第十一話 “朋友は菩提の種、孤悪は輪廻の絆”
『事の仔細を教えてくれ。今のうちに』
行ったことのない場所に、魔法による移動はできない。急ぎ移動しながら、アオに問いかける。
ちなみに、雨宮玲音は、あの場所で門付近の魔物を護り、外の世界を守るため、あの場所に残ると言っていた。
『…つい、最近のことよ。千聖は——
『おお、回想シーンに入るのか。ここで回想に入ると読者にとってちょっとややこしいが大丈夫か?』
『今それどころじゃないから黙って』
『ごめん』
蒼き世界アオタン…の隣国、“聖域世界アティシ”。
その聖騎士、千聖は、正義感がとても強いことで有名だ。
『久方振りの会談ね、千聖』
『おお、アオ=アオタン。御早い参集、感謝する』
野太い声、隆々しい体。鍛え上げられた肉体が、その腕っぷしを裏付ける。
軽く礼をして、顔を上げると、アオの後ろの何者かに気づいた。それらはアオの後ろに隠れ、こちらを伺っている。
『アオよ、その者達は…』
『着いてくるって聞かなくて。今日の会談はすぐ終わるし、少しくらいいいでしょう』
『それは良い、だが…』
もう一度アオの後ろを見て、険しい顔でアオを見る。何かを訴えかけるように。
『…相変わらず、お堅いわね』
『お堅い、だと?聖騎士として、当然の反応だと思うが』
アオの後ろに居るのは、魔族…が二人。かなり幼い…。それに片方は、まだ赤ん坊だ。もう片方が抱きかかえている。
『魔物達をただ倒すだけが正義じゃないの。互いに歩み寄れるなら、共存するのもまた道よ』
『私も部分的に賛成します。そんな世界もあっていいのでは』
アオの隣に居たハナかわも、会話に入ってきた。
『…ハナかわ。…なぜ分からん。魔族は、魔物は結局は悪意しかない。今も、我達の首を刈り取ろうと虎視眈々だ』
『時代は変わる。常識だって。彼らだって、何もわからぬまま僕たちに倒されてきた仲間がいる。互いに歩み寄るべきなのです。何十年、何百年かかるかは分かりませんが、きっとできる』
『魔物は人間の魂が無くては生きられない。そして決して同族ともつるむことはない。そんな者たちと、どう暮らせばよいのだ』
『確かに、これまではそう思われていましたね。でも、それらは僕たちと魔物達の軋轢が生んだ誤解…かもしれないですよ』
『なに…?』
『この子たちを見てみなさい。魔族の兄弟、仲良く暮らしているわ。たとえ家族でも、信頼し合わないと言われていたのに。ひょっとしたら、人間との凄惨な争いの果てに、長く生きる魔族達は、何もかも信じられなくなったのかもしれない』
『我らが君主サトクンが、“闇球”なる人工の魂を作られました。これは容易に生産でき、魔族達は闇球により魂を喰らわずとも生活することができます』
…
『ちょ…ごちかわ。そろそろ詳しく教えてくれ。この世界はいったい…』
回想の途中だが、待ったをかけ、となかわが隣に質問を吹っ掛ける。分からないことばかりで、謎が謎を呼び、混乱しているのだろうか。
『まあ、平たく言うと、魔界だ、ここは。本来魔族・魔物達が済んでいる世界。こちら側から順に蒼き世界アオタン、聖域世界アティシ、大童幼好国と並ぶ。離れていくにつれ魔物の数は多い。千聖は、“魔物掃滅”の信念のもとに、この三つの世界を行き来しながら魔物を狩っていた。アオは逆だ。魔物との共存を真に目指し、様々な研究や弱い魔物の保護もしていた。互いに、互いが好ましくなかったのだろうな』
『なるほど、アオは、蒼き世界アオタンの君主で、魔物達と共存できる体制を作っていたんだね』
早い。となかわはすぐさま今の状況と話を理解した。困惑と軽い緊張の入り混じった表情が、わずかに柔和になる。
『…今頑張って回想シーンを止めてるからあまり話しかけないで欲しいわ』
『か、回想シーンに止めるという概念があったのか…』
『止めたのはとなかわだぞ。さあ、続きを再生してくれ』
…
『“闇球”…だと?』
『ええ。人の魂を喰らわずに魔族が生き延びることができる。これはとても大きい。分かりあえれば、魔族は、人を襲う必要がなくなる。本格的に共存が可能になるのですよ。現に、この魔族の兄弟は闇球のみで生活しています』
兄弟は退屈そうに地面をいじっている。こちらを見向きもしないが、まるで人間の子供のようだ。
『あり得ん。分かりあえれば、という前提がまず間違っているのだ。出来ると思うか。かつて人々を襲った魔族共の罪はどうなる。襲われた人々にも大切な人が居たはずだ、のうのうと共に暮らすことに納得するとは思えぬ。我らは彼らのために戦っているのだ』
『復讐なんて、だれも望んでいないわ。紛紜怨恨あれどかなぐり捨てて、未来へ進むこと。戦いが、悲しみが絶えるなら、それが一番いいはずよ』
二人の意見の、想いの相違。暗雲立ちこめる。二人は暫く無言で見つめ合い…、またアオが口を開いた。
『…貴方がなんと言おうと、この国は、“人魔共存”の意の基で治めていくわ。そして、いつか全ての世界に広げてみせる』
『………その甘い考えが、自らをも滅ぼしかねんぞ』
『構わないわ』
『忠告はしたぞ』
半ば諦めたような形で、千聖は帰って行った。その場に残されたアオとハナかわが、顔を見合わせる。
『妙…ですね』
『ええ…』
『千聖氏は、なぜ今日に限ってあんなにも…?主義思想は違えど、彼は、貴方とその考え方を尊重していたはず』
『なにか、焦っていたようにも見えたわ。ほら、会談なのに、何も話していない』
『…それもそうですね。彼に、何かあったのでしょうか。彼は、たとえ国の存続の危機に瀕しても、決して頼らず、気丈にふるまい、我が力で何とかしようとする、そんな男です』
二人は、頷き合い、千聖が向かっていた方へと飛び立った。
『やっぱり、おかしいわ。よく考えたら、この道、アティシまでは遠回りよ』
『私も、同じことを思いました。おそらく…千聖氏が向かっていたのは……………“大童幼好国”……………!!』
そして二人は、大童幼好国へと全速力で向かった。すると…
『おや、お早い参戦ですね』
『ぐ…あ……!!』
そこでは、………千聖が、得体の知れない魔族?に頭を掴まれ、持ち上げられている。体は傷だらけで、抵抗はしているが弱々しく、かなり危険な状態だ。
『ち…千聖!!!』
『千聖氏……………!!!』
『…な…お主ら、なぜ、ここ…に…』
『逃げなさい!!!!!!!!!!』
瞬間、ハナかわが、途轍もない大声で叫ぶ。かつて聞いたことのないような。同時に、アオの身体を、魔法の衝撃波で遠くに吹き飛ばす。
『な、ハナかわ!?』
『早く!!!』
飛ばされながら、アオは抵抗しようとする。だが、ハナかわのあまりの剣幕に気圧され、小さく頷き、全速力で、その場をあとにする。
…
『そして、私だけ、のうのうと逃げ帰ってきたの。…千聖とハナかわが危ない。すぐにでも向かわないと…』
『そ、そんなことが…』
『…』
『…ん?いや待てよ…アオ。そんなことが起きたのに、なんであんなに落ち着いていたんだ?とやかく言うつもりはないけど、妙に冷静だった気がするからさ』
『…それは…』
『ハナかわの事について言わなかったのも気になるな。“千聖を助けに来て”としか、聞いた覚えはないが』
『…もう、自暴自棄になっていたの。きっと、今から行っても遅い。あの魔族は桁外れだと、一目見ただけで分かった。そう思って、トボトボと、あの辺りを彷徨っていたの。どうにもならないと…。そこで、偶然あなた達を見つけて、賭けることにしたの』
アオの話の後、二人は少しの沈黙ののち、ほとんど同時に口を開いた。
『嘘だね』
『お前はそんなに弱い女ではない』
『…っ……!!』
『昔から嘘が下手な女だ。“脳魔”に出会った後の回想でのお前の行動、全て嘘だな』
『…!!なんで、その名前を…!!』
『なに、さっき出会ってきたからな』
『な…!?』
『となかわ、ここに降りよう。この辺りは未開発地帯で、都合がいい』
真下は黒い霧が立ち込めている。生物の寄り付きそうなところではない。
『ん?分かったよ、何か考えがあるんだね』
となかわがアオの手を引っ張り、三人はそこに降り立つ。
『居るんだろ、出てこい』
『はは、分かっていましたか』
辺りの黒い霧が集まる。ごちかわの言葉に呼応するように、目の前に、“奴”が顕現れた。
…すべて、読んでいたのか。
『…!!』
顔面蒼白。アオにとって、それほどに恐ろしい存在なのか。
『お前の企みは分からないけど、ここで倒しておいた方がよさそうだ』
二人は剣を抜く。一触即発、今にも飛び出しそうな雰囲気だ。
『待って!!!!!!』
『な、アオ!?』
蒼い顔をしたまま、アオがその場に飛び出してきた。両手を広げ、まるで喧嘩の仲裁をするように。
二人は睨みつける。アオではなく、脳魔の方を。
『………ふふ』
脳魔は、おもむろに、自身のマントを広げる。そこには…
ズ……ズズ……………
『こ…こいかわ……!!…外道が…』
『…っ……!!』
『な…』
マントに浮き上がる首。生きているのか、死んでいるのか。がっくりとうなだれている。
『おっと、落ち着いてください。貴方が私に殴りかかるより先に、この方の首が飛ぶ。あなた方なら、分かるはずです』
拳を震わせ、耐える。こいかわ。何故そんなことに…
脳魔の狙いは、アオ達が作った、アオタンとニヤの境目。
この境界は、ニヤを侵略するのに邪魔だった。脳魔だけなら突破するのはたやすい。だが、境界を破壊するには小世界を一つ滅ぼすほどのエネルギーを必要とし、消耗してしまう上残留したエネルギーによって他の魔物を呼ぶことができない。本当にいい塩梅の境界だったのだ。
そこで。
アオ達から強引に聖騎士の紋章を奪い取ることにしたのだ。紋章は聖騎士が肌身離さず持っている。
より確実に、そしてスピーディに成功させるため、こいかわを人質にとり、アオから紋章を奪い取ろうとした。ちょうど、大童幼好国を攻めていたので、殺した聖騎士から一つ紋章を奪っていた。残りひとつ。
が、人質を取られているために抵抗できないアオから紋章を奪い取ろうとするその刹那———、何者かに掠め取られた。雨宮玲音である。聖騎士の紋章を奪うことは重罪であるが、危険を察知し奪い取ったのだ。
しかし、脳魔の強さは並ではない。聖騎士でもトップクラスの速さをもつ雨宮玲音でも、脳魔から逃げきることはできず、遂に捕らえられてしまう。
アオは叫んだ。やめてくれ、と。身を挺して自分を助けてくれた人が、目の前で殺されようとしていることに耐えられなかった。
だが、雨宮玲音が殺されることはなかった。脳魔は雨宮玲音の胸ぐらをつかみながら、<“脳内干渉”>でアオに語り掛けてきた。
“周囲に居る聖騎士を集めてこい” …と。
探していた聖騎士が次々と現れる今、自分の目的を達成するのに邪魔な存在であると最初は考えた。しかし、“しぃけーちき”の邪魔たりえる存在、今までなかなか始末できなかった疎ましい存在を、纏めて殺すことができるチャンスだと考えた。
普段の彼らなら決して仲間を売るようなことはしないだろう。大童幼好国の聖騎士がそれを証明してみせた。絆というものを馬鹿らしいと嘲笑いながらも、試してみたくなった。“この状況”なら、どうする?
すぐに、アティシの聖騎士千聖と、サトクンの聖騎士ハナかわが駆けつけてきた。千聖は大童幼好国への援軍に行っていて、ボロボロながら駆け付けてくれた。ハナかわは途中までアオを見失うも、千聖を追ってきたのだ。脳魔はアオが命令通り連れてきたと勘違いした。引き続き頼みますよ、とアオと雨宮玲音を一時開放し、魔界の門周辺まで蹴り飛ばし、二人を倒そうとした。
脳魔がアオをわざと逃がしたという事を知らないハナかわは、アオを逃がすサポートに徹し、千聖は、大童幼好国での戦いですでに数多の傷を負っていたため、激闘の末、二人は破れてしまった…。
衝撃で目を覚ました、状況の分からぬ雨宮玲音と、顔面蒼白のアオ。アオは、この事態をどう払拭しようと考えていた。そこに現れたのがごちかわととなかわだった。ごちかわの強さは元々知っていたし、計り知れないエネルギーをもつ隣にいるとなかわ。この二人に賭けてみようと。この二人を脳魔の元へ行かせれば。こいかわは、助かるかもしれない。信じられるのは、それだけだった。
…アオの言うことは一部は合っていたようで、
『よく分らんが、お前は、悪意でこんなことをする奴じゃない』
『…うん。倒していいか、アオ?』
『…!!』
倒して、とは言わなかった。だが、二人は、アオの眼をちらりと見るや否や、わずかに微笑み、
『となかわ、共に闘うぞ』
『もちろん、足を引っ張るなよ』
『はは』
『無謀な。あなた方に、私が倒せると?何のために?人質も居るのに?理解できませんね』
『泣いてる女性がいる。誰よりも優しいあの女性が泣いている。理由なんて、それだけで十分さ』
となかわが、一歩、前に進む。禍々しい闘気を、剣全体に纏わせて。
『<“四律滅剣”>』
纏った闘気が、剣に収束する。
『アオは人と魔物の共存する世界が視たかった。お前みたいなクソ野郎とも、仲良くしたかったんだ。その想いを、踏み躙った罪は重いぞ』
ごちかわが、一歩、前に進む。荒々しい闘気を、剣全体に纏わせて。
『<“四覇滅剣”>』
纏った闘気が、剣に収束する。
『『<絆剣奥義…“八芒星滅翔斬”>』』
二人の剣が、脳魔に迫る。
互いの体の動きが、剣の動きが、互いを邪魔しないように、攻撃と攻撃の間に攻撃を通すように、最も的確な動きで迫り来る。
まるで、何年も共闘してきたようだ。
『……………………………………!!!!!!!こ、これは…!!』
『どうした脳魔。いつもの余裕綽綽な顔が崩れているぜ』
『これは、一体……!!“橙”の強さは承知していました。ですが、貴様は何だ!橙に匹敵する力…そして寸分違わない戮力協心…』
『ご想像にお任せするよ』
『…だが…しかし!お前たちは私を殺せなかった!千載一遇のチャンスを…!きっとあなた方の力を結集した最大の打撃だったのでしょう…』
『何を言っている、狙いはこれだ』
ごちかわの手に抱えられているのは、破れた脳魔のマント。…そして少女。
『術式を断ち切らせてもらったよ』
『これで、思う存分にお前を殺せる』
アオの元へ、こいかわを返す。アオは、声にならない声で喜び、抱き寄せた。
『く…まさかこの私が、あなた方ごときに撤退という選択を取らねばならぬとは…本当に厄介な…』
何かを呟きながら、脳魔は、時空の狭間に消えていった。
『逃がすかよ…』
狭間に追いかけようとするとなかわ。それをごちかわが制止する。
『まあ待て。今深追いは得策ではない。この場をどうにかせねば』
『……………そうか。そうだね。…“脳魔”。いつかきっと、僕の手で—————
「………………………………ふう」
パタリと、日記を閉じる。
「はは…若い時の自分が盛りだくさんに書かれてて、ちょっと恥ずかしいな」
大導星によりとなかわは、過去のニヤ王国の城に飛ばされていた。ここには、魔物の襲撃によって爆破された書斎がまだ現存している。とりあえず、残っている重要書類を確保しておこう、と思ったのち、過去の自分の日記を見つけたのだ。
…あの後、千聖とハナかわは、どうなったんだっけ。
もう一度、日記に目を向けたとき、真上から、見知った声が聞こえてきた。
「となかわ、ここに居たのか。何をしている?」
「ああ、懐かしいものを見つけてね。僕が昔書いた日記だ」
「……?となかわ、もしや……ずっとそれを…?」
「は、はは…つい、読みふけっちゃって」
「お前何してんの!?!?!?!?」
「いやあ、本当にごめん」
…大導星に制限時間があることぐらい、知らないとなかわではないと思うが…、となかわ、時折ポンコツになるのが難点だな…。
「……でも、やるべきことは分かっているよ。たった今過去の復習も済んだ。復讐を始めよう」
「……そうか、それは頼もしいな」
…今するべきことは、分かっていたようだ。…なら、いいか…。
お久しぶりです。
一話で終わらせるはずだった旧魔界編にこんなに掛かってしまい、畳む文才が足りないなと深く感じています。
まだ旧魔界編の書きたい部分はちょっと残っているので、次話、食い込んでくるかもしれません。




