第四話 “導星”
「……えっ、みなさん、なんでそんなに驚いて…」
「なんでも何も、モザ次郎と言えば…!!」
「伝説にして最強、聖十二騎士の、いや、この世界の“剣”の礎。騎士とは、光とは、その男そのもの。伝承では過去、かの“しぃけーちき”とも渡り合い、倒す寸前まで行ったそうだ。」
「貴方が…あの人の娘……」
「モザ次郎は、僕たち含め、この世界に生きるすべての騎士たちの憧れだ。まさか、モザちゃんがその血を…。それならば、このとんでもない光も説明できる」
「そ、そんな凄い人だったんですか…。」
「知らなかったのかい?」
「無口な人でしたから。剣士さんだということは何となく知っていましたが、剣を教えてくれたことはなく、ほとんどが謎に包まれてました。…ある日突然、『寿命が近い』とだけ告げると、剣や、私財をすべておいてどこかへ行ってしまいました」
「……」
サクラウニが、何やら意味深に目をそらす。あえてそこには突っかからず、以前から気になっていた問いを投げかけてみた。
「……すると、モザちゃん、あの日、洞窟に行ったのは…」
「……はい。父を探して、あちらこちらと彷徨っていました。いい父でしたから、別れが受け止められなくて、探しても無駄だと、心のどこかで思っていたのですが…、希望を捨てられなかった。それに、無口な父の生前の情報も欲しかった。よく、色々な洞窟に潜って何かをしていたので………。気づけば、暗い洞窟の奥底。<“亡靄”>にとらわれ、ごちかわさんに助けてもらわなければ、私は終わっていました」
「まあ、死んでるわけだけどな」
「ごちかわさんっ」
「すいません」
「やっぱり…貴方は光の力でそこに居るのね。真体も魂も光そのもの」
「は、はい……そうなりますね」
そういうことなら、私の力が一切通じなかったのも納得できるわ。あの人由来の光の力。それだけがあの体の、魂のすべて。体が体でない以上、死の瘴気では喪われない。
でも、それじゃあ…、寿命によって、その肉体を喪うであろうあの人も、光の力によって生き続けることが、理論上は可能である、ということ。
これは、これだけは言えない。言ってはいけない。そして、そのことを、悟られてはいけない…!!
「よっし!そういうことなら、全員行く価値大いにありだ!それじゃあ、説明するぞ…」
「あれ、そういえば、京は……」
「京なら、先程帰らせた。ニヤが心配だそうだ。魂の定着も行わなくてはならん。大導星を使わず帰るのは残念だが、奴にも使命がある。お前だって、ニヤに残して来た姫が心配だろう」
「そうだ、そうだった……!僕はあんなにも可憐な姫を置いて(ry」
「……じゃあ、説明するぞ。これは<“大導星”>。あの守護者をここで倒したからここに顕れた。総ての手段を完全に行わなくては、エラーが起きて使えない。慎重に扱わなくてはならん。言うまでもないが、これは古代兵器のひとつ。中でも、とびきりヤバい代物だ。導星は過去を視るだけだが、大導星なら過去にその体を転送することができる」
「過去に行っている間、この世界での体は消えるんですか?」
「消える。存在ごと、魂ごとな。それだけじゃないぞ。あちらで行った行為は、此方の時空にも影響を及ぼす。過去を乖繆できる。慎重にしなくてはな。我々の目的は、しぃけーちきの過去を探ることだ。俺達はヤツについて何も知らん。弱点はおろか、主義や目的、その正体までも。そしてモザちゃん。君は、父親を捜してみるがいい。俺も、会いたい人がいる」
「そう。ここに来た目的がそれさ。“しぃけーちき”と戦うには、我々は情報が足りないんだ。ごちかわの言った通り、何も知らない。リスクなく奴についての情報を探るには、世に“しぃけーちき”が現れたときに飛んで、その正体を確かめなくてはならない」
「わ、わかりましたっ……」
「奴もかつては弱かったかもしれない。ここ40年で、奴も少し成長しているだろうしね。弱かった時のしぃけーちきを倒せば、もしかしたらこちらの世界にも影響して、楽に倒せるかもしれない」
「あの怪物の、弱かった頃…想像もつきませんね」
「きっとあるさ。俺達だって、昔はとんでもなく弱かったんだぜ?」
「……想像できないです」
「はは、そうか」
ちらりと横目でとなかわさんを見ると、小さく頷いている。本当に、弱い頃があったんだ。この二人にも……。
「では、皆、手を翳せ。この宙に浮かぶ大きな星に」
「うん」
一人、また一人と手を大導星に向ける。わずかに薄く光り、周囲に立ち込めるサクラウニの神気を吸い始めた。
「頼むぞ、サクラウニ」
「……分かったわ」
おもむろに、バッと両手を挙げると、大導星に神気を送る。光が点滅し始め、『何か』が起こり始める。
ごちかわ達の周囲を黒い、分厚い壁が覆う。構わず、サクラウニはその壁の外から、力を送る。
壁の向こうの声は聞こえない。早くも、この時空から隔絶されたのだ。きっと壁の内側には今、誰もいないのと同じ。好都合だ。全力を出せる。
「<老海白>……!!!!」
サクラウニがフルパワーを引き出す。この力で、一気にごちかわ達を向こうに送る。
—————その矢先。
『おっと、それはなかなか、看過できないねえ』
「な……!」
突然、放出している神気が、ひとりでに曲がり、辺りに霧散しだした。加えて、禍々しい声が、……聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『なるほどなるほど。君はまたなんてことを。行かせるわけにはいかないね』
「邪魔は…させない…!」
胸に手を当て、更に力を振り絞る。今、周囲には誰もいない。何もない。遠慮なんて、しなくていい。
『無駄だね。君程度の力でこの私を、どうにかできるとでも思っているのかな?』
「彼らを行かせなきゃならない。この使命のためなら私は、この命をも削るわ」
『命を懸けてどうする。神程度の。神の力のたよりなさは、私もよおく知っている』
空気が、大地が、弯曲していく。黒い壁から漏れ出る薄い光と、絶え間なく送り込んでいる神の力がわずかに双滅を繰り返し、赫漆黒の渦を巻く。
「あの人たちは…お前を倒す、この世界を救う、唯一の希望…!!ここで崩れるわけにはいかない、希望は潰えるわけにはいかない!!」
歪む、歪む。サクラウニの覚悟をあざ笑うように、空間が、時空が、崩れ始める。いったい今、何が歪んでいるのかもわからない。自らの眼が歪んでいるのか。
『ふむ。そうか。私の目的を唯一知っている君だから。そうだね。邪魔はさせたくないのだろう』
歪みがさらに深刻になる。サクラウニのフルパワーでも抑えきれない大導星の暴歪。サクラウニは一瞬、顔をしかめた後、すぐに覚悟を決めた。
『はっはっは。現実は非情さ。希望など、そうあちらこちらにあっては困るよねえ』
ついに大導星を覆う黒い壁をも歪み始める。その力が内側にまで侵蝕しかけた、その矢先—————
「……どうかな」
サクラウニの力が、急激に上昇した。歪みを一瞬にして引き戻し、混沌を振り払い、光が差し込む。さらには元の自らの“死の瘴気”をも、その光によって払われる。
『…君。正気かね。……いやはや。まさか。ここまで莫迦な神が居るなど、思いもしなかった』
「正気よ。私は、元々こうするつもりだった。言ったでしょう。命を懸けると。この命を以て、私はこの方々を、希望を導きの星へ送る。もうこの世界には居られないけれど、冥界の神としてでも生きていくわ」
『太古の死神。この世界に生き飽きたか。まあ、私としては面白いものが視えた。』
サクラウニの身体が薄くなり、しきりに点滅して、別れを予感させる。ここには、もう居られないようだ。
最後にぐっと力を籠め、大導星を飛ばした。安心しきった顔で、サクラウニは消えていった。
『はは。いい最期だよ。サクラウニ。本当にいいものが視えた』
『しぃけーちき様。大導星は……』
『んー、少しは歪めたがねえ。あれを視てしまっては、妨害など、もはやどうでもいい。それにしても。サクラウニ。あれほど人間に入れ込む神など、前代未聞だろう。何がそうさせたのだろうねえ』
『……前代未聞…ですか。フフ……私、もう一人、サクラウニに負けじと人間に入れ込む神を知っていますが』
『!!…はっはっは、そうだそうだ、そうだった。もう一人いたねえ。人間にこれでもかと入れ込む、救えない愚かな神が。』
「う……こ、ここは……」
ここは…、ドヴェルガルマ大宮殿の外か。周囲を見る限り、確かに過去のようだ。
だが…、なぜこの場所に?皆も見当たらない。
しぃけーちきの妨害か。奴の妨害が見えた。それで大導星に少し歪みが生じているのだろう。とはいえ、過去に行けただけで儲けものだ。ここでできることを探そう。
す ゛ か ゛ ぁ ゛ ん ゛ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! !
「なんだ、何だ今の爆発音は!?」
嫌な予感がする。同時に、好い予感も。この場所、この爆発、間違いない。
「……そうか」
慌てて走ったその先には、ボロボロになった自分が居た。
しぃけーちきの妨害により、目論見とは違う場所に飛ばされたごちかわ。
いったいその場所とは……?




