第三話 “衝撃”
「って、貴方は過去から来たから、戻れないのね。私が行かないと…」
「そうだ、その通りだ。未来にしか行けない俺と過去にしか行けないお前。相性は抜群じゃないか」
「え……なんか複雑…」
「なんでさ!?」
サクラウニが手を伸ばし、ごちかわに残留する過去の光を確認する。サクラウニの力によって、ごちかわが壊したはずの未来だった過去がまた未来へと戻るのだ。
ごちかわは、本来自分に存在したはずの未来を壊してその未来へと行き、別時空に居るサクラウニと干渉した。サクラウニは死を司る神。死んだ時空を、もう一度繋ぎ合わせることができる。…生物に対してはそうできないのが、彼女の悩みだ。
そして普通、神は人々のために個人的に手伝うようなことはしない。だけれど、ごちかわは賭けた。きっと、この心優しい神なら。この賭けが外れていれば、どうなっていたか分からない。
「…あなたの居た場所の周囲に人はいない?もし居たら…」
「居る。きっと一人、ひょっとすれば三人。だが心配はいらん、必ずな」
「……居るの?それじゃあ…」
「心配はいらんと言っているだろう、俺の言葉を信じろ、太古の神の名が泣くぞ」
そう言うと、サクラウニによって引き出された光の記憶を今度はごちかわが掴み、戸惑うサクラウニの魂に押し込んだ。
「……!?ちょっと……!!」
「行っちまおう。魔界に入りいの一番にアオタンに入ったのもこのためだ、もう待ちきれん」
ギュルギュルと周囲が歪む。わずかにまばゆい光に一瞬包まれたかと思えば、その赫漆黒の空間から、二人の姿がきれいさっぱり無くなっていた。その空間に、わずかに光が差し込んでくる。
「そうだ、サクラウニ、貴様はなぜ未来の時空に居たのだ。過去にしか行けない筈ではなかったか」
「……秘密よ。貴方こそ、どうやって見つけたの…」
「くはは、秘密だ」
少し気になるが、可能性はいくらでも考えられる。今は急ぐか。
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「こいかわ……」
「……」
「とっ、となかわさんっ!?…遅いですよ…」
「ごめんね。モザちゃん、これから更に危険な場所に行くけれど…大丈夫かい?……こいかわは……」
「……となかわ。モザちゃん……いい娘だね。少し……元気をもらったかも」
「…そうだろう。僕たちの希望の光だからね。……こいかわ、共に、行くかい」
「……うん、大丈夫、行けるよ」
身体が震えている。目も合わせようとしない。…これじゃあ、とても…。
「こいかわ、無理をするな。どうせ決戦はまだまだ先だ。今は僕たちが個人的な都合のために大導星に干渉しているに過ぎない。来る義務はないんだ。今はまだまだ、休んでおいた方がいいよ。サトクンに帰って、ゆっくりして来たらいい。会いたい人もいるだろう。」
「そうですっ!こいかわさんが帰ってきてくれたことを、喜んでくれる人がたくさんいるはずだから……!」
「……そうだね。ありがとう。一度サトクンに戻るよ。…私の帰還を誰よりも喜んでくれる人は、もう居ないんだけどね……。」
「……!」
「……こいかわ…」
「ゴメン、ちょっと暗い気持ちになっちゃうね。私、戻るよ。ゆっくり……。となかわ。」
「うん」
こいかわがちらりとこちらを見たことを確認すると、すぐにこいかわを抱えて空を飛ぶ。魔界の門目指して。モザちゃんもそれに続いた。
全速力で急いだとなかわ達は、あっという間に魔界の門へと到着し、二人の紋章によって、こいかわを見送った。……いつか、あの日の明るいこいかわが戻ってくることを願って。
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「漸く…理解した。此れは……」
その深淵を覗くことにより、過去を“視る”ことのできる導星メソ。
それでは、それより一層禍々しくも秀麗な輝きを放つ、我が目の前の大導星メソは。
過去に、征けるのだ。その眼だけでなく、その身まで過去に投げ出すことができる。
しかし、此れをどう扱うのだ…?深淵を覗いても、何も起こらん。何か条件があるのか。
「……む…?」
大導星メソの前で腕を組み熟考する京の後ろの空間が、突然歪みだした。空間を切り裂き、間隙を縫うように突風が吹き荒れた。
「な…こ、これは…!?う……」
「京よ、耐えよ、堪えよ。兄を喰った貴様の魂の力は、その程度のものか。報いてみよ、その代償に、力に。貴様なら克服できる。この死の瘴気を」
「ごちかわ殿…!?こ、これは…!!う……!!」
激しい動揺とは裏腹に、魂に、命には一片の傷も入っていない。そして、鎧にすらも。あの一瞬にして、心と魂を統一し、耐えているようだな。やはり、凄い。前に感じた通り、あの鎧は、京の魂に共鳴し強化されているようだな。…キョー鳴し、キョー化…ぷっ
「ちょ、ちょっと……!!」
慌ててそこから離れようとするサクラウニの腕を掴む。近寄るだけで俺の腕はボロボロに霧散するが、幾度となく再形成して、引き寄せる。
「どこへ行く。貴様の仕事はこれからだ」
「ごちかわ殿、説明して貰おう。この御方は一体。まるでとなかわ殿の魂の中のような、滅び…いや、少し相違がある。死が渦巻いている。その方の周りに。」
「そうだ、察しがいいな。ここに居るのは死だ。死がそこに居る。」
「だ、大丈夫…なの…?」
「そうでなければ、こうも和気藹々と話してないだろう、ここに居ろ。逃げることは許さん…見ろ、まだまだ、来るぞ」
後ろに居るのは、見知った顔の二人組。サクラウニから溢れ出す死の瘴気をものともせず、ゆっくりと歩いてくる。サクラウニが気になるようだ。
「ごちかわ。その方は…」
「えっと……」
「“死神”だ。大導星の開闢のための、力になってもらう」
「……!!2人もっ…!」
「大丈夫だ、俺と俺の仲間を信じろ」
「……そうか。“神”レベルの力がないと、この星は動かないんだね」
「こ、この方が死神…ですか?」
…本当だ。私を目の前にしながら、この2人、何ともない…
これだけの実力者が、こんなに…。
…でも、不可解なところがいくつかある。
ごちかわの隣に居る紫の鎧の人は、拳に力を籠め、耐えている。
二人組の、前に居る銀髪の剣士さんとは、信じられないけど、ごちかわに匹敵するほどの実力者みたい。魂を視ればわかる。それなら、私の力に耐えられるのも納得できる。この方、ひょっとしたら私の<“老海白”>にも耐えられるかも………
でも、銀髪の剣士さんの隣の、背の少し低い少女。
この子には、私の力が効いていない。一切。
ごちかわ達に効かないのとは、違う。そもそも、届いていない。きっと、彼女は、一切この死の瘴気を感じていない、苦しい気持ちすらないだろう。
こ、こんなの、初めて……。
……それに…
「あ、あなた、どこかで……」
「え……?」
モザちゃんが眼をぱちくりさせる。サクラウニは、モザちゃんに覚えがあるようだ。対してモザちゃんは、全く覚えがなさそうである。
……モザちゃん。一体何だ、その光の力。予想外だ。耐えられる、耐えられないの話じゃないぞ。神の権能をも完全に無効化するほどの光。そんな光、俺は知らぬ。何者だ。モザちゃんは。俺は、あの日、その光の強さではなく、光の種類に目をつけるべきだった。
ちらりと横目でとなかわを見る。同じタイミングで、となかわもこちらを向き、目が合う。考えていることは同じようだ。
「モザちゃん、少し前まで使っていた剣、“靈煌剣ハルヴァバード”を、ちょっと見せてくれるかい」
「え、あ、はい…持ってますけど、なんで今……?」
「ううむ、やはり、何度見ても弱いな」
「うん……でも」
ちらりと横目で見る。途端にはっとした顔をするサクラウニと、…むすっとした顔になるモザちゃん。
「ちょっと、何度も何度も、酷いですっ。お父さんからの形見なんですから、そんなに何度も弱い弱いって言わなくても……」
どうやら、ごちかわとモザちゃんが出会った日から、何度もこの剣を確認しては、弱いと言われているようだ。…となかわにも。モザちゃんが怒るのも当然である。
「わ、悪かったって、モザちゃん、違うんだ」
道を究めた者は、その深淵を覗くことにより、対象の性質を詳しく覗き見ることができる。例えば玩具ならその情報や過去にだれが使っていたか、そして武器ならその詳しい力と能力。
靈煌剣の深淵には、「対象の光の力に応じて力を引き出す」と書かれていた。能力はそれだけだった。
「そう、違うんだ、モザちゃん。確かに、この能力だけじゃ、弱い。こんな能力、ほとんどの剣に当たり前のようにある。むしろ無ければモンスターたちを倒す武器になりえない。……でも」
となかわが、少し離れたところに居るサクラウニの方へ行き、剣を見せる。先程から、この剣が気になっていたようだ。
「……これ…」
「サクラウニ、見覚えがあるかい」
「懐かしい…感じがする。どこかで……どこかで、この光を」
「……そうか」
もう一度、ごちかわ達の元に戻り、その旨を伝える。
「サクラウニと…モザちゃんの父に接点があったということか…??」
「そう断言するには早いけど、神の直感は何よりも頼りになる。…モザちゃん、そういえば、君の御父上は何て言う名前なんだい?…昔の有名な剣士なら、もしかしたら知っている人かもしれない」
「あ、はい……。父は、モザ次郎っていう名前でしたけど、それが———
その名前を発した瞬間、周囲の顔色が変わり、
「「な、な、な、なんだってぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?!」」
「う……うそ…」
空気が揺れた。
となかわさんがキャラ崩壊するの何度目でしょうか…
申し訳ございません。次回の更新はお休みいたします。次話は来月です。ご了承ください。




