第八話 “橙色”
『そ、そうだ。“原初の虹色”は、さっき二人、いや一人を除いて今は現役で戦っていない、と言っていたけど、他の6人は、死んだのかい?』
『そういうわけでもないわ。最前線を退いただけで、ほとんどは今もご存命よ』
『……ほとんど?』
『…いや、情報は確かじゃない可能性があるわ。私としては、原初の虹色それぞれの動向は把握しておくべきなのだろうけど、それがなかなか難しくて…、“赤”は、今どこで何をしているかはわからない。“橙”は、今も現役で戦う唯一の人ね。“黄”は…』
『…気になるな。その“橙”。おそらく、50年以上は最前線に立ち続けているんじゃないか?』
その一人がとても気になる。話を遮ってでも、聞いておきたいな。
『……ええ。“橙”は私とも付き合いは長いし、会おうと思えば会える。情報も知ってるわ。でも、あえて教えないことにしちゃおうかしら』
『……え?』
『意地悪ってわけじゃないの。多分、すぐに会うことになると思うから…』
『それは、どういう…』
どういう、ことだ…?
すぐに会うことになるって……
『すぐに分かるわ。それで……、“黄”も行方は不明なの。それで、“緑”が、過去、この国を護ってくれた原初の虹色。……でも、さっき少し言ったように、約5年前、消えるように居なくなってしまった。今どこにいるかは、私にもわからない…。』
……………まさか。
………いや。
『……ちなみに、その方の名前は…』
『……知ってどうするの?…“茂賀 翠”だけれど』
『……………』
……………そうだったのか。
僕は、この国の……
…今、あの人が、ここに行けと言った意味が分かったよ。
『アム王女』
『……なに?いきなり…』
『大丈夫。翠さんは、魂に居るよ』
魂を手でパン、と叩いて伝えた。慙愧と、これからの希望の意を込めて。
『……………心に?』
『うん。…わかるかい?いつも、魂にいるから。だから、安心してね』
『うん、うん…そっか。心の中に、いつまでも、居るもんね。ありがとう…。』
…ん………??
どうして、感謝されているんだ…?
……………なんで?
……もしかして、噛み合ってないのか…?
『こ、ここに、居るんだよ。僕の、魂の中に』
『うん…ん?貴方の?』
『そう、だから、魂に—————……………
……………!!!!!!』
揺らいでいる。
二人の会話のひと時を破壊する、破滅的な闘気が伝わってくる。
すぐに臨戦態勢に入る。遅すぎたくらいだ。
圧倒的な存在感。桁外れの力を予感させる。これほどの脅威、見たことがない。
…気づかなかった。この距離まで。
いつの間に。
背後。扉を挟んですぐそばの位置。あまりにも凶暴な気配を持った何かが…居る。
『……ふっ、はっははは…すまぬな、となかわよ。頑張って気配を隠したかった。だが。貴様。その体、その力、そして魂。堪えることができなかった』
ドア越しに、声が聞こえてくる。それほど大きな声ではないはずなのに、胸の奥までぐわんぐわんと響いてくる。
『な、何だ…お前は』
『名乗ったほうがいいか』
『……………いや、そうじゃない。…何だ、お前は』
明らかに異常な“闘気”。意識したとたん、荒れ狂う風に魂ごと飲み込まれそうになる。
なんとか平静を取り戻し、冷静に問いかけた。
『なに、俺はここのお姫様とお茶会でもしようと来ただけの…ただのしがない一般人さ』
『嘘をつけ。隠そうともしないその穏やかじゃない闘気が…、お前が何者かを知らせてくれている』
『あら、ごちかわ、来てたの?』
『おお、ご無沙汰だな、お姫様』
『…………!!?ほ、本当だったのか!?』
『はは、この闘気は体質だ、隠せん。気に障ったならすまん、だが、お前の読みも当たらずとも遠からずというところかな』
『……どういうことだ?』
『まあ、そんなこったろうと思ったわ。約束した時間より、随分と早いもの』
『くはは、こんなものがここに来てはな。そりゃあ焦る。急ぐ。奔るさ。姫よ、すまんがお茶会は後だ。お前との食事よりもよっぽどおもしろい事を見つけたからな』
『ふふ、強引、身勝手。“闇を纏う聖騎士” に、 “原初の橙色” に恥じない貴方らしいわ。』
『くはは、奔放さなら、お前だって負けてないぜ』
<“強制転送”>
橙色の髪をした男…どうやら“ごちかわ”と言うらしい…が、パチンと指を鳴らした。直後、薄い紫の魔方陣が男ととなかわの下に顕れる。
となかわが驚いたのもつかの間。目の前の景色は一転、閑散とした荒野の風景が広がっている。夕暮れの光が、横からかすかに二人を照らしてくる。
一瞬、呆れた顔をしたアムの顔が見えた気がした。
『……話の途中だったぞ』
『いいんだ。もう我慢できない』
となかわも、この男の思惑を察したようだ。
『わかったよ。太古の昔の群雄割拠の7人の侍、“原初の虹色”の力、見せてもらうよ』
『ふふ…話が速くて助かるな。ここなら、いくら暴れてもいい』
『さっきのは“強制転送”かい?大量の魔力を使ったと思うんだけど、いいのか?』
『はは、取るに足らん。貴様と邪魔建てなしの勝負をできるということに比べればな。それに、俺にとっては、魔力がなんだなどどうでもいいことだ』
『…そうかい』
『…む』
となかわの右手に、わずかに、黒い稲妻が迸っている。
男は、そのかすかな変化を見逃さなかった。
…やる気満々じゃないか、この男。俺よりも。拈華微笑、ってやつか。昂るな。
『……………来い』
『……!!』
『 < “ 律 剣 ” > 』
ズ
ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ ズ
———どこからともなく聞こえる、暗黒の嘶き。海岸線に打ち付けるさざ波のような小さな音。
波は数瞬の内に巨大な波へ。濤声は霧散して、また集まり、忽ち螺旋を描く。
その螺旋は尚も打ち付ける大波の流れに沿い、そして逆らい、彼の元に収束してゆく。
やがてそこに黑き一本の剣が浮かび上がる。一筋の光も通さない、漆黒に包まれた刀身。夕陽に照らされるも、光は届かない。
となかわがゆっくりと刀身を握る。剣に呼応し、その体の一部までもが漆黒に染まる。
『“律剣”………!!す、凄い!!なぜ今、そこに!!!』
『知っているか。この剣』
『知っているもなにもだ!!“ドルボロス”…とは、万界共通の滅びの言葉。どの世界にも等しく存在し、その刃には滅びの烈風を纏う。そうか、この世界では“律剣”と書くのか!!滅びの剣が“律”とは、なかなかに嵌らぬ名をつけられたものだ』
『僕はそういうのには詳しくないんだけどね。そろそろ、いいかな』
『ああ、待たせた!!俺から誘っておいて、申し訳ない!!始めよう、見せてくれ!!その力……………!!!!』
荒れ果てた薄暗い一面の野の風景、群雄割拠の両雄が、今、ぶつかる。
『武器はいいのかい?』
『ははは、摂動を見逃すなとなかわよ。俺もまたそこに居る。岑の淵から、脈を打っている』
お待たせいたしました。モチベが消えかかっていますが、できている分だけを放出しておきます。おそらく、内容はそのうち修正されているかもしれません。




