第五話 “分裂”
首は離れ、臓腑は捻じ切られ、手足は原形をとどめていない。魂の波長もひどい。“深淵の力”によって再生を阻害されている。このままでは危険すぎるな。
それを抱え、全速力で宮殿を出る。とある場所目指して。
飛んだ先。非常に高いミル山の奥の奥、何も寄り付かないような廃れた場所の、小さな小さな小屋。
俺は小屋に着くと、迷いなく扉を開ける。
「すまん!!!ウルア、居るか!!」
「……え、な、何!?」
「説明している暇はねえ、こいつを直してやってくれ!」
「え、え……??」
困惑している様子だ。そりゃあそうだろうな。だが、俺の顔を見られるわけにはいかない。魔法で顔をぼかしているが、名すらついていない未完成の魔法だ。長く続くとは思えん。
「報酬は弾む。お前の知らない“反魂魔法”の術式の手記だ。これでお前の研究は十年進む」
「こ、これは……え…??」
「それと、……ありがとう。」
向き直り、頭を下げて精一杯の誠意の感謝。これはしなくては。たった一つの心残りだった。
「そ、その……」
「頼む、それじゃ!」
勢いよく小屋を出て、逃げるように山を離れる。
これでいい。これでいいんだ。こういう事だったのだ。
時空の確認はできた。当初の目論見とは違うが、この時空でも十分できることはある。時間がない。次に急がなくては。
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「え、えっと……」
皆は、どこに……??まさか、皆バラバラにはぐれちゃったのかな?それは困るっ、過去からの戻り方も知らないし……
とりあえず、今がいつなのか知らないと……。周囲を視る感じ、十数年前くらい……にも視えるけど、あそこにいる男性に聞いてみよう。
「あ、えっと、すいませ……」
言いかけて、自分の声が固まる。この人は……
「……?」
「ぁ……」
お父……さん!?いきなり会っちゃったよ!?お父さんは振り返って不思議そうにこっちを見てる。私の挙動不審な態度を考えたら、当たり前か……
「……何だ」
「ぁ、その、えっと……」
頭がパニックになる。こういう時、どうすればいいだろう?も、もういいや、怪しまれないように近づくつもりだったけど、もう無理だし、いっそ言っちゃおう!
「その、えっと……、信じられないかもしれないんですけど、何言ってるのかわかんないかもしれないんですけどっ、私、貴方の娘なんです」
「……そうか」
えっ、ええ~~~~っ、何その反応っ、もっと、困惑するとか、いや、困惑されたいわけじゃないけどっ!
「そ、その、疑わないんですか?」
「娘の言うことを疑う訳がないだろう」
「お、お父さんっ!!」
たまらず、お父さんに抱き着こうとする。だが、直前で止められてしまった。
「往来で、やめなさい」
「は、はいぃ……」
「大導星を使ったな」
「……はい」
「…そうか」
「あ、あのっ、聞きたいことがたくさんあるんですっ、この世界のこととか、お父さんがどんなことをしてきたか、あとっ……むぐっ……」
「静かに。この子が起きてしまう」
…あ。夢中で気づかなかった…。脇に小さな子を抱えている。すやすやと寝息を立て、ぐっすりと眠ってる。
「あ、すみません…。あ、まさか、その子…。」
「そう、君だ」
「わ…」
「美しいだろう」
「……自分のことを言うのはちょっと恥ずかしいけど、かわいいです」
「そうだ。そして何より、ここに命があることが美しい。ここに生まれた小さな命が、やがて大人になり、この世界を彩る。その事実こそが何よりも美しく、愛おしい」
「……」
「人はこうして生まれ、長い時を経て成長していく。だが、そんな理を壊して、モザちゃんはここに来た」
「その…それは」
「この時空の輪廻を壊してまで、やりたい事があったのだな」
「……………………はい」
覚悟を決め、真っ直ぐと目を見つめる。そうだ。私はこんなことをしてまで、あの世界を救うと決めたんだ。たとえ時空の輪廻を崩すことになろうが、何としてでも闇を振り払う。
「そうか」
「……」
「私は何も成せなかった。不甲斐ない私のせいで、モザちゃんは過去に縋らざるを得なかったんだ」
「え、えっと、何を…」
「私はこのまま静かに余生を送るつもりだった。私がそんな道を歩むなど、烏滸がましいが。せめて娘だけは、普通の少女として育って欲しかった」
「……」
少しずつ、話が見えてきた。
お父さんは、きっと…
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王国ニヤへの帰路。わずかばかりの後悔が残る。
本当に過去に征けるとは。確かめたいことが沢山あった。出自について、兄者について、そして我々の親。
だが、もう振り返らないと決めたのだ。私の過去は、私の魂と共にある。其れが総て。
…それに、過去と言えば。アム王女の言葉を思い出すな。あれは私が近衛隊長に任命されてすぐの時……
『アム王女。となかわ殿は、如何に不可能と思われる依頼をも、完全にこなします。加えて、かの類稀なる強さ。彼は、いったい何者なのでしょうか』
『ふふ。気になるわよね。あの強さ。天才なのよ、となかわは』
『存じ上げております。あの戦闘センス、天才と呼ばずして何と言いましょうか』
『いいえ。京。ごめんね。少し嘘をついたわ。彼は、言うなら、“世界一の努力家”よ。努力の天才ね。信じられないかもだけど、となかわは、昔はずっとずっと弱かったのよ。膨大な努力の果て、あの強さを手に入れたの』
『……俄かには信じられません』
『そうよね。私も。今日は気分がいいわ。“世界一の努力家”となかわのこと、少しだけ教えてあげる』
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『やーい、やーい、弱虫となかわぁ~』
『う、うぅ……弱虫じゃないもん』
また、今日もこんな目に遭った。たまらず、逃げて走る。
逃げて、逃げて……。あいつらの言う通り、僕は弱虫だ。
その時、ふと、視界の端に、一人の少女の姿が映る。
『…あの子は…?』
一目惚れだった。
逃げた先、森の中のなんでもない場所。
森の妖精とも見紛う、可憐な少女がそこに居たのだ。
金の髪たなびくその少女はこちらに気づくと、小さく手を振った。
戸惑いながらも手を振り返す。彼女はわずかに微笑み、こちらに手招きした。
楽しかった。夕暮れまでその娘と遊び、様々な会話を交わした。
弱い自分を周囲に虐げられるだけの辛く悲しい日々に、花が咲いた気がした。僕は毎日のようにそこに赴き、その少女と遊んだ。
特別な日々。少女は僕の心の拠り所だった。
だが、……別れは突然だった。
『また、こんなところでふらふらと……。自分の立場を分かっているのですか、貴方は?』
いつものように森の奥へ行くと、何やら、その娘がスーツ姿の初老の男性と話しているのが見えた。とっさに、木陰に隠れ、身をひそめる。
『自然の声に耳を傾けるのもいいものよ』
『またそんな屁理屈を……!帰りますよ、もうこんな場所には二度と行かせません、主との約束です』
『そっ、それは困るっ!!』
体が勝手に反応していた。木陰から飛び出て、後ろから叫ぶ。…あの子を連れ去られると、きっと耐えられないから。
『……なんだ?』
『……貴方…』
先程の、少女に媚びていた表情から一変、飛び出したて来た僕を強く睨む。威圧に屈せず、僕は叫んだ。
『連れて行かないでくれ!…その子も嫌がぶっ!』
『……なんだ、この汚らしいガキは?』
蹴りを喰らう。一切の容赦なく。
『やめて!!』
『ぅ…ぁ……』
『……お嬢様?』
少女は執事にすがりつくように制止した。とても、惨めな気分だ。
『……それ以上やると、怒るわよ』
『………申し訳ございません』
執事は怪訝な表情で謝る。その後、すぐに地面が光り出した。移動魔法だ。
二人は一瞬で消え去る。
『…ごめんね』
最後に、少女がそう呟いたように聞こえたが、森の声にかすめ取られていく。
『う……う……っ、うっ……!!』
そのまま、泣きじゃくりながら、森を駆ける。行く当てもなく。
『く、くそぉぉおお……!!』
不甲斐ない、自分の弱さ。走り疲れて、すぐ近くの木を強く殴りつける。
木はビクともしない。再び自分の弱さを痛感し、力なくその場にへたり込む。
『うう……う……うあああああああああああっっっ……!!』
涙が溢れ出て止まらない。心の支えだった少女との別れ。そして、これだけで精神がボロボロになる自分への嫌悪感。
しばらく大声をあげて泣いていると、後ろの期の隙間から、老人の声が聞こえてきた。
『ほたえな、何をしゆうがか』
『…っ、…………………あなたは……?』
もう遅いだろうが、なんとか平静を保ち、問いかける。こんな山奥に居る人なんて、何者か分からない。
『儂は茂賀 翠。森の管理屋じゃ。おんしゃあ誰な』
ついに登場したモザ次郎。彼は一体。
そして、となかわの過去の秘密とは—————




