第二話 “死神”
導星メソが、淡く光る。そして、点滅を繰り返す。
「……来たな。此奴をここで倒して初めて現れる、導星メソの真実の姿」
「…なるほど。我らが怨敵は誠に狡猾で御座いますな」
「そうだね。たくさんの魔族を従え襲撃させ、その中に一人、洗脳した華阿々を紛れ込ませておく。魔族が王国を壊滅させてもよし、救援で全員を倒したとしても、奴をそこで殺せば、取り返しのつかない事態にできる」
「それにしても、好いものだ。久々の純血の深淵の使者。恐るべき力」
「あの魔族は深淵の使者としての力を取り戻す直前、其方の総本家を襲撃し、沢山の魔族を共喰いしたようだ」
「ああ、そんなもの、誤差にしかならん。一介の魔族と深淵の使者では、種としてのレベルが違う。深淵の力は、俺の再生能力さえも阻害させる。深淵の力で腕を斬られると、その完全なる修復まで0.01秒もかかってしまう。…ってキョーちゃん、なんでそんなことを知ってるんだ?」
「……私の魂がそう告げている。私にはわかるのだ」
「そうだ。京。その魂。聞いてなかったね。何があったんだ。桁違いに力が増しただけでなく、かすかに魔族の御魂を感じる。」
「…実は、かくかくしかじかという所存でございまして…」
「……えっ?」
「……?」
「ああ…………そうか、となかわよ、貴様はかくかくしかじかの権能をも滅ぼしてしまうのか。全く面倒な奴め…。大体のことは理解した、後で俺から伝えるよ、キョーちゃん」
「り、了解………した。…して、これは。この道具で、我らは一体何を…。」
「魂に訊け、京よ。今のお前はもう知っているはずだ」
目を閉じ、変化し続ける導星メソに意識を傾ける。深淵を見つめる。魂が呼応し、情報が雪崩の如く流れ込んでくる。
「見事だ。魂と心の一体。力は大幅に膨れ上がっているのに、御魂は以前よりもいっそう静かだ。…さて、京が深淵を見つめているうちに、モザちゃん達を迎えに行かないとな。となかわよ、頼む。俺は例の地へ向かう」
「……うーん、あれからしばらく経ったけど、こいかわは…まだ突っ伏したままだと思う。僕だって、すぐに乗り越えられはしない。…僕が行くしかないか。行ってくるよ」
「そうだろうな。我らは哀しみの地獄を乗り越えてきたが、それはそれとしてやはり別れは辛い。だが、今は行くしかない。奴を倒すまでは終わりではないのだからな」
ごちかわの身体がふわりと浮く。となかわに首で促し、飛び立つ。
途中で道を分かれ、となかわはこいかわの元へと、ごちかわは時空の間へと、赴いた。
……………………………………………………………………
…となかわさん、まだかなぁ。場が、持たないよ…。
こいかわさんとは、ほとんど初対面。アオさんのことも、詳しくは知らない。そんな私が、なんて声を掛ければいいのか。
「……ねえ」
沈黙を破るように、こいかわの方から、ポツリと声が発される。
「…ひ、ひゃいっ!?」
「こんなとき、どう…する……?私っ、もうどうしていいかわかんなくてっ、~~いやっ、こんなことっ、いきなり聞くべきじゃ…なかったね…っ、ごめんっ…」
「いっ、いや、そのっ…………!!」
両者、しどろもどろ。こいかわはまた、黙り込んでしまった。
「……………」
「……………」
再び、堪え難い沈黙の時が流れる。次に、沈黙を破ったのは、
「……私は」
「……」
「乗り越え…なくても、いいと思います」
「……?」
俯いたままのこいかわが、ほんのわずかに顔を上げ、ちらりとモザちゃんの方を向く。
「私なら…繋いでいきたい。乗り越えず、決して忘れず、それでいて、いつものように、生のままに過ごします。…アオさんも、それを望んでいると思うから」
「…っ」
「……」
また、沈黙。
だが、その空気は、先程よりわずかに、温かくなっているように感じた。
一言、また一言と、少しずつ、二人は言葉を交わしていく。
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ぐわん、ぐわんと、周囲が嘶く。赤と黒の入り混じる渦の中、一人の人間…?が、頭を抱え、体育座りのような姿勢で、辺りを漂っている。
「久しいな」
俺は渦巻く赫漆黒の渦を掻き分け、声をかける。ほぼ同時に、びくりとその体が震えて、ゆっくりと、こちらにその顔を向けた。白い眼が、この空間ではとても目立つ。陽炎の光の糸を引き、“死の瞳”で俺を見つめる。
「…どうやって、ここに…」
小さな小さな声で呟く。その一瞬のうちに、奴から零れる死の瘴気、言霊、死の瞳により俺は何度も打ち死ぬ。瞳を合わせただけで、俺の脳は爆散し、心の臓は捻じ切れ、手足ははじけ飛ぶ。
「おいおい、俺を忘れたってのか。はは、もっと間近で俺を見ろ。貴様の脳裏に俺はこびりついて離れていないはずだ」
「……貴方は…ッ!!」
ようやく気づいたか。分かりやすく、心が震えているな。辺りに散乱する死の瘴気が一層濃くなる。地獄よりも死に近いな、この場所は。だが、俺にとっては冷たいシャワーにすぎぬ。
「相も変らぬしかめっ面だ。あれから、唯一人でここに居るらしいな」
「ど、どうしてここに…」
「くはは、面白いことを言ってくれるな。“死神”サクラウニよ。死を司る、太古の神よ。お前は変わらぬ。良くも悪くもな。あの時と同じ場所で、あの時と同じように蹲っている。小童向けの間違い探しよりも易しい」
「私は…毎回毎回………全く違う場所に居るはずなのに。ある時は次元、ある時は時空」
「同じことだ。全くな。たとえ別の次元に逃げようが、俺からは逃げられん。ただ、時空なら話が違う」
「……どういうこと。貴方は、ここに居るじゃない」
「貴様が未来の時空に居るからだ。俺達は過去に行くことはできん。だが、未来ならいくらでも行くことができる。俺にある無限の可能性を壊して回るだけでいい。」
「………!!それじゃあ。貴方……!!」
「そうだ。お前の力が必要だ、サクラウニ。俺は四半世紀前からそう決めていた。死によって生を掴む。他に死を与える他なかった貴様の権能が、俺達を、人々を救う。善い物語だとは思わないか?」
「……………!!」
サクラウニが顔を上げる。全く、分かり易い神だ。だからこそ与し易い。俺達にはこの神の力が必要なのだ。
「神ゆえの葛藤。人ならざる者としての懊悩。貴様の数百年の憐憫が、報われるときが来たのだ」
「そんな…私が……みんなの力になれる……………?」
“死神”サクラウニは、神話の時代、神として生まれ落ちた。死神として。
人々と、地上の生物と仲良くなることを望み、ある日、人間界に赴き、馴れ合おうとした
……だが、悲しいことに、その神は自身の力、人間の脆さを知らなかった。
彼女が踏みしめた大地は、草も花も一瞬にして枯れ果てる。溢れ出る瘴気により生物は死に至り、その眼を見た者は内側からその身を滅ぼす。
みるみるうちに、当時の人間達からは“天災”と認定され、果敢に問題解決へと立ち向かってきた。ちょうど、今から1000年前の話である。
「近づきすぎるなっ!少なくとも50メートルは離れろ!遠距離からの狙撃、それのみで対象を討つ!!」
「了解………っ」
「私たちが……やるしかない…!」
「あの辺りの一体……草木がすべて枯れて………真っ黒に染まっているね…何だ、あんなおぞましいもの、どこから生まれてきた………!?早急にどうにかせねば、この世界自体が死んでしまうよ……」
「……っ」
「<“閃流撃”>………っ!これでどうだ………!!」
リーダー格の男の、隣に立つ大柄の男が、光の弾での攻撃を仕掛ける。大きく弧を描いて着弾し、爆炎が上がった。
「なるほどっ!光の弾を使って……!それなら、魔法の苦手なあなたでも十分な威力が出せる…、考えたわね」
「ああ、これで少しは効いてくれればいいんだが…」
「……いや…」
………………………………て。
「総員、続けぇーっ!!どんどん撃て!!!」
その男の攻撃を皮切りに、周囲に控えていた兵士たちが次々と攻撃を仕掛けた。あるものは砲撃、あるものは大規模な魔法の行使。ドカン、ドカンと轟音が鳴り響く。
……………………め…………………………テ………………
「ちょ、ちょっとどうしたのアンタ、さっきから全く攻撃してないじゃない、何をしてるの」
「……待ってくれ。何か…聞こえる」
「え…?」
「ど、どういうことだよ、何が聞こえるってんだ?」
「みんなっ!!!!!ちょっと、少しだけ待ってくれないかっ!!!」
大きな声で叫ぶ。突然のその声に、その男の仲間二人は耳を抑え、目で抗議するが、その男は意に介さず、言葉を続ける。
「僕が、どうにかしてみせる!!みんな、任せてくれ!!必ず、戻るから、一旦攻撃をやめて、待っててくれ!!!」
数人の兵士の手が止まる。だが、どうみても手を止めてはいけない状況。鵜呑みにして攻撃をやめるには危険すぎる状況に、たいていの兵士は疑心暗鬼であった。
「や、やめていいものかっ、このままでは、この国、この世界は…!!」
「お、おい、だが、あの方が信じてくれと言ってるんだぞ…!」
しかし、少し経つと、一人、また一人と瞬く間に攻撃をやめていった。その男の人望ゆえか。相当、慕われているようである。
「……みんな、ありがとう。」
そういうと突然、“死神”の居る方へと歩き出した。ゆっくりと、歩を進める。
「……えっ!?」
「な、何を…!!いくらお前でも、それは危険すぎるぞ…!!」
「……くっ」
ビリビリ、ズキズキと肌が震える。体内の血が荒ぶり始める。まだ死神の姿は遠い。たったこれだけ近づいただけで、これだ。“死神”の力は、どれだけ強力なんだ。
…やめ……て……………
「……!!!」
近い。近いぞ。もう少し。もう少しだけ、近づければ……!!
その身を引き裂こうとする瘴気になんとか耐えながら、死神へとまた一歩踏み出した、その瞬間。
「や……めて………来ない……で……!!!!!」
瘴気が、風が、さらに勢いを増した。先程よりも、さらに広範囲の生物たちが、死に絶えて行く。
「うわっ!!!」
「うぉ……!?」
後ろで待機していた人々にも、その影響は及ぶ。兵士たちが、次々と背を向けて逃げ出す。
……だが。
「…ぐっ……ううぅ………!!」
絶えていた。眼から血を流し、体に無数の傷を作りながら、地に足を埋め、そこから微動だにしない。
血がぐつぐつと煮えたぎる。骨が軋み、聞いたことのない音を立てる。
「こ…こない……で……」
み、みんな、逃げてしまったか…。いい、かえって好都合だ…っ!!
「聞いてくれ!!“死神”!!僕は、君を倒しに来たわけじゃない!!」
「で……でも……」
声が、今ははっきりと聞こえる。今までのように遠くない。
「攻撃したのは、悪かったっ!!みんなに変わって、僕が謝るっ!!でも、君がここに居ると、僕たちが、この世界が傷ついてしまうんだ…!!だから、今日のところは、一旦、退いてくれないか…?」
「……………!!…わ、わかったわ…」
さっきまでも、哀しい顔をしていた。だけど、また一層、哀しい表情に…。やはり、そういうことだったのか…。
“死神”の姿が視えなくなる。少しずつ、瘴気が晴れ、風が収まった。死滅した生物たちは戻らないまでも、少しだけ、その場に安穏が訪れた。
「……ふう……」
「お、おおい、お前全く、無茶しやがって…」
「…君達!見ていたのか…」
「ええ、兵士たちはみんな逃げちゃったけどね。私たちがアンタを置いて逃げるわけないじゃない」
「……ありがとう。でも、くれぐれも無茶はしないでね」
「それはこっちのセリフだっつーの!それでよ、どうして、あんな手が取れたんだ?」
「あの死神から、哀しみを感じたんだ。ひょっとしたら、わざとじゃないのかもって…。賭けだったけどね。“死神”は、僕たちが倒したと報告しておこう」
そして、早いとこ治療しなきゃ。体中がボロボロだ。平静を装うのも、限界だ。
「で、でも、もう一度戻ってきたら…」
「……その時は、その時だ。あの死神が本気で猛威を振るったら、この世界のだれにもどうにもできない。人々には、まだ生きていると不安を与えるより、たとえ嘘でも安心を与えたほうがいい。…僕の勘だけど、暫くは姿を顕さないと思うんだ。たぶん、それがいい。それが、僕たち“勇者”の使命のひとつだから」
……………………………………………………………………
「そうだ。サクラウニ。俺たちの力になれ。俺は未来を殺してここに居る身。基より貴様の協力無くては俺は元の時空に戻れぬ。答えは一つだ、“死神”よ。」
「……相変わらず、強引ね」
「くはは、褒め言葉だ。俺ほどになると破った横紙で千羽鶴が折れるぜ」
「協力…してあげる。その場所へ…案内して。」
太古の神である、“死神”サクラウニ。
ごちかわの思惑とは……………。




