくても、心にヒビく声がおし教えて教えてくれた。
自、分が勇者の勇者の生まれ変わりなのはいつ偽りなき真実。
都合よく、勇者たりえるために必要な知識と力を力をチチチ力をを与えられた、そそそれだけの存在。
この世界に世界に希望ノ光を照らすためにウウウウウウ生まれ落ちタ存在。
それなのニ
僕は守るべき人々ヲ
平和に暮らしていた王国の人間達ヲ
この手デ
この剣デ
何が勇者ダ
何がみんなを守るダ
何が誰も死なせはしないダ
「ああ、一足遅かったみたいだな。ここは他の王国から隔絶している…異変を感じ取るのが遅かった」
「……」
「だんまりか…。とりあえず、顔を上げてくれ。視える、視える。その苦しみ、悲しみ、そして痛み」
「……コココココ殺し殺しここ殺し、て、く…レ………、」
「そういうわけにもいかんな」
「……ぁ…ハ、ぅ」
「お前は操られていた。脳を、魂を支配され、幻想の世界で生きてきた。“しぃけーちき”によってな」
もう、何も、ナニナニナニも考えたくなかった。
ジジ地獄すら生ぬルいほどのぜ絶望絶絶望と自己ケ嫌悪。そのカカガカカガカ渦中、
ソそのその名は、“しぃけーちき”という名ダダだだけは。
「……、は」
「失われた命は戻らない。ならば、その力を使い、世界を救うのだ。“しぃけーちき”を打ち倒し、真の勇者となるのだ。私は“異質を纏う聖騎士”虹かわ。私たちと共に来い」
………………………………
回想が、脳内に体験として瞬時に浮かび上がる。ウリアムのわずか数カ月の軌跡が、凝縮されたものだ。
「…そこまで見せるのか。思い切ったな」
もしかしたら、今も操られているのかもしれない。覚める前の夢こそが現実だったのかもと信じたい。
今の判断が正しいかはわからない。
ただ、罪滅ぼしをしないと…している気にならないと、僕は自己憐憫に耐えきれないだろう。
だから戦い抜くと決めた。命を賭して。
今度こそ、“勇者ウリアム”として。




